3. マルゲリータ改

 オリーブオイルを入れたフライパンを火にかけて、温まったらニンニクのみじん切りを加える。


 ジュー……。


 はじける音ともに、部屋いっぱいにニンニクの香ばしい香りが広がる。


「おぉー……。ニンニクっていいよねぇ」


 シアンはその食欲をそそる香りに目をつぶり、首を揺らした。


「で、ここにトマトを加えて……潰して……いくのかな?」


 ユーキはノートをチラチラ見ながら木べらで手早く潰していく。


「おぉ、良い感じ!」


 シアンはニコニコしながら、鮮やかな赤が沸々と湧き上がっていくのを眺めていた。


 ユーキは小皿に少し掬って味を見る――――。


「うほぉ! こ、これがトマト……」


 思わず目を見張り、感嘆の声を上げた。


「トマトにはグルタミン酸が豊富に含まれているからね。熱するとグアニル酸も出てくるからメッチャ旨いよ!」


 シアンは嬉しそうに解説する。


「そ、そうなんだね……」


 ユーキは初めて聞くアミノ酸の名前に面食らったが、急いでノートにメモっていった。



        ◇



 ピザ生地に作ったばかりのピザソースを塗り、チーズとバジルの葉を乗せると、ユーキはピザ釜にそっと突っ込んだ。


「炉内温度は四百度、バッチリだね」


 シアンはピザ窯の中をのぞきこみ、嬉しそうに言った。


「チーズが溶けてきた……。あともう少し……。今だっ!」


 ピザの様子を真剣ににらんでいたユーキは、一気にピザを引き出した。


 チーズはぐつぐつと泡立ち、ふわぁとピザの焦げる香ばしい香りが広がっていく。


「キターーッ!!」


 シアンは小躍りである。


「はいはい、今切るからね……」


 ユーキはピザカッターを探して切ろうと思った時だった。


「あちちち! うひょーっ! うまーっ!」


 シアンはいつの間にか四つ切にしてすでにかぶりついていた。うっとりと恍惚とした表情を浮かべ、幸せそうに目を閉じて味わっている。


「もうっ、いつの間に……? ふぅ……、どれどれ……」


 ユーキも八切りにしたピザにかじりつく。


「……。んほぉ! な、なにこれ……。トマトの……酸味? が、チーズとマッチしてるよ! バジルの香りもいいアクセントになってる!」


「これが、ピザ・マルゲリータだよ? どう? 気に入った?」


「いやもう、最高! トマトって魔法の野菜だねっ! でも、そうなら……」


 そう言うとユーキはトマトの残りを細かく刻み、バラバラとピザの上に振りまいた。


「な、何するんだよぉ!」


 シアンはプリプリと怒る。


「いいから食べてみて!」


 ユーキは一切れをシアンに渡す。


「もう、こんなにしちゃ台無しだよ……」


 そう言いながらかぶりつくシアン。


「……。ん!?」


 目を見開き、全身からブワッと黄金の輝きを放った。


「んー! んーー!!」


 口いっぱいにほお張って何かを喚くシアン。


「あはは、やっぱり良かったでしょ? きっとフレッシュトマトが効くと思ったんだ」


 そんなシアンを温かい目で見つめるユーキ。


「どれどれ僕も……。……。おほぉ!」


 美味しさは人を幸せにする。二人は手が止まらずにあっという間にピザを食べきってしまった。


「いやぁ、これはいい物だねぇ……」


 シアンは幸せそうにハーブティをすする。


「うん! これ、うちの名物料理にしたいな。いいかな?」


 ユーキはシアンの顔をうかがう。


「いいけど、トマトを育てないとだよ?」


「あ、そうかぁ……」


「種はあげるからどこかで育てたら?」


 シアンはさらに残ったカリカリのチーズのかけらをつまみ上げ、ポリポリとかじる。


「あ、ありがとう……。そしたら【ハンクじいちゃん】のところに頼んでみるよ。近くで農家をやってるんだ」


「いいんじゃない? ただ、トマトは実以外は毒だから気を付けてね」


「へっ!? 毒草なの!?」


「トマチンという毒があるから、葉っぱとかヘタとか食べないようにねー」


「わ、分かった……」


 ユーキはキュッと口を結んで、心配そうにフライパンに残ったピザソースをじっと見つめた。

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