第26話 俺にしておけ(2回目)

 ――前回までのあらすじ。

 乙女ゲーの真の主人公、魅音みおんの登場により、動揺する鈴華。

 胸の痛みをこらえて、彼女は推しの最百華と魅音を恋愛関係に発展させ、自分は早く元の世界に帰りたいと願う。

 しかし、百華は魅音に思いの外、興味がない様子。

「陛下は私と魅音が付き合えば喜ぶのですか?」という疑問に、彼女は「そうなったら嬉しい」と嘘をつき、彼の視線に耐えきれず逃げ出してしまう。

「お待ち下さい、陛下!」という彼の声さえ聞こえないまま……。


「――ハァ、ハァ、ハァ……」


 鈴華はあえぐように大きく肩を上下させ、酸素を求めた。

 百華は追ってきているだろうか? きっと女帝を心配するに違いない。

 ――優しい人だもの、あの人は。


「……っ、くっ……」


 鼻の奥にツンとするものを感じて、鈴華はその場にしゃがみ込んでしまった。

 せめて、嫌ってくれたら、どんなに楽だったか。


(でも、そういうことをしない優しい人だから、私は百華を好きになったんだ……)


 地面にポタ、ポタと水滴が落ちる。まるで雨が降り出したかのように、涙が止まらない。

 ぐすっ、ぐすっと鼻をすすっていると、「おい、大丈夫か? どうした?」と男の声。

 涙も拭わず見上げると、最心用がぽかんとした顔で立っていた。


「お前、泣いてんのか?」


 心配そうに覗き込む彼から顔を背けるが、肩を掴まれ、ぐいっと彼の方を向かされる。


「誰にやられた? 俺が仕返ししてやるから、お前を泣かせたやつを言え」


「あなたには仕返しなんて出来ないよ」


「この最心用サマに出来ないことなんかねえ。どんな相手だろうがぶん殴ってやる」


 心用の、彼なりの心遣いは嬉しいのだが。


「あなた、百華をぶっ飛ばせるの?」


「…………」


 心用は呆けたように口をあんぐり開けていた。


「……なるほど、百華兄ィはさすがに殴れねえわ。しかし、百華兄ィに泣かされるとか、何したんだよ、お前」


 別に百華に泣かされたわけではないのだが、鈴華は彼にかいつまんで事情を話す。


「ふーん、魅音ってやつが、百華兄ィの運命の相手なのか」


「もともと女帝――経朱や、私の出る幕は最初からないってわけ」


 そもそも私はこの世界ではイレギュラーな存在だしね、と鈴華は自嘲する。


「じゃあ、スズカは百華兄ィを諦めるのか?」


「そのつもり。私は元の世界に帰れればそれでいいよ」


「俺はお前に帰ってほしくない」


「え?」


 鈴華が疑問を呈したときには、既に心用に抱きすくめられていた。

 驚いて呆然とする彼女に、心用は鈴華の唇を親指でなぞる。


「百華兄ィを諦めるなら、もういいだろ。俺にしておけ。俺で我慢しとけ……」


「ま、待って心用、」


 以前にも心用が「俺にしておけ」と言ってきたことはある。

 しかし、アレは百華を盗られたくなかった彼の虚言。

 だが、今回は彼の本気が、その真剣な表情と口調から読み取れた。

 心用の顔が近づき、唇が触れそうになるのを、必死に手で押し返す。


「なんでだよ。諦めるんだろ? もういいじゃねえか、報われない恋なんてお前はしなくていい」


「それは……そうだけど……だからって心用が犠牲になることないでしょ」


「犠牲なんかじゃねえ。俺は本当にお前のことが――」


 心用が言いかけて言葉を切る。

 ――心用と鈴華の間に、剣が差し込まれたためである。


「心用、女性が嫌がることはやめろ」


 百華が鈴華に追いついたのだ。


「今更なんだよ、百華兄ィ。スズカを泣かせたアンタが、どうこう口出しするんじゃねえ!」


 それは心用が初めて兄に逆らった瞬間であった。

 百華は目をパチクリさせている。


「私が……スズカを泣かせた……?」


「ああ、そうさ! アンタは魅音と結ばれるんだろ!? だったらスズカは俺に譲ってくれてもいいじゃねえか! なのに……スズカの心はずっとアンタに縛られたままだ!」


 心用が思いの丈をぶちまけると、それに呼応するように、黒龍が顕現する。

 黒龍は心用の心を代弁するかのように、周辺を凍りつかせ、暴れ回った。


「いっぺん、喧嘩しようぜ、百華兄ィ! 今のアンタで俺に勝てるかは分からねえけどな!」


 百華は、静かに白龍を喚び出し、兄弟喧嘩に応じることにしたようだ。

 白と黒の龍が、激しくぶつかり合う。

 その喧嘩は、一時間にわたって続いた。


「――あ~、暴れた暴れた!」


 もう龍の顕現を保てないほど全力を出し切った心用が草原に寝転ぶ。

 その隣には、同じく龍が去った百華。


「引き分け、といったところか」


「ハァ~? 俺の黒龍のほうが最後まで残っただろ!?」


「わずかに私の白龍のほうが長く残っていた」


 今度は口喧嘩を始める二人。

 鈴華は呆然と二人の龍バトルを眺めていたのみだが、思わず笑ってしまった。


「――あはは! ふたりとも、本当に仲がいいよね」


「おっ、やっと笑ってくれたな、スズカ!」


 心用がニッと笑う。


「お前も言いたいことがあるなら、きちんと全部ぶちまけたほうがいいぜ。百華兄ィと、あの魅音とかいう女も交えてな。ちっと修羅場になるかもしれないぜ、兄貴?」


「心用、お前面白がっているだろう」


 百華は呆れたようなジト目をしたあと、フッと笑った。


「……そうだな。スズカ、少し話し合いをしましょう。わたくしもまだわかっていないことが多いのです」


「うん。さっきは逃げちゃってごめん。心配かけちゃったね」


 こうして鈴華、百華、魅音による、話し合いの場が設けられることになったのである。


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