優しい子

 大きな揺れが起こった。

 揺れが起きる前は、金属のかち合う高い音が響き渡る。

 土煙が薄まって、中に立っていたミウムの姿が見えてくると、真っ先に声を上げたのはナイト達の方だ。


「隊長ォォォッ!」


 吹っ飛ばしたはずのレイアは、驚異的な跳躍力で上空へ跳び、斧を振り上げて落下してきた。


 真下にいたミウムは、無事で済まない。

 自分に目掛けて落ちてきた黒い影に気づいた彼は、すぐさま回避行動に移った。が、間に合わなかった。


 間に合わないからこそ、剣を頭上に構え、受け流そうとしたのだ。

 硬い剣が頭上にあり、頭部は頑丈な兜。

 その下は、人間以上に硬い頭。


 これが、たったの一振りで見事に粉砕された。


「……毎度、毎度。変な力ばかり使うからね。こちとら油断しちゃいないよ」


 真っ二つに折れた剣が地面に突き刺さる。

 兜はUの字にへこみ、白目を剥いたミウムが膝を突く。


 斧が当たった時、頭部に加わる圧力に負けて、首の骨が折れたのだろう。

 ずっと真下を向いた状態で、静かに横たわる。

 自分たちの指揮系統を破壊され、ナイト達は酷く狼狽した。


「ま、マズい! 退け! 退却だ!」

「何なんだよ、あいつ!」


 離れた場所から見ていたブナは、目をキラキラとさせた。

 ナイト達が怯える様子なんて、見た事がない。

 レイアは深追いをせずに、陣地から急いで離れていく敵を見送った。


「あーあ。泥がついちゃったよ……」


 体中に付いた泥を手で払い、ナイトが全員いなくなった後、来た道を振り返る。

 ふと、レイアは穴の端で中を窺う小さな影に気づく。


「……あいつ」


 本来、いてはいけない子がいたので、レイアは大きくため息を吐いた。

 大股で近寄ると、ブナは陰に引っ込むが、無駄だ。

 もう見つけてしまった。


「おい。出てこい」

「やだ!」


 穴を潜り、横を見ると、ブナは大分距離を取って、角の陰に隠れてしまった。


「教会で留守番してるって言っただろ」

「手紙置いてきたから!」

「あのなぁ。あいつが心配するだろ」


 エペアぺがどんな様子で待っているか。

 レイアには予想がつかない。


 レイアの記憶によれば、エペアぺは仏頂面のシスターという印象。

 常に声の抑揚が変わらず、表情が変わらず、淡と用件を述べる無愛想な女だ。


 だから、そんなシスターが一人の少年に執着する姿は、とても奇妙に見えた。奇妙ではあるが、心配しているのは何となしに空気で分かる。


「ほら。出てこいって。戻るぞ」


 すると、陰からブナが出てきて、レイアの元へ近寄ってくる。と、思いきや、ブナは陣地の中に入っていくではないか。


「何してるんだ! 危ないだろ!」

「待って! こいつが持ってる武器とか。ここにある金属持っていけば、お金になるから!」

「はあ?」


 ブナはミウムの使っていた剣を両手で握り、持ち上げようと力む。

 ミウムの剣は、ブナの胴体の倍はある大きな武器だ。

 破片一つリュックに入れた所で、生地が破けてしまうだろう。

 持てないと分かると、今度は辺りを見渡し、杖が目についた。


「なんだろ、これ」


 杖を持ち、オモチャのように振り回してみる。


「おあ?」


 ピカ、と一瞬だけ光った気がした。

 二度目の点滅は、ミウムの後ろに立つ建物。

 武器などを収納しておく小屋だ。

 パチン、と光った直後、とんでもない爆発が起こった。


「うあああああ!?」


 目の前で爆音が鳴ると、重低音により内臓が直に揺さぶられた。

 幸い、近くまで駆け付けていたレイアが斧の面で破片を防ぎ、ブナには当たらないようにしてくれている。


 ゴツゴツと重い木片が斧に当たると、驚きのあまりブナは腰を抜かし、その場で尻餅を突いた。


「この、バカ!」


 軽く頭を殴り、杖を取り上げる。


「これはオモチャじゃないんだ。あいつらの武器だぞ。あたしだって使い方がいまいち分からん。こんな物を子供が振り回したら、大怪我じゃ済まないんだからな」

「……だって、お金が欲しいんだよ」


 首根っこを掴まえ、力任せに目と目を合わせる。

 ブナは不満げに口を尖らせ、下を向いた。


「大陸がこんな風になって、金なんて持ってたって意味ないだろうに」


 前時代の名残だ。

 物々交換の代替え品として、潰れたバッジみたいなメダルが、お金として機能している。

 今の時代、金なんて何の意味もない。

 持っていたって、威張る道具にもなりはしないだろう。


「それ、返してよ」

「まだ言うか? 何でそんなにお金が欲しいんだ」


 杖を背中に隠され、ブナは観念して白状する。


「……シスターの……病気治すんだよ。悪いかよ」

「病気?」

「見たでしょ。背中にデカいコブつくって。あれ、膿だって。前より、体動かすの辛そうだし。早く切り取った方がいいんだ。治してもらわないと、どんどん悪化しちゃうじゃないか」


 食べ物と交換するためのお金。

 シスターの体を治すためのお金。


 二つの目的で金を集めるのは、子供にとって困難を極めるだろう。

 物を拾い集めて、鍛冶屋に素材として提供することくらいしか思いつけなかった。


 欲でお金が欲しいわけではないと知ると、レイアはますます反応に困った。


(あいつ……話してないのか……)


 悩んだ末、杖は絶対に渡さない事に決めた。

 その理由は、暴発して物を吹っ飛ばしたら危険だからだ。

 杖の使い道については、シスターが知っているだろう。

 とはいえ、手ぶらで帰っては、また目を盗んで陣地の場所に来るかもしれない。


「おい。何か、……頑丈な入れ物を探せ」

「何するの?」

「持ってってやるよ」

「ほんと!?」


 早速、ブナは周りに落ちた武器をまとめるものがないか、探すために走り回った。

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