9. ロイヤルトンカツ
「うほぉ!」「これは……なかなか……」
ユーキもレヴィアも黄金の光を纏いながら、トンカツの大宇宙を夢心地で遊泳していく……。
「やっぱりデーツの甘みは上品でグッとくるのぅ」
「トマトの酸味もキーですね」
「いやぁ、トンカツ最高!!」
シアンはグッと両腕を青空に高々と掲げた。
「お楽しみのところ申し訳ない」
その時、ジャケット姿のガッシリとした筋肉質の男性が声をかけてきた。テラス席はそれなりに人通りのある石畳の道に面しており、トンカツで盛り上がっている三人はそれなりに人目を引いていたのだ。
「な、なんでしょうか……?」
ユーキはクレームかと眉をひそめ、応える。
「実は、その料理を食べさせてもらえないだろうか?」
「え? 店は夕方開店なんですが……」
いきなりのオファーにユーキはたじろぐ。飲食店にとって営業時間外にお客を入れるのはタブーなのだ。
「それは理解している。金貨一枚でどうかな?」
「き、金貨!?」
ユーキはいきなりの大金のオファーに思わずのけぞった。金貨一枚は日本円にしたら十万円。とても一皿で得られるような金額じゃない。
「請けてやれ。断るとややこしくなるぞ」
レヴィアは
この国では絶対王制が敷かれており、貴族は特権階級。それこそ無礼を働いたら斬り殺されてもお
「な、なぜ貴族様がこんなところに……」
ユーキは迫りくる面倒ごとの予感に不吉な寒気を感じ、冷や汗を流した。
◇
店内を手早く掃除して椅子も降ろすと、ユーキはその少女を招き入れた。
「こ、こちらに座ってください。これから揚げるので少々お待ちくださいね」
こくんとうなずく少女。美しく編み上げた金髪に透き通るような白い肌。まるでお人形さんみたいな人間離れした美貌にユーキはゴクリと唾をのんだ。
護衛の男二人はあちこちを確認し、危険なものが無いのを確認すると少女を席に案内し、ユーキに声をかけた。
「何か飲み物もお願いできるかな?」
「え? リンゴ酒……ですかね?」
ユーキはやんごとなきお方が何を飲むのか、全然イメージが湧かなかった。
「紅茶でお願いしたい」
「こ、紅茶ですね……、紅茶カップあったかなぁ……」
ユーキはメニューにない注文に顔を曇らせる。
「あー、ええよ。我がやっておく。……。紅茶にはレモンかミルクかお入れしますか?」
レヴィアはユーキをフォローし、接客スマイルで卒なくこなしていった。
◇
ほどなくしてトンカツが揚がった――――。
「はい、お待ちどうさま!」
ユーキはニコッと笑ってスッと少女の前にサーブする。
「少々お待ちを……」
護衛の男は皿を奪うとトンカツをザクザクと細切れにしていき、切り口を鋭い目でにらみながら確認し、口へと運んだ。
「うほぉ!」
男は黄金色の光を纏い、圧倒的な旨味に思わず声を上げてしまう。
「どうじゃ? 美味かろう」
レヴィアはニヤッと笑って聞いた。
「こ、これは……凄まじいですな……」
男は首を振りながら皿を少女の方に戻し、少女にOKサインを出した。
ニコッと笑った少女は、トンカツを一切れ持ち上げるとまじまじと見つめ、恐る恐るトンカツを口に運ぶ。
一同は少女の口元に視線を注いだ――――。
あっ……。
何度か嚙み締めた少女は口元を手で隠し、驚きの声を上げる。その碧く澄み通った瞳は大きく開かれ、トンカツの魔力に引き込まれているようだった。身体の周りにも黄金の輝きが見受けられる。
手の止まらなくなった少女は、無言で次々とトンカツを口へと運んでいく。
ユーキはその様子を見ながら、幸せそうにうんうんとうなずいた。
◇
食べ終わった少女は護衛の男の耳元で何かをささやいた。
「えっ!? ほ、本気ですか……? しかしそれは……」
男は困惑して眉をひそめる。
少女はキュッと口を結び、じっと男をにらんだ。
「み、御心のままに……」
男はため息をつき、胸に手を当てるとユーキの方を向いた。
「申し訳ないのだが、王宮で料理を作ってもらえないだろうか?」
「お、王宮!? えっ!? いや、でも……」
ユーキはいきなりの依頼に目を白黒させ、レヴィアの方を向いた。王宮ということはこの少女はうわさに聞く王女、レウノーラ・ローゼンハルトに違いない。貴族の最高峰、王家の姫様の話にユーキは絶句してしまう。
「申し訳ないが、王宮の料理は宮廷料理人の世界であって、平民がおいそれと入れる世界じゃないと記憶しとるんじゃが……」
「その通り。王宮のキッチンはとても解放できない。ただ、離宮にスタッフ向けの小さなキッチンがある。こちらで非公式に調理してもらえないだろうか?」
「スタッフ向けのキッチンかぁ……。できるか?」
レヴィアは眉をひそめ、ユーキを見つめた。
「うーん、それはコースでってことです……よね?」
「そう、四人分ディナーコースで。報酬ははずもう」
「四人分であれば、下ごしらえをしていけば何とか……なるかと」
ユーキはチラッと少女の方を見る。
少女は嬉しそうにパアッと笑顔を輝かせた。ユーキはその眩しい笑顔にドキッと鼓動が高鳴るのを感じ、息をのんだ。
「ありがとう。詳細は追って連絡する。ただ、このことは絶対口外せぬように。下手したら命を狙われかねないので……」
「わ、分かりました」
ユーキはその不穏な話に顔を曇らせながら頭を下げた。
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