重装歩兵

 敵陣で激闘が繰り広げられる中、小教会ではシスターが深いため息を吐いていた。


「あの子ったら……」


 長椅子の上に、使いまわしの紙が置かれていたのだ。


『でかける』


 わんぱくな子供だというのは知っていた。が、子供というのは行動力が凄まじい。目を離してしまったために、シスターは強く怒れず、非常にモヤモヤとした気持ちになった。


 ブナが出かける場所は、おおよそ見当がつく。


「さては、……後をつけてきたのね」


 シスターが小教会に向かう頃、ブナはすれ違いで、レイアの後を追ったに違いない。リュックまで持ち運ばれているため、大方金目の物を拾おうといった魂胆か。


 本当は教会を離れて連れ戻したいが、彼女は町を離れる事ができない。

 何も言わずに、シスターは教会の外に出て、扉の前に座るのだった。


 *


「うひゃぁ。すっげぇ……」


 ブナは敵の陣地の近くにまで来ていた。

 重装歩兵がどれだけ強いのか気になって仕方なかった。

 男の子の性というべきか。


 強さに惹かれてしまうものがある。


「今、何人目だろ」


 土煙を纏った斧が風圧を起こし、敵を薙ぎ続ける。

 次から次へと押し寄せるナイト達は、肉体の前に障壁を張り、武器には黒い炎を宿し、周囲の障害物を巻き込んで斬りかかる。


 レイアは未だに避ける素振りは見せない。

 敵の攻撃を斧で弾き、攻撃の軌道をずらすだけだ。

 どうやら、真正面から堂々とぶつかるのが、レイアの戦闘スタイルみたいだ。


「ちくしょう! 何て馬鹿力だ!」


 剣の陰に身を隠し、攻撃を防ぐ。

 だが、予想以上の怪力をまともに受けたせいか、剣の平地には亀裂が入った。


「げぇっ!?」


 分厚い鉄を砕き、斧はナイトの腕に食い込んだ。

 完全に攻撃の慣性が死んだのは、腕を叩き割り、斧の刃がアーマーに食い込んでからだ。


 斧の刃は変な感じに引っかかり、抜けなくなってしまった。


「ちっ。まどろっこしいね」


 板金に食い込ませたまま、レイアは長柄の少し先を握る。


「ふー……っ」


 大股を開き、足腰に力が入る。

 大量の汗で光沢を帯びた太ももが、深い溝を刻んで倍に膨れ上がった。

 続けて、広背筋が締まる事で、背中には細長い三角形のラインツリーが浮き彫りになった。


 肩甲骨の周りは、小さなボコボコとした筋肉が膨れ上がり、二の腕には真ん丸の筋肉が膨張する。


「お、らあああああっ!」


 斧に引っ掛けたまま、レイアは敵ごと振り回して見せた。

 グルグルと回転すると、周りにいたナイト達は、頭部や胴を強打し、勢いに負けて吹っ飛ばされていく。


 豪快な戦いぶりにブナは拳を強く握った。


「す、っげえぇ!」


 振り回した軌道には黒い残像が見えるだけで、ほぼ斧と引っかかった敵が同化している。

 途中で、食い込みから外れた敵は、高速に回転して身構える敵の方へ目がけて飛んでいく。


「ちょ、馬鹿! 来るな! うぶぇ!?」


 数人が矢倉に突っ込み、崩れてきた瓦礫の下になる。

 仲間が次々とやられていく中、ミウムは重い腰を上げた。


「むぅ。よもや、人間にまだこれだけの余力があったとは……」

「隊長。ここは退きましょう。ありゃ、人間というより猛獣ですよ」

「バカ者。大町攻略を任されて、おめおめと引き下がれる訳がないだろう」


 側近の部下から杖と剣を受け取る。

 ミウムは全身を厳つい甲冑で堅めて、上下に分かれた四本の手の内、下の両手で剣を持ち、上の手で杖を掴む。


(ふむ。何と言う鼠径部そけいぶよ)


 ミウムは見事に搾り上げられた鼠径部に注目した。

 太ももの付け根。あるいは、股の部分にある、Vの字のラインだ。

 締まる事で皮が突っ張り、綺麗な筋肉の溝を作り上げる。


(どれだけ鍛えぬいたのか。全ては下半身に表れる。殺すには惜しいが、……止むを得まい)


 ミウムは杖を構え、声を張り上げた。


「どけ! オレがやる!」


 隊長の声で我に返り、ナイト達は一斉にレイアから距離を取った。


「単身で切り込んでくる勇猛果敢ぶりは嫌いじゃない。だが、……これで終わりにさせてもらおう」


 レイアは顎から滴る汗を腕で拭い、斧を地面に突き立てた。


「我が前に立ち塞がる隔たりを浄化せよ!」


 パチン。

 杖の先端が、一瞬だけ眩く光った。

 杖が光ると同時に、レイアの足元を中心に半径5m圏内が白い光に包まれる。


 ただの光ではない。

 咄嗟にレイアはしゃがみ込み、両足に力を入れた。


 光が消えたのは、一秒に満たない短い時間だ。

 発光が失せた直後、レイアの立っていた足元が耳を劈く轟音を響かせ、大爆発を起こした。


 周囲にいた仲間の数人まで爆風で吹っ飛び、テントの真上に落ちていく。


 レイアの入ってきた穴の陰で見守っていたブナは、両耳を塞ぎ、顔に掛かった土を手で払う。目を細めて、煙の中に目を凝らすと、そこにレイアの姿はなかった。


「……レイアさん?」


 今の爆発で吹っ飛んだのだろうか。

 ブナが呆然としていると、離れた場所では、二度目の轟音が響くのであった。

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