第2話:連れて行ってください

「いいなあ塩見さんは」

「何が?」

「いつもブックカバー要らないお客さんですよね」

「いつもじゃないよ」

「この前なんて、文庫本十三冊持って、全部ブックカバー付けてくださいって言われたんです。皆忙しそうでヘルプ呼べないし、ゆっくりでいいよとか言われるし、散々でした」

「器の大きいお客さんで良かったじゃん」

「塩見さん」

「ごめんって」


 僕は笑ってレジから抜けた。



 絵本コーナーを通り過ぎると、絵本とは似ても似つかない単行本が置いてあった。「今月の人気小説ランキング六位」の代物だ。絵本コーナーから遠いランキングコーナー。ここまで持ってきて購入せずに置いて行った客がいる。いるべき場所から違う場所に移動することはよくあった。高校時代に働いていた百均でも、違う種類のボールペンが綺麗に別の場所に置かれていたり、玩具のテニスボールがダイエット器具の場所に置かれていたりした。そもそもいるべき場所というのは人間が決めたのであって、ボールペンは違う種類のボールペンと肩を並べて店頭に立ちたかったのかもしれないし、テニスボールが玩具コーナーだと決めつけていたのはここの店員と店長だけで本当はダイエット器具としての需要が高いのかもしれない。そんなことばかり考えていては体力がもたないことも知っている。他人のこと、商品のこと、棚や絵本、小説のことは考えたって無駄。違う場所に置いていった客への憤りから逃避するための手段に過ぎない。どうせ並べてレジを通すのは我々書店員なのだ。僕は本を手に取った。ここに置いたやつは相当怠惰な奴なんだろう。いや、一番端のランキングコーナーから、一番端の絵本コーナーに置く奴は、ある意味几帳面な奴なのか。そんなことを考えて、ランキングコーナーにたどり着いた。


 ***


 貴方と私は公園に来ていた。誰でも通るファミリーレストランの帰り。まだ帰るには早くて、二軒目に行くほどのお金を持ち合わせていない制服の私達は、誰もいない夜の公園に来ていた。私は望んでいた。まだ帰りたくない、帰したくないと、手を引いてどこかに連れ出して欲しかった。どこかなんて言わせないで欲しい、どこかを言ってしまったら、いつだって私から始めることになるから。何も言わせないで欲しかった。


 貴方は私と自転車の手を引いてベンチに座った。暑い夏だったけれど、夜はただの夜で冷たい。ベンチもそれに合わせて静かに佇んでいるだけだった。私達は座って、何の話をすることもなく、何も見ることもなく、前をじっと見ていた。


 貴方は知らないかもしれないけど、私はあの時、ああこんなことになるなら早く家に帰れば良かったと思っていた。明日提出の課題がまだ終わっていないし、今日は夕飯に大好きなハンバーグが出る予定だった。それに父親が早く帰って来るから、父と、母と、姉と妹と私で映画を観ることだって出来た。だけどそれを全部押しのけて、私は貴方と食べるドリアを選んだ。貴方のパスタを食べる笑顔を選んだ。それは、このドリアやパスタのようなお腹に溜まる期待を受けて、これ以上楽しい所に連れ出してくれると思っていたいからだ。先行投資だ。なのに貴方はただ私の顔を見て手を繋いでニコニコと笑った。ただ「一緒にいられて嬉しい」と言われた。


 私は貴方のどこを好きになったのだろう。

 そんなことを考えて貴方の笑顔から逃げようとした。

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