第4話:教えてください
貴方が何を考えているか、私はいつも分からなかった。
自身の弱音を見せない部分は「好きな人には格好付けたいから」と話していたのに、レストランに行った時自分の会計分の金額を私に渡して「丁度あるから支払って」と話した。私と手を繋ぐ提案さえ出来ないのに、海に行きたいと話したら「泳げないから無理。君も助けられない」と自身の言葉で自身の諦めを提示した。もうその時から気付いていたのかもしれない。私はこの人と合っていない。付き合う前後の貴方はまるで違った人間で、人格も変わったようだった。
だけどそんなものか、とも思っていた。周りは中学生の頃から街を誰かと手を繋ぎながら歩いていたし、恋人がどんな人か、どんな場所へ行って何をしたかをつらつらと話して、聞いて、話して、聞いているフリをしていた。好きで付き合っているはずなのに、恋人の愚痴で盛り上がる。なぜか腑に落ちないし、そもそも経験が無い私は傍聴席から立ち上がることも許されず、ただ知識を吸収してしまった。好き・恋人というのは、その人を見る時に何枚ものフィルターがかかり全てが良いものに見えてしまうことだ。というのは幻想で、嫌なことも、辛い経験もして、それを誰かに打ち明けるまでがセットなのだと知った。
私はそれを信じていた。貴方のことは好き、だからこそ嫌なことも、違和感を感じることもあるのだろう。完璧な人間なんていないし、私だって完璧じゃないんだから。そう思いながら貴方と話すうちに、私は何かを被っていた。私はきっと、恋人になる前の貴方と同じ、仮面を拾ったのだ。貴方と会うために、よく分からない貴方に合わせるために、私は仮面を被り始めたのだ。
貴方を見て、貴方が私を見る。微笑むだけで何もしない。かといって自分のやりたくないことは絶対にやらない。貴方の仮面は完璧なはずだったのに汚れてぐちゃぐちゃになっていた。こんな人、好きになった覚えは無い。思った時に、手放せば良かったのか。
***
休憩室には大きな長机と数個の椅子が設けられていた。自動販売機や小さな給湯器も置いてあって、簡単なカップ麺や温かい飲み物が頂ける。シンクから一番遠い席に座り、朝買ったパンを食べた。
「お疲れ様」
僕は少し頭を下げた。パンが口に入って言葉を返すことが出来なかったからだ。
「またパン?栄養偏りそう」
「そうですね、確かに」
同調は楽で、非同調は苦行だ。流れが緩やかな浅瀬の海にいたい。出来るだけ争いを避けて、出来るだけ当事者にならないようにした。それが僕が培った人生の価値観である。
「あ、それ読みたかったやつ」
僕の目の前に置いてあった本を手に取った。僕は彼の腕を強く掴んでいた。
「え、痛い」
彼は驚いて手を離した。本は床に落ちて、裏表紙だけが僕と彼を見つめている。
「それは」
「何?怖い本なの?」
「いや、別に」
「え、じゃあ良いじゃん」
彼が本を拾うためにしゃがみ込んだ。
「塩見君、そんなに力あるんだ。それに何かに否定的なのも初めて見た」
ああ、またやってしまった。僕はいつだって、この本に、この本の中にいる僕に苦しめられて。
「それ、面白くなかったんで」
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