2. 星渡りのトマト

「その辺好きなとこ座ってて。今お茶入れるから」


 シアンを自分のお店に案内したユーキはそう言って奥へと引っ込んでいった。


「なんか小汚こぎたないところだなぁ……」


 シアンは古びて窓も什器もあちこちへたっている店内を見回しながら眉をひそめ、歯に着せぬ言葉を投げかける。


「いや、お恥ずかしいんだけど借金がかさんじゃって余裕が……無いんだよね……」


 ユーキは肩を落としながらお湯を沸かす。


「何に使ったの?」


 シアンはバスケットのクッキーをシャリシャリ食べながら頬杖を突き、聞いた。


「去年、魔物たちが襲ってきて……。この辺り一帯が全部やられたんだ……。それで店は滅茶苦茶、パパもママも死んじゃった……」


 ユーキは大きく息をつくとガックリとうなだれた。


「おーう、それは悪いこと聞いちゃったな。お茶まだー?」


 シアンは空気を読まずに図々しく催促した。


「はいはい……」


 ユーキはシアンのそのサバサバした態度に苦笑しながらも、少し救われた思いがして丁寧にお茶を入れた。


「お、悪いね! んーん……。ほう、これはなかなか……」


 シアンはさわやかな香りが立ち上るハーブティーに思わずうっとりと目を閉じた。


「さっき摘んだばかりのレモングラスとミントにシナモンなどのスパイスを入れたんだ」


 ユーキは幸せそうなシアンを見てほほ笑み、自分も一口すする。


「んー、ちょっとシナモンが多かったかな……?」


「いやいや、もっとガツンと効かせてもいいくらいだよ! クッキーに合わせるならシナモン多めの方がマリアージュが出るね」


 シアンはシャリシャリとクッキーを食べながらアドバイスする。


「な、なるほど。勉強になるなぁ……。そしたらピザ焼くから食べてみてよ」


 ユーキはノートにメモリながら立ち上がる。


「おーう、なんでもどんどん出して! お腹空いちゃってるんだよ」


 シアンは嬉しそうにバンバンとテーブルを叩いた。



     ◇



 ピザ釜に火を入れると、ユーキはピザ生地を指先で器用にクルクルと回し、延ばしていく。


「おぉ、上手い上手い!」


 シアンは上機嫌に手を打ち鳴らす。


「そしてここにソースをぬって……」


 ユーキはピザ生地に塗ろうと茶色いタレを取り出してくる。


「ちょっと待ったー!!」


 シアンが驚いて声をあげた。


 へ?


 キョトンとするユーキにシアンはプリプリしながら指摘する。


「ピザにはトマトソースでしょうが!!」


「ト、トマト……?」


「赤い野菜だよ! ……、あれ? もしかしてトマト……無いの?」


 シアンは食材の棚をぐるっと見回し、眉をひそめた。


「確かにパパのレシピノートには『トマト』ってあるんだけど、なぜか手に入らないんだよね……」


 ユーキは口をとがらせてうつむいた。


「マ、マジか……。仕方ないなぁ……」


 シアンは渋い顔をしながら指先を黄金色に輝かせると、空中をツーっと動かしていく。すると、空間に裂け目ができ、シアンはそこに腕を突っ込んだ。


 はぁっ!?


 その理外の技にユーキは固まった。


「はい、これ」


 シアンは大きなトマトを一つドンとテーブルの上に置いてニッコリと笑った。


「ちょ、ちょっと待って! こ、これがトマト……。今、どうやって出したの?」


 ユーキはずっしりとして熟れたトマトを手に取り、呆然としながらその初めてかぐ青臭いトマトの香りに首を傾げる。


「それは秘密。いいからこれでピザ作ってよ!」


「う、うん……分かった」


 ユーキは慌ててレシピノートを広げ、トマトの皮を湯むきし始める。


「そうそう、良い感じ……って。なんでトマトないのにレシピにトマトがあるの?」


「分かんない。パパは斬新なメニューで街で評判だったんだ。でも、このレシピがどこから来たのかは教えてくれないまま……」


「ふぅん……。【星渡り】……かもね」


 シアンはハーブティをすすった。


「星……渡り?」


「要は違う星から渡ってきた人ってことだよ。きっとトマトがある星から来たんだな」


「えっ!? パパは宇宙人だったの?」


「多分ね」


「となると……。シアンも……宇宙人?」


 ユーキは空から落ちてきたシアンもそうでないかと、恐る恐る聞いた。


「まぁ、宇宙から来たけど、あたしは人じゃないから……【宇宙天使】かな? くふふふ……」


「へっ!? 人じゃないの!?」


「そうよ! あたしは偉い偉ーーい、天上の存在なんだよ? エヘン!」


 シアンは腰に手をあて、鼻高々に威張った。


「なんで、堕ちてきたの?」


 ユーキはまっすぐな目で首をかしげる。


 グフッ!


 シアンは胸に手を当て、苦しそうにうなだれ、震えた。


「そ、それは……、聞かないで……」


「ゴ、ゴメンね……」


 ユーキは申し訳なさそうにシアンの背中をさする。


「あの、クソ馬鹿女神……絶ってぇ、許さねぇ……」


 シアンはボソッとつぶやくとギリッと奥歯を鳴らした。

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