”それ”は思う

 聖バルトナ大教会へ行くためには、大町を出て西に向かい、T字の分かれ道を左に進んで南下する必要がある。


 レイアは、町で大きな麻袋を手に入れた。

 麻袋には食料となる干し肉や体を温めるために呑むワインを入れておく。すぐ食べる物では、筋肉のために果物を入れた。

 他には飲み水やナイフ。

 必要な物は揃えてから、大町を出て、だいぶ進んだ時だった。


「ん?」


 早朝に町を出たので、人里はすでに遠い場所にある。

 周辺には平野になっているため、木は一本もなく、緑の大地が広がるのみ。なので、隠れる場所がなかったのだろう。


 足音が二つ分重なって、奇妙に思ったレイアが振り向くと、真後ろには寝ていたはずのブナがいた。


「お、お前!」

「オイラもついてく!」

「バカ野郎! 遊びじゃないんだぞ!」


 怒鳴ったところで、ブナは言うことなんか聞きやしない。

 口を尖らせて不満げにするだけだ。

 無理にでも連れて行こうと近寄れば、すぐに距離を取って後ろへ逃げた。


 レイアは立ち止まり、頭を掻きむしる。


「あのなぁ~~~~~っ。今回ばかりは、本当にマズいんだ!」

「姉ちゃん強いじゃないか」

「そういう問題じゃない。お前、あの村にいた使族やナイトみたいのは、本当に子供だましなんだぞ!」

「姉ちゃんは見たことあるの?」

「……あるよ」


 かつて、三人の重装歩兵が使者に挑んだ。

 殺す事はできなかったが、相手に確かなダメージは与えた。


 今回は、確実に息の根を止めるための短い旅だ。


 レイアから言わせてみれば、使族の連中は筋肉マニアやおごり高ぶった筋肉集団しかおらず、話が合えば良い友になれるだろうと感じている。


 ところが、使者だけは違う。

 人間とは別の生き物で、大陸中にいた人間達が殺された。

 かつては、ケルゲレ大陸の人口は10億人を超えていた。

 使者が現れてからは、3分の2以上が虐殺。


 たったのに、人間はここまでされたのだ。


「どんな奴?」

「知ってどうするんだ?」

「別に。聞いただけ」


 ブナは動こうとしない。

 大きくため息を吐いて、町のある方角を見た。


「シスター。キレるぞ」

「……ちゃんと謝るよ」


 どうしたものか、レイアは考える。

 大教会といえば、森に囲まれた場所にポツンと佇む大きな施設だ。

 森の先は断崖絶壁。

 海に囲まれているので、逃げ場がない。


「邪魔にならないようにするから。お願いっ! 連れてってくれよ!」


 腕を組み、しばらく考えていたが、止めても無駄だろう。

 なぜなら、ナイトの一件だって、シスターとすれ違いでついてくる行動力だ。

 子供はいう事を聞かないものだが、ブナは頭一つ抜けてる。


「チッ……。仕方ないねぇ」

「やった」

「ただし。あたしから離れるな。でも、使者が出たら、絶対に離れてろ。いいね? 後ろを振り返らずに逃げるんだよ」

「わかった!」


 歯を見せて笑うところが、可愛いやら憎たらしいやら。

 ブナは小走りで大きな背中に駆け寄った。


 *


 小教会には、大きな影が伸びていた。

 影は小教会の入口から祭壇のある場所まで伸びている。


「んっ……ふぅ……」


 疲れたように息を漏らし、それは体を伸ばした。

 長椅子には、また置手紙があった。


『すぐに戻ります。ちゃんとごはん食べてね』


 シスター当てに書かれたブナの手紙だ。

 白い紙の表面には、真っ黒い影がチラチラと映り、教会の中には小枝を折るような音が何度も響いた。


「あの子ったら……。本当に仕方ない子……」


 体をぶつけたのか、長椅子が5つ同時に真横へ動く。


「念のため、服は作っておいたけど。大丈夫かしら」


 小教会の中で、シスターだった者は、ずっとブナの事を考えていた。

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