ビキニアーマーの理由

 ガチガチに鍛えられた肉体を前にして、ブナは目が釘付けになっていた。


 メスゴリラ――は、言い過ぎか。

 ゴツゴツとした肉体だが、デブのように横長ではない。

 レイアは下半身の方が太いタイプだった。

 円錐状の物体の先端同士を二つ合わせた体型、ってところか。


「なんだい。人の体をジロジロと見て」

「あ、いや……」


 現在、ブナは家屋の裏で焚火をしていた。

 ちょうど、風が当たらない場所だ。


「アンタも命知らずだね。大町から村に来るだなんて。親が心配するだろうに」

「……親……いないし」

「孤児かい?」

「そう、なるのかな」


 最後に親の顔を見たのは、モグラとは違う使族に殺された場面か。

 その映像だけが記憶に残っている。


「……そう。悪い事聞いたね」

「別に。平気」


 使族は種類があるようで、全部は把握していないが、親を殺した奴だけは記憶している。


 、石ころの奴だ。

 使族は大体見た目が一緒で、筋肉が膨れ上がった男たち。

 でも、一人だけ違うのが混じっていたのだ。


 燃える村で泣きじゃくっていると、急に顔を布か何かで包まれ、ブナは連れ去られた。視界が塞がれた中で聞こえたのは――。


『息子を……お願い……』


 母の絞り出した声。

 連れ去られた後、小教会で目を覚ました。

 村には戻れないと聞いて、初めは眠れない夜を過ごしたが、いつもシスターが一緒にいてくれたので、何とか立ち直れた。


「レイアさん」

「ん?」

「……寒くないの?」


 無理やり話題を変えて、ブナは焚火に当たるレイアに素朴な疑問をぶつける。


「若干、寒いね」

「ふ、服とか、着た方が……」


 レイアの場合、体格が普通の女性よりも大幅に異なるので、もはや着れる服があるのかどうかが疑わしい。


「着たくても着れないのさ」

「どういうこと?」

「ほら。これ」


 レイアが指したのは、腕の付け根にある鎖の文様。


「甲冑防止の呪い。幸い、胸と股は隠せているけど。それ以外はダメ。外套もね。羽織った途端に、破けてしまうのさ」


 大股を開き、股の部分を指で突く。

 コツコツと硬い音が鳴った。

 どうやら、ブラとパンツの部分は、鉄と革を合わせて作られたものらしい。鉄の端が肉に当たらないよう、下地の皮が包み込むようにデザインされている。


「呪いって……」

「甲冑を着込んでいた頃よりは、動きやすいけどね」

「やっぱり。重装歩兵なんだ。……負けたって、町の人は言ってたけど」

「負けた?」

「うん。大陸中が支配されてから、まだ2、3年くらいしか経ってないんじゃないかな。今の所、町には攻めてくる気配がないんだよね」


 なぜか、使族たちは大町を囲うようにして、散らばっている。

 それがブナには、何となく避けている気がしてならないのだ。


「縁起でもないこと言わないでくれよ。あたしはまだ生きてる」

「でも、一人じゃ何もできないじゃないか」


 ブナが言うと、レイアは鼻で笑った。

 焚火の木を棒で崩すと、一瞬だけ橙色の明かりが強くなった。


「最後の仕上げが、まだなの」


 ブナは、ちょうど段差になっている場所を背もたれ代わりにして、仰向けに寝転がる。


「でも、素手じゃさすがに厳しい。使っていた武器がどこかに落ちたみたいでね。療養ついでに、ずっと探してるんだけど。どこにもないんだよ」

「武器?」

「そう。こう、太い鉄の柄があるだろう? 先端にね。大きくて、丸い斧が付いてる武器なんだ。……空から落ちる時、大陸のどこかに落ちるのは見たんだ。それからは、海に真っ逆さまでね」


 よく生きていたな、とブナは感心した。

 療養とは言うが、鋼の肉体は海面に投げ出されたくらいで傷ついていない風に見える。


 ふと、レイアの言う武器の形状を想像し、ブナは脳に何かが過った。


「……斧? どっかで……見かけたような……」

「何だと? どこだ!?」

「確か――」


 町のど真ん中に、それはそれは大きな斧が、隕石の如く落下してきたのを町の住人は記憶している。

 ブナは直接見たわけではないが、大地の揺れる衝撃と破壊音を聞いた。


 後々、町の連中はこぞって落ちてきた斧を見学に行った。

 白煙の上がる斧は、住人たちが押しても引いても抜けやしない。

 あまりにも重くて、下手に動かせば、下敷きになってしまいそうなので、住人たちは囲いを作って、子供たちが近寄らないようにしている。


 話を聞いたレイアは、「そこに落ちたか」と額を押さえた。


「明日。町に着いたら案内してくれ」

「あ、うん」

「さて。今日は寝るぞ。ほら」

「へ?」


 自分の隣を叩き、レイアがその場で仰向けになった。


「寝込みを襲われたら敵わない。こっちにこい」

「……」


 言われるがままに、ブナは隣に寄った。

 レイアの腕を枕代わりにして、寝かせてくれるとのこと。

 実際に頭を預けてみると、位置が何となく悪くて、何度も頭の位置を探った。


「落ち着かない子だね」

「いや、これ、……枕の位置が高すぎるんだよ」


 首が直角に折れ曲がった状態で寝てしまうので、絶対に寝違えてしまうと分かりきっていた。


 何度も寝る位置を確認したブナが、ようやく落ち着いた場所が一つだけあった。

 脇の上である。

 レイアの顎元に向かって、脳天を突き出すようにして寝ると、良い感じに体の位置が安定した。


(ほんとに。今さら一人で何ができるんだろう)


 レイアがやる気になっている所悪いが、ブナは信じる事ができなかった。

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