オッサンの決意

 墓地の東側には川が流れている。

 川の先は滝になっており、そのまま海に水が落ちている地形だ。

 レイア達が体を休めるために寄った場所は、小川になっているため、飲み水の確保を行った。


 レイアは背中を冷やしたいので、ビキニを着たまま小川で大の字になる。その様子をオッサンが正座で見守っていた。


「あの、……レイアちゃん」

「お前、情緒不安定だな。ちゃん付けはやめろ」

「どうして、小生が空を飛べると分かったのですか?」


 鳥で言うところのヒナは、空を飛ぶことができない。

 ハゲタカだって同じだ。


「オッサンはだろ」

「ほう」

「頭。そばかすみたいに、きったない痕があるんだけど。それ、髪の毛毟ったんだろ。毟ると、その場所が黒ずむことはよくあるよ」


 レイアが扉を支えていた時、ツルツルの頭を天が照らした。

 その時に、ちょうど頭頂部がレイアの方に向けられていたので、よく見えたのだった。


 仮にも、レイアはお嬢様育ちである。

 髪の手入れを含めた美容などの知識は持っている。

 今のレイアを見ると意外に感じるが、彼女の指摘はまさに的中したようで、オッサンは何も言えなかった。


「何で子供のフリなんか」


 近くではブナがチーズを頬張って聞いており、疑いの眼差しをオッサンに向けていた。


「みんなァ……子供が好きでしょう」


 にちゃぁ、とした笑みを浮かべてみせた。


「オラは女の子に優しくされたい。ママンを所望する」

「母親は?」

「こんなキッショいのいらない、と言って出て行きましたよ。我々の種族では日常茶飯事ですな。自分の姿も変わらない見た目だというのに、他人の顔面にはうるさいのです」

「よくも子孫繁栄できたもんだ」

「いえいえ。みんな全てを諦めて、童貞を卒業するんですよ。その時に子供ができるんです」

「か、悲しすぎる……」


 大仏みたいな顔で、オッサンは何かを悟っていた。


「ところで、レイアちゃん」

「……んだよ」

「オラを、旅のお供に連れて行ってもらえませんか?」


 タプタプに肥えた腹を叩き、自身に満ち溢れた笑顔になるオッサン。


「オラは……人間を殺したくはない。いや、絶対に嫌だ」


 本心だろう。

 声の抑揚には感情があり、真っ直ぐな目で顔をしかめるレイアを見つめる。


「オラは、ありとあらゆるスケベボディを見たい」

「……おい」

「そのためなら、死んだっていい。オラは女が好きだ。エッチな女。淫乱な女。いやらしい女。その全てが……愛おしい……ッッ!」


 絶対に偏りがあった。

 アホな事を言い出すので、レイアは思わず起き上がってしまう。


「あのね。今回ので分かったと思うけど。楽しい旅じゃないからな」

「でしょうな」

「死ぬぞ?」

「死んでもいい」

「…………」

「例えば、痴漢で死刑判決が出るという制度があったとしましょう。オラは秒で触る。そして、潔く死にましょう。最後に謝罪を言って、それから死にます。あ、触る以外の事はしません。冥途の土産ですな」


 オッサンの決意は固い。

 モテなさ過ぎて、全てをこじらせている。

 妙な仲間ができてしまい、レイアは嘆息した。


「勝手にしろ」

「ははっ。恩に着ますぞい」


 オッサンはウキウキとした様子で、焚火の準備を始めた。


 *


 オッサンに異変があったのは、大町に着いてからだった。

 収穫という収穫は、大してない。

 だが、山菜の類はオッサンに教えてもらい、たくさん採れた。


 お金になるものではないが、体に良いというので、ブナはありったけリュックに詰め込み、真っ直ぐ教会へ帰った。


 シスターは無事に帰ってきたブナを大事に抱えた。

 やはり、強くは怒れないらしく、「こら」と、どこか甘さのある𠮟り方だ。


 レイアは雨風を凌げる場所で、ようやく寛ぐことができたので、長椅子の下に座る。


 オッサンは――シスターを一目見て、それが何かを察した。


「ま、…………」


 シスターは、表情の変わらない顔をゆっくりと持ち上げた。

 ブナは胸元に顔を埋め、武勇伝を語る事に必死で気づいていない。


「なっ……、どうして、そんな……。あ、あなたがここにいると分かれば……」

「どうして、使族がここに?」

「あぁ。こいつが付いてきたいっていうから」


 オッサンは二の腕を抱いて硬直した。


(スケベなシスターがいるからって期待してたのに。なんだよ。何で、この人いるの? やべぇって。絶対に殺される。――ハッ⁉)


 橋を渡る前に、レイアが言った事を思い出した。

 ブナは使者の一人に気に入られている。

 その一人は、宇宙から飛来した使族全員が恐れる方であった。


 恐れ多いと言わんばかりに固まるオッサンを見れば、大体は察しがつく。レイアは二人を交互に見つめ、シスターが使族にとって、どういった立ち位置か推測した。


 汗だくになったオッサンは、全身が脂汗でコーティングされていく。

 まるで、いじめっ子といじめられっ子の構図だった。


「しー……っ」


 シスターは口元に人差し指を立てた。

 黙ってろ、と言いたいのだろう。

 オッサンは笑顔で「ははっ」と答え、何度も頷いた。

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