祈るばかりの私
綿来乙伽|小説と脚本
第1話:見つけないでください
髪が硬かった。
私が思っていたよりずっと硬かった。
私の髪は太くしなやかだった。高校時代まで伸ばしていた髪を切った後も、旋毛から毛先までつるつると音を立てるように触れることが出来た。貴方の髪に触れた時、私の想像と違ったことがたくさんあった。男性という生き物の貴方は、女性という生き物の私よりも髪が短くて、真っすぐ。触れた時、匙よりも鋭くて、ナイフより優しい髪の一本一本が、私の指と指の間をすり抜けた。ああ、思ったよりも硬いんだな。二十五年生きてきて、初めて気付いた事実だった。
もう一つ。
貴方は私の手が自身の頭に触れた時に笑っていた。照れていた。照れるの意味は、内心嬉しく満更でもないが、注目を浴びすぎることで少々気が引けて恥ずかしそうな態度・表情などを示す、という意味なのだそう。貴方はいつだって笑うよりも真剣な表情でいることが多かった。誰に対しても愛想笑いを見せることなく、かといって本当の笑顔を見せることがない人で、「冷酷」「不思議」「無慈悲」「ロボット」など、散々な言われようだった。だから、私の手が貴方と一体となった時、貴方が照れて俯いた時、この人は自分の殻をさも自分の本心のように見せて他人のイメージのまま生活していたことを知った。貴方は髪に触れている私の手に、自分の手を合わせて微笑んだ。
気持ちが悪かった。
***
僕がこの本に出会ったのは、書店で働き始めて二年と二か月が経った時だった。素朴な表紙に載っていた申し訳程度のタイトル。僕はそれを見て、棚にしまい込んでもなお気付くことは出来なかった。
「いらっしゃいませ」
女性客が持ってきた本を一冊ずつ手に取りバーコードを読み取っていく。
「ポイントカードはお持ちですか」
ポイントカードを提示され、読み込む。
「ありがとうございます。ブックカバーはご利用ですか」
首を横に振られる。
「かしこまりました」
二年も働いていると、本を見なくてもバーコードの居場所を把握することが出来た。だから今回もレジの金額を見ながら最後の本のバーコードを探す。最初に文庫本が三冊あり、最後だけ単行本だったため、勝手が違った。。最後の単行本で、一人分の売り物を捌くことになるが、手こずって表紙を確認した。僕が昨日、「今月の人気小説ランキング」の六位に並べたものだ。裏表紙を機械に見せると、バーコードが反応して機械音が鳴った。この時初めて、自分達が並べた本を、売り物として客に差し出す実感が湧くのだ。
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