10. ロイヤルディナー
店の前で深々と頭を下げ、一行を見送ったユーキは青い顔でシアンの方を向いた。
「どどど、どうしよう……。王宮で料理だなんて、何を出したらいいのか……」
「何でもいいんだよ。どうせ日ごろつまんない物ばかり食べてるんだから。ここの看板メニューもっくだけで喜んでくれるよ。ははは……」
シアンはいつの間にかビールを飲んでいて、赤い顔で適当なことを言って笑った。
「もう! ちゃんと考えてよぉ!」
ユーキは口を尖らせた。
「いや、まぁ、シアン様の言うことももっともで、宮廷料理は格式は高いが、伝統料理のローテーションでな。ここのようなB級グルメは結構インパクトあると思うぞ」
「そ、そうなの……?」
「姫様も喜んでおったろう。あれでエエんじゃ」
「そ、そうなんだ……。分かった!」
ユーキは吹っ切れたようにニコッと明るい笑顔を見せた。
◇
準備を重ね、ついに王宮ディナー当日がやってきた――――。
日の傾きかけたころ、馬車がやってきて、ユーキは寸動鍋や下ごしらえのすんだ食材の箱を積みこんでいった。
「はい、大丈夫です。出発してください」
ジャケットを着た目つきの鋭い執事は黙ってうなずき、馬車は一路王宮へ向けてパッカパッカと動き出していく。
「あー、どうしよう、どうしよう……」
ユーキは胸に手を当て、心配そうにつぶやく。
「いつも通りでええじゃろ? 緊張したって始まらん」
「そうそう、失敗してもあたしが何とかしてあげるから。くふふふ……」
シアンは不気味な笑いを見せる。
「な、何とかって……?」
「王宮消し飛ばせば、なかったことになるでしょ? きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑った。
「もう! 大人しくしててよね!」
ユーキはシャレにならないジョークに口をとがらせる。
「それがなぁ、もしかしたら……、そうもいかないかもなんじゃなぁ……」
レヴィアは渋い顔でシアンの方を見る。
「おぅ、レヴィアも感づいてたか。まぁ、何があってもあたしらがいたらバッチリよ。大船に乗ったつもりで!」
不穏な事を言う二人。ユーキは爆弾だらけの海賊船に乗ってしまったような不安に、うなだれながら首をブンブンと振った。
◇
いよいよ運命のディナーがスタートする――――。
まずは前菜にブルスケッタと冷菜のプレートを出した。ブルスケッタは生トマトを刻み、オリーブオイルとバルサミコで和えてバジルを散らし、カリカリに焼いたフランスパンの上に乗せてある。一工夫として味噌を隠し味に加えてある。トマトの酸味とバルサミコのコクが調和してその裏に味噌、まさに奇跡のマリアージュが織りなされる自信の一品だ。
「おぉ! これは凄い!」「おいしーい!」「こんなの初めてだわ……」
ダイニングの声がかすかに聞こえてくる。
ユーキはホッとして胸をなでおろす。
「一皿目は好評のようじゃな」
レヴィアはニコッと笑いながら目配せすると、二品目のスープ皿をテーブルに並べていく。
どうやらこのディナーは、王女が国王から誕生日祝いをいただいたことのお返しにと考えたもので、王女からのサプライズプレゼントの意味合いがあるらしい。
そういう想いのこもったディナーであれば、俄然やる気も出てくるというものである。全力を投入し、食べた人みんなに笑顔になってもらうのだ。ユーキは料理人の矜持を胸に闘志を燃やした。
「ありがとうございます。それではスープ行きまーす!」
ユーキは寸動鍋に入れてきて、火にかけてあるコンソメスープの蓋を取った。ボウっと湯気が舞い上がる。
ニンジン、玉ねぎ、セロリ、焦がした牛肉を半日弱火で煮た後に、牛肉ミンチと卵白を加え、さらに弱火で煮込んだものを丁寧に
ユーキは最後の仕上げとしてデーツのジャムを少しずつ加えていった。舌に全ての神経を集中し、甘すぎずコクの調和がMAXになる量を探していく――――。
「ヨシッ! 美味いぞ!」
ユーキはニヤッと笑うと、こぼさぬよう慎重にスープ皿に注いでいった。
メイドがワゴンを持ってきてスープを運んでいく。最後に毒見係が試食して、ダイニングへ持っていかれる手はずになっている。
「おぉ! これも見事じゃ!」「一体どこでこんなシェフを見つけてきたの?」「ふふっ、秘密です……」
ダイニングから漏れ聞こえてくる声に、ユーキはグッとこぶしを握りガッツポーズをする。
どうやらスープも気に入ってもらえたようだ。この調子で何とか最後まで乗り切りたい。ユーキはコック帽を正すと、目をつぶり、手を合わせて大きく息をついた。
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