使族(モグラ)
ブナが産まれた村は、大陸の北西にあるピディ村。
半島の根元にある村で、森林に囲まれた場所だ。
もっと北に行けば漁を営む別の村があり、昔は舟を作ったり、竿を作ったりと、物づくりの村としても知られていた。
ドムナント大町から村へ行くには、海岸沿いを歩けば、使族に見つからずに行ける。理由は、風が強いために、音が足音が聞こえ辛いからだ。
他には、寒いからである。
いくら気候に恵まれているとはいえ、ずっと風に当たれば体を冷やす。
シスターには置手紙をして、こっそりと出てきた。
すぐに戻るとだけ書いて、早朝に海岸沿いを渡り、一日は途中にある展望台の小屋に寝泊まりをした。
少しでも早く収集を終わらせ、小教会に帰るために、ブナは張り切って生まれ故郷を訪れた。
村は全焼していたが、家屋の形だけは残っている。
全て黒く染まっており、屋根は落ちて、壁は崩れていたが、かろうじて民家だと分かる建物が数件。
他は畑だった場所が民家のあちこちに点在しているが、長年放置していたために、背の高い草が生えて、底が見えなくなってしまっている。
村の門は何やら鉄の飾り物が掛けられていたが、ブナがいた頃には、鉄球の飾りなんて掛けていなかった。
訪れた時に「変だな」と薄々嫌な予感はしていたが、予感は見事に的中してしまった。
(マジかぁ……)
ブナは草むらの中にしゃがみ込んで、村の様子を窺う。
地べたには、使族たちが座っていた。
使族=モンスターと認識してもらえたらいい。
今、村の中にどんな使族がいるかというと、みんなが『モグラ』と呼んでいる生き物だった。
人間と同じで、二足歩行の生き物。
体は真っ黒な肌をしており、顔は一つ目で大きな口。
牙がチラチラと覗いている。
背中には、ギザギザとした形状の岩みたいな鱗? がついているのだが、何より気になるのは、恰好か。
ブーメランパンツ一丁なのだ。
身長は2m前後。
体中の筋肉が発達し、一言で表すのなら筋肉隆々。
マッチョである。
動く度に、胸の筋肉が躍動しており、立ち上がると尻の両側がベッコリとへこむ。
彼らは人のいなくなった村に住んでいるようで、どこからか肉の焼ける良い匂いがした。
(何やってんだ。あいつら)
よく目を凝らすと、モグラ達はゆっくりとした動作で腕立て伏せをしている。筋肉を鍛えながら、何かを談笑しているようで、笑う度に腕と腹の筋肉まで笑っていた。
(……ていうか、みんな筋肉すごいな。見つかったら、タダじゃ済まないだろうな)
ブナは他にもいないか、周りを見渡す。
だいたい、20匹くらいか。
全員が鉄アレイを持ちながら、畑じゃない場所で農作業をしたり、料理をしたり、ボーっと空を眺めている。
(帰ろう……)
せっかく村にまできたが、使族がいるのなら無茶はできない。
遠方まで来たなら、帰りに食べれるキノコを探し、持って帰ろうと考えた。
ブナは草むらの中に後ずさり、ゆっくりと来た道を引き返す。
その時だった。
ゴツっ。
何かに頭をぶつけた。
「……おぉい。誰だよ! こっちがクソしてる時によ!」
「げっ!」
尻を丸出しのモグラがすぐ傍にいたのだ。
まだ用を足そうとしていたようで、まだ出していない。
すぐにパンツを引き上げて、草むらにいたモグラがブナの首根っこを掴んだ。
すると、他のモグラ達までワラワラとやってくるではないか。
「どうした?」
「人間の子供だ」
「なんだと? 迷子か?」
男たちからは、むわっとむせ返る汗の臭いが漂ってきた。
なぜなら、彼らは晴天の下で筋トレをしているのである。
常に汗だくで、全身は太陽の光を受けて、黒光りしていた。
「おいおい。この前、森の方で女を見かけたが……。まさか、あいつの子か?」
モグラの一匹が首を傾げ、胸筋を動かす。
そして、隣にいたモグラは額の汗を手の平で拭い、恍惚としたため息を吐いた。
「いいや、違うな。体がなってねえ。お前が言ってる女は、あのデカいのだろ。体格が違う。いいや、筋肉が違う。こいつは、……病人だ」
「……病人って」
首根っこを掴まれ、宙ぶらりんになったブナは村の真ん中に連れて行かれる。
(く、食われるのかな……)
村の真ん中には、大きな鍋があった。
底は深く、鍋の中はぐつぐつと湯が沸騰しており、美味しそうな鶏肉が野菜と一緒に入っていた。
鍋の近くで下ろされ、ブナはモグラ達に囲まれた。
全員が腕を組み、仁王立ちで見下ろす。
「少年」
「はい」
「脱げ」
「……え? ど、どうして?」
「いいから、脱ぐんだ」
隣の鍋が気になって仕方ない。
モグラの一匹が何かを察したのか、ふっと笑う。
「安心しろ。俺たちは人間を食べない。……筋肉に悪いからな」
「ああ。誰かがヘルシーだと話していたが、大間違いだ。人によっては脂肪分が酷過ぎる。安定しない最悪の食料だ。おまけに病気を持っているからな」
「俺たちには鶏肉があればいい。そう。鶏肉が、俺たちを作った」
地面の上で正座をして、ブナは食事について聞かされた。
何の話をしているのか、何も理解できなかった。
「どうした? なぜ、脱がない?」
「……いや、その」
「仕方ない。俺たちが脱がしてやる」
「え、や、ちょ、やめて!」
力任せに服を脱がされそうになり、思わず衣服の心配をしてしまった。
軽く握られただけで、ビリッと変な音がしたのだ。
ブナはリュックを下ろし、自分から上着を脱ぐ。
「下もだ」
言われるがままにズボンを脱ぎ、下着を脱ぎ、パンツ一丁のあられもない恰好になると、モグラ達は大きくため息を吐いた。
その表情には、絶望が浮かんでいた。
悲しげに瞼を閉じ、肩を竦めているので、何事かとブナは周りを見回す。
「いつからだ?」
「いつから、とは?」
やたらと胸筋を動かすモグラが、ブナのお腹を指した。
「痩せすぎだ」
そんな事はない。
子供の体型としては普通で、あばらが見えてるわけでもないし、綺麗な肌の色をしたツルツルのお腹である。
「坊主。虐待受けてるのか?」
「別に……虐待は……」
「嘘を吐くな。俺たちには分かる。いいか? 体は全てを表す」
言ってる意味が分からず、首を傾げてしまう。
「太る事ができないのは、病気だ。痩せているのは、虐待を受けている証拠。何より、筋肉がないのは、全てを諦めた愚者の象徴。……危機感を持て」
言いたい事は山ほどあるけど、ブナはグッと堪える。
モグラ達はジロジロと体を見つめ、指で腹の肉をつついたり、腕の肉や太ももの肉を指で押したりするのだが、どれも悲しい様子だった。
使族が強いのは知っている。
先の戦争で、支配される前に大人たちが戦って、こっ酷くやられたからだ。
モグラのみならず、使族たちは全員がなぜか裸同然の恰好。
いつも気になっているが、大人たちは誰も触れない。
必ず、パンツ一丁なのだ。
体中はとにかく、筋肉。
見渡す限り、筋肉。
全て、筋肉が隆々とした者達ばかりで、どこを見ても筋肉しか映らなかった。
こいつらに、人間は負けたのだ。
「――だからな。悪い事は言わない。今日は俺たちが飯をたらふく食わせる。そして、お前は生まれ変わった姿で、親のもとへ戻――」
ジャリ、と大地を強く踏みしめる音が聞こえた。
顔を上げたブナは、見る見るうちに目が大きく見開かれていく。
筋肉の講義をしているモグラの一匹が、独りでに頷き、自論を展開する。その横に、彼ら以上に大きな影が立っていた。
満足げに語る顔の真横には、中くらいの大きさをした、丸太並みに太い前腕が接近。
握りしめた拳は黒い手袋をしており、ブナの見ている前で、モグラの硬い顔面を物の見事に潰し、メリメリと拳を沈めていく。
満足げな顔が半分ほどにまで潰れていき、モグラの一匹が体を大きく回転させて、仲間の胴体に頭から突っ込んでいく。
「ふんッッぶッッ!」
鍋をひっくり返し、モグラの数匹が地面に転がった。
「なんだい。覗きの次は、子供に集って。アンタらみっともないね」
「……う……わぁ……」
何とも言えなかった。
ブナは口を半開きにして、その女を見上げる。
身長2mと少しくらいか。
かなり大きな女の人だった。
低めの声と野性的な雰囲気から、ゴリラのようにゴツい顔立ちを想像したが、ブナが彼女を見た途端、すぐに頭に浮かんだイメージが否定される。
体こそ、モグラ以上に筋肉隆々だが、とても美しい褐色の美女であった。
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