5. 伝説的魔物の頂点

 直後、暗雲の下に数百メートルはあろうかという、巨大な真紅に輝く円が浮かび上がる。


 円の中には六芒星やルーン文字が次々と描かれていき、壮大な魔法陣が完成していく。


 ほわぁ……。うひぃ……。


 ハンクとユーキは身を寄せ合い、とんでもないことが起こりそうな予感に冷汗を浮かべながら震えた。


「レヴィア、カモーン!」


 シアンがそう叫んだ刹那――――。


 ピシャーン!


 激しい閃光の中、真紅の稲妻が魔法陣から放たれ、目の前の空き地に落ちた。


 地震のように揺れる地面。二人は目をつぶって抱き合っている。


 ギュワァァァァ!


 刹那、下腹部に響く超重低音の咆哮ほうこうがあたりに響き渡る。


 うっひぃぃぃ! わぁぁぁ!


 本能的に恐怖を呼び覚ます恐ろしい声。二人は縮みあがった。


「我の安息を乱す不届きものはどいつじゃぁぁぁ!!」


 激しい重低音の罵声が地面を揺らす。


 ユーキがそっと目を開けると、そこには旅客機サイズの巨大なモンスターが空を覆う巨大な翼をゆったりとはばたかせながら浮いていた。トゲのついた漆黒の鱗で覆われたモンスターは巨大な真紅に燃える瞳で三人をにらんでいる。それは伝説にうたわれている魔物の頂点、ドラゴンだった。


「貴様らか! その罪、万死に値する!!」


 ドラゴンは巨大な鋭い牙が並ぶ巨大な口を三人に向け、パカッと開ける。


「ド、ドラゴンブレス!?」「うはぁ! もうお終いじゃぁ!!」


 ドラゴンはその口から全てを焼き尽くす轟炎を吐くという。そんなものを浴びたらひとたまりもない。ユーキはいきなり訪れた絶体絶命のピンチに縮み上がった。


「よっ! レヴィア、元気してた?」


 シアンはニコニコしながら、そんなドラゴンに歩み寄って手を挙げる。


「はぁ……? なぜ我の名を知っておるの……?」


 ドラゴンはけげんそうにシアンの顔をのぞきこみ、


「ぬほっ!」とむせて、瞳孔がキュッと小さくなり、急にかしこまる。


 慌てて地上に降り立ったレヴィアはシアンに頭を下げると、しどろもどろに話し始める。


「こ、これはシアン様! お、お久しぶりにございます! お見苦しいところをお見せしまして……」


「うん、久しぶり。何? 呼んじゃマズかった?」


 シアンはレヴィアの鼻先の鱗をポンポンと叩きながら、楽しそうに聞く。


「いや! 滅相もございません!! およびいただき誠に恐悦至極にございますです! ハイ!」


 圧倒的に強大なはずのドラゴンが冷汗をかきながら頭を下げている姿に、ユーキとハンクは唖然としてお互いの顔を見合わせた。


「ちょっと頼みたいことがあるんだけどさぁ」


「それはもう何なりと! 王国を滅ぼしますか? 何万人でもふっ飛ばしますよ!」


 ドラゴンはシアンに頼みごとをされるのがよほどうれしいのか、ノリノリで鼻息荒く答えた。


「あの辺にイノシシがいてさ」


 シアンは山の稜線の方を指さした。


「イ、イノシシ……?」


 レヴィアはけげんそうにシアンの指さす先を眺める。


「そう。食べたいから獲ってきて」


「……は? イノシシを狩る……?」


 この星の頂点たる自分を呼び出したのだから、どんな仕事を任されるのかと思っていたらイノシシ狩りだという。レヴィアはその言葉に隠された意味を必死に考えた。


「イノシシ獲るの危ないんだって。レヴィア獲ってきてよ」


「わ、我がイノシシ狩り? そもそも『危ない』ってシアン様に勝てる存在などこの宇宙にはおりませんが……?」


 なんの深い意味もなく、単にイノシシを獲ってこいというシアンの言葉に、レヴィアは唖然とした。


「いいから早く獲ってきて!」


 シアンは自分の太ももをパン! と叩き、口を尖らせながらイノシシの方を指さした。


「み、御心のままに……」


 レヴィアは首をかしげながらバサッバサッと巨大な翼をはばたかると、その太くたくましい後ろ足で大地を蹴り、一気に大空に飛び上がる。


 そのままツーっと稜線まで飛ぶと、レヴィアは大空に何やら緑色の巨大魔法陣を浮かべた。


 何をするつもりなのかユーキが首をかしげていると、魔法陣から一陣の風が噴き出す。それは徐々に強力になり渦を巻き、最後には巨大な竜巻となってうねりだした。


 ゴゴゴゴ……。


 ものすごい轟音をたてながら竜巻が山の稜線をなめていく。次々と巻き上げられていく木や枝や岩……。その中に足をバタバタしているイノシシも見える。


「おー! いいぞいいぞ! 美味そうだ。くふふふ……」


 シアンは悪い顔で笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る