規格外の威力

 大町の東にある戦場跡地。

 ここより、さらに東にはナイトと呼ばれる使族の軍が集結していた。


 まるで、鋼鉄だけで作られたかのような、銀一色の肉体。

 無論、全員が大柄で、バランスの取れた筋肉を仕上げている。

 ただでさえ屈強な肉体の上に、彼らはプレートアーマーを着込んでいた。


 材質は、大陸――というか、地球では希少価値とされているもので、非常に硬い金属である。合金製であり、他の材質に至っても、海底や火山地帯など、人が採取するには難しい場所にあるものばかり。


 どれだけ硬いかといえば、大砲の鉛玉を通さないほどだった。


 また、彼らは余計な毛髪がない。

 無機質な見た目は、他の使族よりも一段と生物離れしていた。


 陣地がある場所は、原っぱ。

 遠くに森林の木が見える以外は何もなく、見通しが良い。


 彼らは、大町から見て、目と鼻の先に陣地を構えていた。

 木材で作られた原始的な囲いの中に、いくつもの簡易的な兵舎が建てられており、中には汗だくの使族たちが、全身を鍛える風景が広がっている。


 その数、およそ100名。

 小さな軍隊だが、人間相手なら十分な人数だ。

 実際、彼らが先の大戦で人間を圧倒し、数々の町や村を滅ぼしてきた。


 軍を任されている大柄の男の名は、ミウム。

 現在は陣地の中で、大地に寝そべり光合成をしている。


「あぁ……。全身が疼くなァ……」


 他の使族とは違い、ミウムは手が四本あった。

 二つの手は前で組み、残りの二つは頭の後ろに敷いて、枕代わりにしている。


 ひと際大きな体格をしており、銀色の肉体は太陽光を反射して輝いている。何より、驚くべきは、頭だ。

 彼には、ツンツンと短い毛髪があった。


 厳つい顔をしかめ、太陽を睨みつける。


「おい。町の様子はどうだ?」


 そばで大きな団扇を持っている部下に聞く。

 部下の男は、同じく厳つい顔をしかめて、肩を竦めた。


「全く変化がありませんね。奴が出てくる気配もない」

「おのれぇ。裏切り者が……。未だに町へこもって、人間のお守りをしているか」


 人間を圧倒してきたナイト達は、大町に攻め入る事ができない。

 彼らの中に込み上げるのは、悔しさと確かな恐怖。

 いる限り、攻撃ができなかった。


「どうにかして、エペアぺを始末できませんかね」

「無茶を言うな。あいつは、だぞ」

「……ふむぅ。困りましたねぇ」


 宇宙の意思。

 それは、人間側でいう所の『使者』に当たる者達だ。

 使族にとっても特殊な存在で、おいそれと歯向かっていい者達ではないことは、ミウムの反応を見れば察しがつくだろう。


 ミウムは顎をしゃくり、「どうしたものか」と、動くに動けないもどかしさにイライラを募らせる。


 ふと、ミウムは尻に違和感を覚えた。


「……地震か?」


 大地を伝って、尻の肉が揺れる。

 横揺れではない。

 縦に、ブルブルと小刻みに揺れ、振動は尻の肉から全身に広がっていく。


「敵襲! 敵襲!」


 見張りの声が響いたのは、直後のことである。


 *


 陣地の囲いに大穴が空いた。

 数千人規模の人間を圧倒したナイトを相手に、レイアは単身で切り込んできた。


「なッ――こいつ正気か!?」


 囲いの丸太が一部崩れ、土埃が舞う。

 大きな穴からは、上体を折り曲げて巨女が現れるのだ。

 ナイト達は黙ってみているほど、お人好しではない。

 全員が剣の形をした巨大な武器を振りかざし、一斉に襲い掛かっていく。


「へっ……。久しぶりだねぇ。この感覚……ッ!」

「奴は見た目だけだ! 肉体は素晴らしいが、見ろ! 武器が重くて持ち上げられないではないか!」

「やっちまえ!」


 規格外のハルバードを地面に突き立て、レイアは腕を回し、首を回した。

 アーマーを着込んでいるというのに、身軽な動きで2mは優に超える武器を振りかざす。大股の一歩から繰り出される斬撃は、力任せの一振り。

 しかし、武器自体が人間の使うではないので、腕力に物を言わせて振り下ろす物体は、鉄骨が高所から落下してくるようなものだ。


 長柄を握り、レイアが歯を剥き出しにした。


「う――るァァアアア――ッッ!」


 レイアのすぐ隣で、土が噴き上がった。


「は、弾かれた!?」


 ナイトの武器は、地面に深く減り込んでいる。

 呆気に囚われていると、他の仲間が怒号を発した。


「馬鹿野郎! 前!」

「ッ⁉」


 レイアの斧は相手の武器を力で払いのけた。

 だが、これは本命ではない。

 宙を舞う土埃を頭上で払うかのように、斧は二度目の旋回を始めた。


 ぐるり、と大きく振り回した斧に合わせ、レイアは体を反転させる。


「るァァアアアアアア――ッッ!」


 足の裏を引きずるように一歩を進め、つま先と踵で確かに地面の感触を捉える。


 次の瞬間だった。


 真っ黒い雲が風に流されるように、円盤の斧が空間を大きく薙いでいく。一瞬だけ、力んだことで動きが遅くなり、ナイトは自分の身に迫る規格外の物体に目を見開いた。


 ――……バンッ。


 斧が相手のプレートに食い込むと同時に、突風が起きた。


 ――斬撃?

 ――打撃?


 どれも違う。

 ハルバードが繰り出す一振りは、だ。


 レイアの斧の両端は、刃のようになっているが、実は切れるだけの摩擦力を生まない。


 刃がついていないのだ。

 両端の厚みは、切るための物にしては、厚すぎた。


 しかし、形状は鋭角になっている。


 切れはしないが、鋭くなった形状が硬いプレートの一部に食い込み、武器の重量と遠心力、レイアの筋力、角度など、全てが絶妙に合わさり、強烈な破壊力を生み出すことができる。


 その結果、大砲を通さない堅牢な鎧は、たったの一振りで力任せに両断されてしまった。


「ぐあっ、アアアアアアッ!」


 力だ。

 レイアの人間離れした腕力が、武器に全て宿っている。

 普通の武器なら、当たった途端に砕け散る。

 それだけの威力と衝撃に耐えうる斧は、やはり特殊だった。


 甲冑を破壊されたナイトは、中にある肉の壁まで裂け目が生じ、勢いよく地面を転がった。


 口からは大量の血液を吐き出し、動く事すらままならない。

 まずは一人を仕留めたところで、レイアは斧を担ぎ、前方に鷹のように鋭い目つきを向けた。


「久々に運動させてもらうよ」


 狼狽する敵に接近し、レイアは再び斧を脇に構えた。

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