女戦士レイア

 彼女を一言で表すのなら、巨女である。


 ふくらはぎは肉の渓谷が出来上がるほどに発達。

 太ももは少年の胴より太く、加えて臀部は非常に発達している。


 そのくせ、クビレは見た事がないほどに絞り込まれていた。

 エゲつないほどのクビレより、上にあるのは大きな乳房だった。

 こぼれんばかりに胸部が膨らんでいるのに、胸の表面は内側からの盛り上がりで張り詰めている。


 まるで、ゴム。

 柔らかさと硬さの融合が、一番露わになっている箇所といえよう。


 突然現れた女の上体は、分かりやすく言うと、逆三角形のボディライン。肩から手首に掛けて、引き締まりながらも太さは細めの丸太くらいある。


 全体的に見れば、筋肉隆々で太い所は太く、絞られているところは極限まで絞られている肉体であり、横に長い体型ではなかった。

 むしろ、太ももと臀部、膨らんだ胸部で大きく見えるだけで、線は細い方だろう。


 女の全身は、浅い褐色の肌だった。

 汗による光沢で、全身のあらゆる筋肉の陰影が、くっきりと浮かんでいる。


 中でも気になるのは、全身の文様と刺青か。

 背中には、狼が大口を開けている刺青が彫られている。

 これは重装歩兵隊である証。


 そして、手足には鎖のような形状の文様があった。

 鎖の文様は手足の付け根にあり、それが背中にまで続き、まるで狼を縛り付けているかのように重ねられている。


 一見すると、柄が悪いように思えるが、重装歩兵は使族とまともに戦った方で、ブナだけではなく、町の人にとっては英雄みたいなものだ。

 怖くはなかった。


(……汗のにおい、すごいなぁ。でも、嫌いじゃないかも……)


 男とは違う蒸れた体のにおいは、汗に混じって女の香りがした。

 何より、少年が先ほどから惚けているのは、彼女があまりにも美しい御仁だったからである。


 全体的に白みを帯びた金色の長い髪は、背中の真ん中にまで達している。髪の毛は全体が少しだけふわふわとしており、カールのような質をしている。毛先を見れば、くるりと丸みがあった。


 たぶん、彼女の元々の髪質だろう。

 前の方は、分け目から両側に長い髪が分かれていて、いかにも気の強そうな眉の形が見えている。


 だけど、目はまつ毛が長くて、パッチリとした形をしていた。

 厚過ぎず、薄過ぎずの唇の膨らみといい、顔の輪郭がくっきりとしているシャープな顔立ちといい。


 ブナには、彼女がどこかのお嬢様のように見えてしまうのだ。


(……ていうか、何で、この人まで……)


 最後に一点、どうしても気になる事がある。

 彼女は、面積の少ないビキニを着ているのだ。


 彼女の肌を隠すのは、手にハメた黒いグローブ。

 手首辺りまであるもので、恐らく防刃目的だろう。


 足は、脛まである革のブーツ。

 股の部分と胸部には、ほとんど紐みたいな面積をした銀色のビキニが着けられていた。


 たぶん、尻の辺りは紐状になっていて、食い込んでいると思われる。

 前の方が若干面積は多い方か。

 胸の方は、見た目からして重い乳房を支えるための強固な作り。


 町娘が着れば扇情的な恰好になる事は間違いないが、彼女の場合、全身の筋肉が相まって、不思議と自然な恰好に見えてしまうのだ。


 ともあれ、綺麗な筋肉の申し子が現れ、モグラ達は酷く狼狽した。


「こいつに手出すってんなら、あたしが容赦しないよ」

「ち、違う! 聞いてくれ! こいつは、病気なんだ!」

「なにぃ?」


 モグラ達は人間相手に怯える事はないが、彼女の筋肉を見て、明らかに動揺している。

 慌てた様子で、ブナの普通体型を指し、声を張り上げた。


「こいつは、肉を食っていない」

「たまに、……食べてますけど」

「嘘を言うんじゃない。肉を食べれば太る。太れば筋肉がつく!」


 おかしな方程式を持ちだされ、ブナは固まる。


「こいつは虐待されてるんだよ! 放っておけるわけないだろ!」


 ピディ村にいるモグラ達は、真剣に筋肉と向き合っている。

 子供の事まで考える意外と良い奴らだったので、ブナは困惑した。


「確かに。この子は痩せすぎている」

「お姉さんまで!?」

「だけどね。あたしは人間の戦士で。アンタらは使族だ。これが何を意味するか分かる?」

「……くっ」


 女が拳を握り、力む。

 まだ浅かった筋肉の溝が、一気に深くなった。


「男なら――拳で語りな!」


 技巧ぎこうなんてない。

 武術や戦術など、戦うための術なんて関係ない。


 純粋な力と力のぶつかり合いだった。


 女が大きく腕を振り上げると、モグラ達は攻撃を防ぐ――真似は決してせずに、胸を突き出すような構えを取った。

 歯を食いしばり、大きな胸筋を膨らませて、相手の攻撃を受けるつもりのようだ。


「――ッッッシャアアアァ!」


 身長2m余りで、筋肉隆々の肉体。

 推定するに、体重は町娘二人と子供一人分か。

 大きな拳に全体重を乗せ、殴りかかれば、どうなるのかを目の当たりにした。


 鉄板のように厚い胸筋が、『ベコン』と陥没したのである。


「ン”ン”ン”ン”……ッ!」


 殴られたモグラは顎をしゃくって、静かに胸を押さえた。


「や、野郎!」

「みんな! 並べ! 防衛だ!」


 モグラ達は覚悟を決めて、女の前に整列する。

 全員が得意な筋肉の部位を膨らませ、ひたすら重い拳を受け続けた。

 ある者は背中を破壊され、またある者は肩を壊した。


 どれくらい経ったか。


 悲鳴と共に飛び散る汗の滴が、乾いた地面を汚していく。

 疑問なのは、誰一人として攻撃しなかったこと。

 モグラはひたすら攻撃を受け続けた。


 女はひたすら殴っていただけだ。

 最後の一匹を殴り倒すと、女は額の汗をグローブに拭い、疲れたように息を吐いた。


「ふーっ。、あたしの勝ちだね」


 モグラ達は殴られた場所を押さえて、地面に転がっている。

 相当痛かったようで、口端から垂れた涎を拭おうともしない。


「ぐぅ、がが……っ」

「ちくしょぉ。バルクアップが……足りねぇ……」


 ブナは端っこで見ていたが、大人の戦いを知るには幼過ぎた。

 何が起きたのかは知らないが、とりあえず助かったようだ。

 膝を抱えているブナのもとに、汗だくの女が戻ってきた。


「大丈夫かい?」

「あ、はい」


 腕を掴まれて、力で立たされる。

 ブナは相変わらず雲みたいに大きな女を見上げた。


「ありがとう、ございます」

「いいよ。でも、子供一人で歩いてたらダメだろう。この辺の使族は、まだ力で語れる。他の地域じゃ、力に物を言わせてやりたい放題やってる輩までいるんだ」

「……はい。すいません」

「ところで、アンタ。名前は?」


 女は屈み、ブナの筋肉が全くない胸を見つめる。


「ブナです」

「そ。あたしは、レイア。良かったら、家まで送るわ」


 レイアと名乗る褐色の女戦士。

 彼女との出会いは、汗と筋肉で構成された肉体美が印象として残るのだった。

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