7. 碧空亭(アジュール)
「かっかっか、胡椒は最高じゃろ?」
レヴィアは二枚目を口に放り込みながら、感動に打ち震えているユーキの肩を叩く。
「こ、これは神の味……ですね……」
「南国のつる植物の実なんだよね。肉をうまく食べるために生まれてきたようなスパイスだよねぇ」
シアンは残りの肉をガサッと奪いながら言った。
「南国? じゃぁ育たない……かなぁ?」
ユーキは眉をひそめた。もはや肉料理に胡椒なしではありえないのだ。しかし、育てられないとなるとどうしたらいいか皆目見当もつかない。
「南の島でな、売っとるのを見たことがあるぞ」
レヴィアは次の肉を網に並べながら言った。
「あぁ、いいねそれ。必要になったらレヴィアが買ってきてあげればいいんだ」
「はぁっ!? わ、我が行くんですか!?」
「え……? 嫌なの?」
シアンは急に真顔になってレヴィアを見つめる。
「い、いや。め、滅相もございません! いつでも行ってきますよ!」
レヴィアは背筋をビシッと伸ばすと冷や汗を流した。
◇
パパの後を継いだユーキの食堂【
トマトソースのピザも、胡椒の効いたグリルも街の人たちを驚かせ、開店前から行列ができるまでになっていく。
近所のおばちゃんたちに手伝ってもらいながら、夜遅くまで満員御礼が続いていった。
そんなある日の昼下がり――――。
ズーン! という地響きが響いた。お店の裏手にレヴィアがシアンを乗せて着陸したのだ。
隠形スキルを使って目立たなくしてあるので、周りの人にはバレていないようである。
「はぁ、またダメだったな……」
シアンはぐったりしながらテラス席に座り、宙を仰いだ。
「少し……時間が……かかりそうですな」
少女姿になったレヴィアも、テーブルに突っ伏して疲れきった声を出す。
「お疲れ様。お茶をどうぞ……」
ユーキはそんな二人をねぎらうようにハーブティを出した。
「はぁ……、生き返るなぁ」
シアンはほのかに黄金色の輝きを纏いながら幸せそうに目をつぶり、ハーブティをすする。
「どこまで行ってきたんですか?」
「宇宙だよ、宇宙! Heyタクシー、ちょっと宇宙までってね」
シアンはおどけながら青空を指さした。
「我はタクシーじゃないんですが? 金取りますよ?」
レヴィアはジト目でシアンをにらみながらハーブティをすする。
「レヴィアさぁ、もっと速く飛べない? 光速くらいでさ」
「……。光速で飛んだらシステム吹っ飛びますが?」
「そう! ふっ飛ばそうかと」
「ご自分でやってください」
レヴィアは呆れたように肩をすくめた。
「なんだよ、役に立たないなぁ。神殿に行けなきゃこの星滅んじゃうよ……」
シアンは口をとがらせ、大きく息をつくと、頬杖をつく。
「……」
レヴィアは何か言い返そうかと思ったが、何言ってもロクなことにならない気がして首を振ってハーブティをすすった。
「そろそろさぁ、和食喰いたいんだよね、和食……」
シアンはテーブルにほほを乗せ、ぐったりしながらユーキをチラッと見てわがままを言う。
「わ、和食……ですか? まだ作ったことないんですよね……」
ユーキは慌ててレシピノートをパラパラとめくりながら眉をひそめた。
「君の腕と舌ならビックリするような和食、できると思うよぉ……」
「うーん、天ぷら、肉じゃが、トン汁、お好み焼き、親子丼……」
ユーキはレシピノートの和食のページを眺めていく。
「我は寿司がええなぁ……」
レヴィアは顔を輝かせながら好き放題言った。
「す、寿司……ですか!? 生魚は手に入らないですよ」
「そうだ! レヴィア! ひとっ飛びマグロ獲ってきて!」
シアンは空を指さしてニヤッと笑う。
「あっ! やっぱり肉じゃがにしましょう! 肉じゃが!」
レヴィアは焦って話題を変える。寿司食べるためだけにマグロ漁など冗談じゃないのだ。
「肉じゃがぁ……。もっとこうパワーの付くものがいいなぁ……」
シアンは不満げに口をとがらせる。
「トンカツは……どうですか?」
「んっ!? トンカツ! いいねいいね! サクサクッとジューシーで頼むよ!」
シアンはガバっと起き上がると、目をキラキラとさせながらユーキの背中をパンパンと叩いた。
◇
たっぷり油の鍋に火をかけ、ユーキは豚のロース肉ブロックに包丁をあてる。
「もっと厚く! ガッツリと行けるように!」
シアンは後ろから偉そうに指示を出す。
「え? 中まで火が通らなくなるよ?」
「そんなの二度揚げすればいいの! トンカツは厚さが命!」
「は、はぁ……」
ユーキは小首をかしげながら、かなり厚めに切っていく。
切り終わると小麦粉をはたき、卵にくぐらせ、パン粉をつけていった。
「お、いいねいいね! そしたらレヴィアはキャベツ千切りね」
「わ、我が切るのか?」
「何? あたしに……切れって言うの?」
シアンは真顔でレヴィアの顔をのぞきこむ。
「め、滅相もございません!!」
レヴィアは泣きそうな顔で包丁を握ると、タンタンタンと器用に操って千切りを山盛り作っていった。
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