シスター・エペアぺ

 大町の片隅にポツンと佇む小さな教会があった。

 名前は、トトン教会。

 昔はミサなどが行われいたが、今時神を信じる者は極端に少ない。


 現在は、人間の教えに夢中となり、人間に集まっている。

 そのため、神というのは時代と共に廃れていった。

 実際、祈りを捧げる者達はいなくなり、押し寄せる使族に対してどうするか、という現実的な思考が増えたためだろう。


 礼拝堂と告解部屋しかない小教会の外観は、白い壁に蔦が這い、塗装が剥がれて黒ずみ、屋根には小さな穴が空いていた。


 扉を開けると、両側には虹色の磨りガラスを使った窓がある。

 日光が当たると宝石のような輝きで礼拝堂を照らし、廃れた雰囲気も相まって、退廃の美が感じられた。


 長椅子は、いつでも祈りに来てくれる人のため、シスターが丁寧に拭いて、整列させている。


 礼拝堂の奥には、祭壇。

 祭壇には蜘蛛の顔をした女性の像があった。

 マリア様という名前らしいが、ブナは神学はサッパリなので、何となく母性溢れる肉体美のお姉さん程度にしか考えていない。


 ブナが帰ってくると、純白のシスター服を着た女性が祭壇前で振り返る。


 彼女は、エペアぺ。

 小教会でシスターを務めている者だ。


 彫刻のように整った顔立ちをしていて、肌が陶器のように真っ白。

 ずっと目を閉じているのだが、見えないわけではない。

 純白色を基調としたシスター服を着ていて、頭には同色のフードを被っている。


 一つ気になるのは、背中か。

 大荷物を背負ったように身の丈ほども膨らんでいるのだ。

 シスター曰く病のせいで、腫れあがったとブナは聞いたことがある。

 人に見せられないので、本来ベッドに敷くためのシーツを背中に被せ、周りからは見えないようにしていた。


「お帰り、ブナ。また、危ない所に出かけていたのですか?」

「危なくないよ。あそこはもう使族がいないから平気だって。それよりさ。パンと、……じゃがいも。ニンジンも買ってきた」


 ブナはリュックに手を突っ込み、両手に野菜を持って笑う。

 本当は言いたいことが山ほどあるのだが、ブナの無垢な笑顔を見ると、シスターは強制的に溜飲を下げられてしまうのだ。


「今からだと、ちょうど夜になりますね。すぐ火を焚きましょう」

「あ、オイラがやるよ」

「いいえ。火は危ないですから。わたしがやります。ブナはここで待っていてください」


 そう言って、祭壇近くにある裏口を通り、小教会の隣にある小屋へ向かう。小屋が料理場となっており、ここに小さな煙突と釜戸かまどがあり、料理を作ったら告解部屋を使い、二人で食べている。


 教会の習わしは、形骸化しているため、昔のように「ここで、これをやっちゃダメ」と厳格に決められていない。


 何なら、二人で礼拝堂の床に座り、一緒に食べた事だって何度もある。

 寝る場所だって、礼拝堂の中だ。


 小教会は二人にとって祈りを捧げる場所であると同時に、小さな家であった。


「もうっ。待っていて、と言ってるのに」

「へへ。勝手に付いて行くもんね」


 リュックを持ち、ブナはシスターの後をついていく。

 小屋に入ると、釜戸の台に置いてある火打石を使い、薪に火を起こす。

 だが、しゃがみ込んだシスターの手は、非常にぎこちない。

 いつもは、シスターが火を起こして、料理を作ってくれている。


 こうやって、ぎこちない動作を見ていると、ブナはふと思うのだ。


(体、……悪いのかな)


 何の病かまでは聞いてないし、正直心配だった。

 時計の針が震えるような機械的な動きに見えて、ブナはシスターの前に割り込む。


「貸して」

「あ……」

「大丈夫。シスターは礼拝堂に戻ってて」


 手慣れたもので、あっという間に火を起こす事ができた。

 火が点けば、木くずを撒き、口元に手で筒の形を作って、息を吹きかける。


「まあ。お上手」


 釜戸の火を二人で眺める。

 ちゃんと燃えているかを確認してから、ブナはリュックを持ち、奥のまな板に移った。


 手際よくジャガイモの皮を剥き、ニンジンの皮を剥き、ざく切りにしていく。だが、たまに危なっかしい所があるため、ブナが料理する姿を入口の所からシスターが見守っている。


 仮面のように、シスターの表情は変わらない。

 けれど、動作の一つで何を思っているかは伝わった。


「ねえ、シスター」

「なあに?」

「お医者さんに診てもらおうよ」


 シスターの病を治すための薬があるのか。

 治ってくれるのか。

 ブナには分からないが、肌が腫れている人は見かけた事がある。


 恐らく、皮膚病だ。

 悪化しすぎて、シスターの背面は膨らんでいるに違いない。

 そう考えると、生きているのが不思議なくらいだ。

 奇跡といえば、奇跡。

 同時に、いつ体調を崩すか分からないから、ブナは心配だった。


 シスターは表情を変えずに答える。


「わたしは大丈夫ですよ」

「いいから、行けってば……」


 ジャガイモをざく切りにする手が止まった。


「お金なら、何とかするから」

「お願いだから。危ない事はしないで。ね?」

「危なくない」


 棚にある調味料と前に切り刻んだハーブを手に取り、いつでも入れられるように準備をする。


(どうせ。近々、村に行こうと思ってたんだ。もっと遠くに行けば、良い鉄が手に入るかも。交渉して、値段をつり上げてもらおう)


 考えながら、釜の蓋を取る。


「あ! やっべ。水入れるの忘れてた!」

「あら」


 急いで桶を持ち、井戸に向かう。


「走ったら危ないですよ」

「んもお! シスターは中に入ってて!」


 井戸に向かう小さな背中を見守った後、シスターは一人で小屋の中に入るのだった。

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