4. 猪パーティ

 早速ハンクじいちゃんの畑に繰り出した二人――――。


「じいちゃーん!」


 裏山のふもとののどかな畑でクワを振り下ろしている白髪の老人に、ユーキは大きく手を振った。


「おや、ユー坊。おりょ? その娘は……彼女さんかな? カッカッカ」


 ハンクはタオルで汗を拭きながら楽しそうに笑った。


「か、彼女じゃないよ!」


 ユーキは慌てて両手をブンブンと振った。


「あら、彼女でもいいわよ? くふふふ……」


 シアンはいたずらっ子の顔でユーキを見つめる。


「もうっ! シアンまで……。彼女はちょっと凄い人なんだ。それで、もらったトマトをね、育ててもらえないかな……って」


「トマト……?」


 ハンクは首をかしげる。


「はい、これ」


 シアンは真っ赤でプリッと美味しそうなトマトを差し出した。


「ほう……、これは……」


 ハンクはあちこち眺めると、ガブリとかぶりついた。


「す、酸っぱーい!! な、なんだ、甘くないじゃないか!」


 真っ赤に熟れた見た目に反して酸っぱいトマトに、ハンクは目を白黒させる。


「この爽やかな酸味が料理にはいいんだよ。煮ても美味しいしね!」


 ユーキはニコニコしながら説明した。


「ほう……、なるほど……、なんか凄い野菜だなぁ。慣れたら美味いってことかもしれんなぁ」


 ハンクは二口目をガブリといって、果肉をピュッと飛ばす。


「でね、これを育てて欲しいんだよ」


「育てるのはええが、育て方が分からんとなぁ」


「タフな野菜だから放っておいてもどんどん育つよ。ネギやニラと一緒に育てると元気になるしね。後は支柱して脇芽を刈ってやって」


 シアンはニコニコしながら、すくすくと育っているネギを指さした。


「そ、そうかい。まぁちょっと試してみっか。あーっ、でもなぁ……」


 ハンクはそう言うと渋い顔をして首をかしげた。


「ダ、ダメですか?」


 ユーキは眉を寄せてハンクの顔をのぞきこむ。


「植えるのはええんじゃが、イノシシどもが最近畑を荒らすようになってのぅ。こんなの植えたら全部食べられてしまうんじゃ」


 ハンクは肩をすくめる。


「えっ!? それじゃ結構被害受けてるんですか?」


「ほれ見てみぃ」


 ハンクは柵のそばのニンジン畑を指さした。そこには穴がボコボコ開いていて、食べかけのニンジンが転がっている。


「うわぁ……」「あらら……」


「ワシも困っとるんよ」


 ハンクはガックリとうなだれた。


「じゃぁ、イノシシ全部ぶっ殺しちゃおー!」


 シアンは嬉しそうに腕を突き上げ、ピョンと飛ぶ。


「ぶ、ぶっ殺すって……、お嬢ちゃん、山の中に隠れとってどこにいるかもわからんのじゃぞ?」


「フンフンフーン……。みーっけ! あそこだよ!」


 シアンは裏山の方をジーッと眺めていくと、稜線を指さした。


「ん? 何も見えんが……」


「まぁ、吹っ飛ばすから見てて!」


 シアンはキッ! と稜線をにらみつけ、腕をそちらに伸ばすと「フンッ!」と、気合を込めた。


 突如手のひらの前に巨大な黄金の円が浮かび上がる。


 へっ!? はぁっ!?


 ユーキとハンクは驚いて目を丸くする。


「ハァーーッ!」


 シアンの掛け声とともに黄金の円の中に六芒星が描かれ、円周上にルーン文字が浮かび上がった。やがて、六芒星の中に不思議な幾何学模様が浮かび上がってクルクルッと回り始める。それは精巧な巨大魔法陣だった。


 刹那、魔法陣が激しい輝きを放つ。


「行っけー!!」


「ちょっと待ったー!!」


 シアンが何かを放とうとした瞬間、ユーキはシアンの腕にしがみついた。


 うわぁ!


 照準が外れた魔法陣から激しいエネルギーの奔流が吹っ飛んでいく。それは辺りを黄金色に埋め尽くしながら裏山の頂上に直撃し、大爆発を起こした。


 ズン!


 激しい閃光が天も地も埋め尽くし、大地震のように地面は揺れ、衝撃波が三人を襲った。


 うはぁ! ひぃぃ! きゃははは!


 ユーキが目を開けると山頂は吹き飛び、巨大なキノコ雲がゆったりと立ち上っていく。


「何すんの!? 外しちゃったじゃない!」


 シアンはプリプリしながらユーキをにらんだ。


「ゴ、ゴメンよ。ただ、せっかくならイノシシは料理に使いたいんだ。だから吹き飛ばされると困るなって……」


「りょ、料理……? そりゃ、そうだね……。ヨシ! イノシシ狩ってパーティーだ!」


 シアンは嬉しそうに青空にこぶしを突き上げた。


「じょ、嬢ちゃん、イノシシは危険じゃぞ? どんなに力を持ってても太ももに牙を刺されたら死んじゃうんじゃ!」


 ハンクは慌てて釘を刺す。先日もイノシシ退治に山に入った農家が、手負いのイノシシに突進されて命を落としたばかりだったのだ。


「だーいじょうぶ! 獲るのは僕じゃないから。くふふふ……」


 シアンは楽しそうに指先で青空に向かって円を描く。


 ヴゥン……。


 不思議な電子音が響き渡り、真っ青だった大空に真っ黒い雲がもこもこっと湧き上がっていく。


「な、なんじゃ……」「うわぁ……」


 二人はその不気味な暗雲に圧倒され後ずさる。次々と繰り出される、シアンの常識を超えた技に二人は息をのんだ。


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