聖バルトナ大教会
慈愛
ナイト達を退けた日の夜。
ブナはシスターの両腕に抱かれて眠ってしまった。
よほど、疲れたのか、いびきを搔いている。
鍛冶屋に行って、ありったけのお金を受け取ってから、ブナは町中を走り回っていた。
まずは、大工。
小屋を作って、シスターの寝室を作るためだ。
小屋だけでなく、窓ガラスに寝るためのベッド。
それから、保存の利く食べ物。
レイアの知恵を借りて、作るための壺や調味料を採取するためのハサミも買った。
全部、シスターのために動き回り、教会に帰ると、ブナは説教を受ける間もなく長椅子で眠りこけてしまったわけだ。
「愛されてるね」
「……」
「アンタ、……そういう柄じゃないだろうに」
いきなり、町へやってきて、人間へ知恵を授けたシスター。
前線に立った重装歩兵は、彼女が何者か、何となく気づいている。
あえて、何も言わないのは、彼女が気を損ねてしまい、どこかへ行ってしまうのではないか、と思ったからだ。
せっかく、町を防衛するために、あらゆる金属加工で壁や門を作っている。気休めだが、大砲やバリスタの類も造られている。
四方を囲まれ、攻められた時だってあった。
絶望的な状況の中、ある日、レイアだけは彼女の本当の姿を見てしまった。
マリア像を一瞥して、レイアは長椅子を背もたれ代わりにした。
「どうして、……その子に執着する?」
「子供は大事ですので」
「他の子供には、目も呉れないじゃないか」
「いいえ。きちんと見守っていますよ」
膝の上で眠るブナを母親のように優しく抱きしめている。
慈愛深い聖母みたいに見えて、何だか奇妙に感じた。
「擬態を……解いたらどうだい?」
「お断りします」
淡として断るシスターに、レイアは肩を竦めた。
一見すれば、意味のない会話に聞こえるだろう。
それでも、ブナにだけは聞かれてはいけない。
熟睡しているから、シスターは話してくれるのだ。
「その腕。どうなってるんだ?」
「どう、とは」
「真後ろに折ってるのかな、って」
「治りましたから」
やはり、ぎこちない動きでブナの頬を撫でるのだ。
目はずっと閉じたままで、レイアには見えていない事が分かっている。
だけど、見えている風に振る舞い、彼女は無上の愛を注ぎ続けていた。
「町の東側を綺麗にしていただいて、感謝しています。ですが、まだ厄介なのがいますので」
「分かってる。次は、どこへ行ったらいいかな。アドバイスくれよ」
「大陸の西南に、聖バルトナ大教会があります。その場所に、人の生き血を養分とする使者がいます」
そっとブナの耳を塞ぎ、シスターは話した。
「彼女は、ココンと言います」
「ココン、……ね。お仲間かい?」
「仲間、という表現は正しくないですね。わたし、向こうでは一人ぼっちでしたから」
「で、そのココンっていうのは、どういう奴なんだ」
首を傾げ、考えるような素振りを見せた。
「……圧縮」
「ん?」
「圧縮を、……する使者です」
圧縮、と聞いてレイアの頭には、大きな物を小さくする力が浮かぶ。
「彼女の力は、体積を変える事ができます。ですが、質量は何も変わりません」
「ん? ん? すまん。分からんよ。どういう意味だ?」
「例えばですが……」
教会の床から、埃を一つまみ持つ。
それをレイアに見せた。
「これが、あなたと同じ重さだと聞いて、信じられますか?」
脳みそまで筋肉思考のレイアには、いまいち伝わっていなかった。
シスターが言いたいのは、体積がどれだけ小さくなったとして、あるいは逆に大きくなったとして、物体の質量は一切変わらないということ。
つまり、長椅子を砂粒一つ分まで小さくしたとして、重さは変わらないから、人間は片手で持つことが難しい。
長椅子を持つ時と同じで、両手でないと持てないのである。
「人間で言うところの超常的な力に値します。理解するのは、難しいでしょうね。あなた方が信じる科学の力では、説明しきれませんから」
レイアは目元をヒクつかせ、今にも卒倒しそうだった。
「頼む。もっと、……あたしにも分かるように」
「見た目が変わっても、重さは変わりません。鉄球をとても小さくしても、重さは鉄球のまま。まともに食らえば、風穴が空きますよ」
理系であれば、科学的な思考が働き、固定概念に囚われる。
なので、理解が難しいと言ったのだが、この点レイアは脳筋なので、分かりやすい説明を受ければ、感覚で何となく理解できた。
「や、厄介だな」
「ええ。別に物だけとは限りませんので。あなたも気を付けてくださいね。ふふ……。果実のように、……潰れてしまいますから。中身は変わりませんけど」
シスターの不気味な笑い声で、ブナがうなされた。
慌てて、シスターは頬を撫でて、「よし。よし」と囁き、起こさないように気を遣った。
「そういえば、……杖を持っていましたね」
「ああ。こいつがくれってうるさいから。ずっと持ってる」
そう言って、隣に置いていた杖を見せた。
何てことのない木で作られた杖だ。
よく見れば、握る部分に濁った色のガラスがハメられている。
「光を当てて、対象に向ければエネルギー爆発を起こします。使ってみてはどうでしょうか?」
「エネルギー爆発。ふぅむ。……柄じゃないねぇ」
光、とは太陽のことだろう。
日の光から受けるエネルギーを少量受けただけで、地面を吹っ飛ばすほどの威力がある。
人間が使うには、少々荷が重い代物だった。
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