美味なる料理で魔王退治!? キッチン発のハチャメチャ救国記

月城 友麻 (deep child)

1. 可愛い堕天使

「へっ!? な、何あれ……。大変だ!!」


 裏山にウサギを獲りに来ていた料理人の少年【ユーキ】は、空を見上げて青くなる。


 直視もできない程激しく輝く何かが大空を横切っていくのだ。やがてそれはさらに激しく輝きながら、ものすごい速度で山の向こうへと消えていく。


 天を割るかのような大爆発――――。


 激しい閃光は全てを飲み込む洪水のように天地を覆いつくす。激震に見舞われた森は、まるで世界の終わりのような恐怖に支配された。


 ひぃぃぃぃ!


 ユーキは必死に近くの木にしがみつく。鳥たちは一斉に飛び立ち、獣たちは慌てて逃げ惑う。


 星が落ちてきた。ユーキはいきなりの大事件に、頭の中がグルングルンとなって恐怖に震える。


 こんな時どうすんの? パパは何て言ってたっけ? ユーキは今は亡きパパの言葉を思い出そうとするが、とても思い出せなかった。


 しばらく震えていたユーキだったが、そっと目を開けば、こずえの向こうに巨大な灼熱のキノコ雲がゆったりと立ち上っていく。


 あわわわわ!


 その禍々しさにユーキは腰を抜かし、圧倒される。


 その時、パパが言ってたことを思いだした。


『落ちてきた星にはな【星の鉄】が含まれていて、それはとても高値で売れるんだぞ。見かけたら取りに行ってみろ。はっはっは』


 パパはそう言って笑っていたが……。


「と、取りに行く……? こんな大爆発の中を?」


 ユーキは泣きそうな顔でキノコ雲を眺める。


 だが、ユーキには金が必要だった。今、ユーキの食堂には巨額の借金があり、このままでは店を乗っ取られてしまうのだ。もし、星の鉄を手に入れられたらすべて解決するかもしれない。


 ユーキはそう思うとブラウンの瞳をキラリと輝かせ、ギュッとこぶしを握った。こんな裏山にいるのは自分だけだろう。であれば、今行けば手に入れられるはずだ。ユーキはもう一度キノコ雲を見上げ、恐怖を克服しようとパンと震える脚を叩いた。


「パパの店を守るんだ!」


 ユーキはそう叫ぶと星が落ちた方へと駆け出していった。


 地球とは別の星のこの王国では社会保障も未整備で、中世のような人の命の軽い世界である。両親を魔物の襲撃で亡くした十五歳のユーキは、生き残るためには何でもやるしかなかったのだった。



         ◇



 はぁはぁと荒い息をつきながら稜線までたどり着いたユーキ。


 焼け焦げてズタズタになった木々の向こうに巨大なクレーターが見える。煙が立ち上り、いまだに熱線が顔に熱い。


「あそこだ……」


 ユーキは慎重に折り重なる木々の間を抜け、そのクレーターにまでたどり着く。


「ヨシ! 一番乗りだ! 星の鉄はもらった!!」


 だが、クレーターの中を覗いてユーキは息をのむ。


 なんと、そこには少女が丸くなって横たわっていたのだ。


 はぁっ!?


 墜ちてきたのは星の鉄ではなく、女の子。その意味不明な事態にユーキは固まった。生身の人間が空から落ちてきて大爆発を起こす。そんな話は聞いたことがない。


 しばらくユーキはどうしたものかと、意味なく辺りを見回し、悩んだ。


 しかし、女の子をこんなところで転がしておくわけにもいかない。


 ふぅと大きく息をついたユーキはまだ熱いクレーターの中へと慎重に降りていった。


 少女は十三歳くらいだろうか、青いショートカットの少女は、軽やかな白のチュニックに、短く仕立てた青いデニムのオーバースカートをはいており、ほっそりとした足のラインを美しく演出していた。


「熱ちちち……。ねぇ、キミ……。大丈夫……?」


 ユーキは熱さに眉をひそめながら、恐る恐る声をかけてみるが反応はない。もしかして死んでしまっているのかもしれない。


「ねぇってばぁ!」


 ユーキは青くなってゆさゆさと肩を揺らしてみる。


 うーん……。


 少女は目鼻立ちの整った美しい顔を歪めながらうめき声をあげた。


「どこかケガしてない?」


 生きていることにホッとしたユーキは、顔をのぞきこむ。


 少女はゆっくりとまぶたを開ける。それは美しく輝く澄み通る碧眼だった。


「んー? あんた誰?」


 目をこすりながら、開口一番、少女はぶっきらぼうにユーキをにらんだ。


「ぼ、僕はユーキ。君が空から落ちてきたんで、ビックリしてやってきたんだよ」


「ちっ! 現地人か……。こんなことしてる場合じゃない。今すぐ……。あれ?」


 少女はポケットから何かを出そうとして、無いことに気がつき慌てて跳び起きた。


「な、無い! う、噓でしょ!? いやぁぁぁぁ!」


 少女は服をあちこち探し、辺りを見回し、どこにも無いことを理解すると頭を抱えた。


「信じ……らんない……。くぅぅぅ……」


「な、何をなくしたの? 探そうか?」


 ユーキは可哀想になって声をかける。


「スマホよ……」


 少女はうつろな目でぶっきらぼうにそう言った。


「スマホ……? どんなものなの?」


 ユーキは初めて聞く言葉に首をかしげた。それもそのはず、この世界は剣と魔法の世界。IT機器など一つもなかったのだ。


「いいの……。途中で落としちゃったならもう、蒸発しちゃってる……」


 少女はガックリしながら首を振った。


「そ、そうなんだ……。それにしても……、身体は大丈夫……なの?」


「大丈夫な訳ないじゃない! 毛先がチリチリになっちゃったんだから!」


 少女は毛先をつまんで見てべそをかく。


「毛先……? そう、大変だったね……」


 ユーキは苦笑する。あれだけの大爆発を起こしておいて、毛先しかダメージがないとは一体どうなっているのだろうか? 今も自分は立っているだけで暑いのに涼しい顔をしている。


「くっそぉ! あのクソ女神め!!」


 少女は地団太を踏む。どうやら女神にやられて落とされてきたということらしいが、ユーキはその神話級の話について行けず首をかしげた。


「何のんきにしてんのよ! あなたも無関係じゃないわよ? この星、無くなっちゃうんだから!」


 少女はビシッとユーキを指さして叫ぶ。


「はぁっ!? 無くなっちゃう!?」


「そうよ、神殿は人手不足でこの星のサポートレベルを下げることにしたんだよね。そうするとヤバい奴が跳梁跋扈ちょうりょうばっこして早晩お取り潰し……ふぅぅぅ……」


 少女はブルっと身体を震わせた。


「な、何とかならないの?」


「んー、何ともねぇ……。君たち現地人が頑張るしかないかなぁ?」


 他人事のように肩をすくめて首を振る少女。


「そんなぁ……」


 死刑宣告に等しい言葉にユーキは泣きべそをかいた。


 その時だった。


 ぐぅぅぅ、ぎゅるぎゅるぎゅ――――。


 少女のお腹が盛大に鳴った。


「くっ、こんな時でもお腹は空くのね……」


 疲れ切った少女は、力なくペタリと座り込んでしまう。


「こ、これ……、良かったら……」


 ユーキはバッグからおやつのクッキーを取り出し、少女に差し出した。


「何? これ……」


 隅っこの方が焦げた不格好なクッキーを、少女はいぶかしげに見つめる。


「お店で出せない物をおやつに持ち歩いているんだ。見た目はいまいちだけど、味には自信があるんだ……」


 ユーキは恥ずかしそうに言った。


「ふぅん……」


 空腹にはかえられない少女は、渋い顔で一口かじった。


 サクッ……。


 クッキーとは思えない軽やかな音を立てて、口の中でほどけていく。


「ん……? ……。んんっ!?」


 少女は碧い目を見張ると、シャリシャリと勇ましくクッキーにかぶりつく。一口ごとに、バターの濃厚さ、ミルクのまろやかさ、小麦粉のほのかな甘みが奏でるハーモニーが広がり、少女は今までに体験したことのない、脳髄に突き刺さる鮮烈な美味さのとりことなった。


 ほわぁ……。


 あっという間に食べきった少女は、ほのかに黄金色の輝きを纏い、恍惚として言葉を失う――――。


 しばらく夢心地を漂った少女はガバっと立ち上がり、キラキラと光る碧眼を真ん丸に見開いてユーキの顔をのぞきこむ。


「ねえっ! これ何なの? こんなクッキー初めてだわ!!」


「ミ、ミルフィーユ状に層を重ねて、間にホイップしたシナモンアップルバターをはさんであるんだ。パイクッキーだね」


 ユーキは少女に圧倒されながらも、嬉しそうに説明する。


「シナモンにアップル……なるほど、手が込んでるわねぇ……。でも、それだけじゃ……ないわね……」


 少女はユーキのブラウンの瞳の奥をのぞきこむ。


「え……? ち、近いよ……」


 少女の気迫に焦ったユーキは後ずさった。


「あなた、【料理】のスキル持ちね。なるほど、バフ効果付きだわ」


 少女はニヤリと笑う。


「バ、バフ効果……?」


「要は食べた人は強く元気になるってことよ。それでこんなに美味しく気持ちいいのね……すごい! もっと無いの!?」


「ごめん、手持ちはそれしかなくて……。お店にはまだあるんだけど……」


 ユーキが申し訳なさそうに言うと、少女はユーキの手をギュッと握った。


「ユーキ……だったっけ? あなた凄いね。【料理】のスキル持ちなんて初めて見たわ! 私はシアン。あなたの料理もっと食べさせて!」


「あ、ありがとう……。でも、この星、無くなっちゃうんでしょ?」


「そうならないように美味しいもの食べて、一緒に考えましょ? 美味しい物っていうのは魔法だわ。元気に、幸せにしてくれるから解決方法も思いつくの!」


 シアンはポンポンとユーキの肩を叩いた。


「あ、ありがとう……。美味しいものって心に響くから毎日試行錯誤してたんだけど、本当に魔法だったんだね」


 シアンの盛り上がりに圧倒されながらも、ユーキは嬉しそうに返した。料理人にとって喜んでくれることが一番幸せなのだ。バフ付きなら元気にもできる。それはまるで夢のような話だった。


「君の料理の腕は最高だよ! 応援しちゃうぞ! ふふっ」


 シアンは嬉しそうにユーキの顔をのぞきこみ、ユーキは少し照れながらニッコリと笑った。

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