6. 胡椒のハーモニー

 巻き上げられたモノたちは空を渡り、やがて近くの空き地へと落ちてくる。


 プギィィィ! プギッ!


 次々と断末魔の叫びが響きながら、イノシシたちは一網打尽となった。


「おぉぉぉぉ……。こ、これは……」


 ハンクはその想像を絶するイノシシ退治に唖然として首を振る。対策が効かず、悩まされ続けてきた憎っくきイノシシが今、瓦礫の山にうずもれている。ドラゴンもすさまじいが、それをあごで使う謎の少女にハンクは圧倒された。


「これでトマトも安心して育てられるネッ!」


 シアンはニコニコしながらトマトの種の袋をハンクに渡す。


「お、おぉ、ありがとう……。もしかしてあなたは女神……様?」


 ハンクは手を組んでキラキラ瞳を輝かせながらシアンを見つめた。


 しかし、シアンは顔を曇らせると、


「あんなおばさんと一緒にしないで!」


 と、プリプリしながらそっぽを向く。


「お、おばさん……?」


 ハンクはポカンとしながらユーキと顔を見合わせ、ユーキは肩をすくめる。この世界を創った偉大なる女神を『おばさん』呼ばわりするこの少女を、どう捉えたらいいのか分からず、二人とも困惑した。



       ◇



「じゃあ、お疲れ! カンパーイ!」


 ユーキの店でシアンはジョッキを高々と掲げた。


「カンパイでーす」


 女子中学生くらいの金髪の少女がいつの間にか座っており、シアンにジョッキを合わせる。彼女は目鼻立ちの端正な金髪おかっぱ娘で、ダボっとした黒いアウトドアジャケット姿が似合っていた。


「おい! ユーキ! 君も席に着きなさい!」


「いや、でも開店準備が……」


「乾杯だけ付き合え! それとお替わりね!」


 シアンは美味しそうにごくごくとジョッキを一気飲みしていく。


「はいはい……。それで……この方は……?」


 ユーキは少し頬を赤くしながら、不思議な金髪おかっぱの美しい少女を見つめた。


「おいおい、そのイノシシ獲ってやったのは我じゃぞ!」


 少女はムッとしながら真紅の瞳をギラリと光らせた。


「へっ!? もしかして、ドラゴン……?」


 ユーキはその爬虫類はちゅうるい系の縦長の瞳孔どうこうに揺れる真紅の輝きに、ブルっと身を震わせる。


「もしかせんでもドラゴンじゃ、我にもお替わりな!」


 レヴィアはシアンに負けじとジョッキを一気した。



       ◇



「はい、お待ちどうさま……」


 ユーキは炭火のおこったコンロをテーブルの上に置き、さっき〆めたばかりのイノシシの肉も持ってくる。


「おーっ! 来た来た!」「待ってました!」


「では焼いていきますね、肩ロースから……」 


 肉を網に並べていくと、ジューッという食欲をそそる音がして香ばしい香りが立ち上る。脂が豊富なイノシシの肉は次々と脂を落とし、炭に落ちて炎をあげた。


「おーっ! いいねいいね! 胡椒持ってきて!」


「こ、胡椒……?」


「え? もしかして胡椒も無いの?」


 シアンは唖然として眉をひそめ、ユーキは申し訳なさそうな顔をしてうなずく。


「カーーッ! 肉には胡椒だよ。しょうがないなぁ……」


 シアンはまた空間の裂け目に腕を突っ込むと、面倒くさそうに中をまさぐり、ペッパーミルを取り出した。


「コイツをこうやってね……」


 シアンは焦げ目のきれいについた肉の上にガリガリと胡椒を振りかける。


「そしてこうだ!」


 肉をつまむとパクっとそのままかぶりついた。


「んほぉ!」


 あふれ出す芳醇な肉汁に、胡椒の刺激が素晴らしいハーモニーとなってシアンの脳髄に突き刺さる。


「んまいぃぃぃ……」


 シアンはギュッと握ったこぶしをプルプルと震わせ、恍惚とした表情で宙を仰ぐ。


「我にも胡椒ください!」


 レヴィアが手を出すが、シアンは後ろに隠してしまう。


「もうちょっと味見してからね」


「なしてそんなケチ臭いことを!」


 レヴィアはシアンの背後に手を伸ばすが、シアンは大道芸人みたいにヒョイっとペッパーミルを頭上にほおリ投げると、前で受け取ってそのままガリガリっと肉に胡椒をかけた。


 へっ!?


「いただきマース!」


 シアンは二枚目をパクリと味わう。


「自分ばっかり……。それ獲ったの我なのに……」


 レヴィアは泣きそうな目で口をとがらせ、シアンをにらんだ。


「うそうそ、もぅ、可愛いんだからぁ」


 シアンは全部の肉に胡椒をかけていく。


「ほれ、ユーキも味わって!」


「は、はい……」


 ユーキは恐る恐る箸を伸ばし、沸々ふつふつと肉汁の踊る表面にパラパラとかかった黒々とした胡椒を眺めながら口へと運んだ。


 口の中に入れた途端、ピリッとした辛みが走り、続いて芳醇な肉汁と共にうまみと刺激が押し寄せてくる。


「う、うほぉ……」


 味わったことの無い焼き肉の新世界の扉が開かれ、ユーキは目を丸くしてその豊かなハーモニーに陶酔していった。

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