第20話 ぜってぇ退屈しねえから

「スズカ! 都の様子を見に行かねえか?」


「心用、女性の部屋にズカズカ入り込むの、やめてくれない?」


 女帝の私室にノックもなしにいきなりやってきた最心用に、女帝――の中の人、鈴華は苦情を申し立てた。そんなことを聞き入れる男でもないのだが、文句を言うに越したことはない。


 心用は鈴華を敵視し、威嚇するなどの行動を繰り返していたが、彼女の方から話しかける回数を増やしていくうちに態度が軟化していった。

 やがて彼は女帝を「スズカ」と呼び、気さくで親しげになっていったのである。


「なに、また都で遊び歩いてるの?」


「お前、俺をなんだと思ってんだよ。これでも四皇子の最心用サマだぜ?」


 心用は胸を張って、不遜な態度を崩すことはない。

 女帝を毛嫌いしていたときも不敬罪に当たるのではないかとヒヤヒヤするほどの傍若無人ぶりであったが、仲良くなったらなったで結局傲慢な態度は変わらないのである。


「で? 最心用殿下は都で遊ぶ以外に何してるわけ?」


「それは来てからのヒミツな。いいから来いよ、ぜってぇ退屈しねえから!」


「待って待って、まずは着替えさせて!」


 鈴華の手首を掴んで勢いよく部屋から飛び出そうとする心用を抑えるのに苦労する。

 まるで散歩をねだる犬のようだ。

 女帝は慌てて女官を呼んで、町人スタイルに着替えるのであった。


 そうして、心用に誘われて街に繰り出した鈴華であったが……。


「あの……この顔の怖いお兄さんたちはいったい……?」


「俺の友達。こう見えていい奴らだからお前には手を出さないし安心していいぜ!」


 そういえば彼には女帝と同じく取り巻きがいたのだ。どう見ても不良集団だが、リーダーの心用が既にヤンキーのような見た目なので推して知るべし、といったところか。

 というか「お前には」ということは他の人には手を出すのだろうか……。


「お前を連れていきたいところがあるんだよ」


 心用がニッと白い歯を見せながら、鈴華の手を引く。

 今まで敵対心をむき出しにしていた男の人懐っこい一面を見て、少しだけドキドキした。


 彼が連れてきたのは、屋台が立ち並ぶ食べ歩き横丁だった。


「好きなもん頼みな。俺が買ってやるから」


 じゅうじゅうと肉や魚の焼ける音。香辛料やタレの香り。それだけで口の中に唾液があふれ、きゅうとお腹が空いてくる。

 心用のお言葉に甘えて、肉団子のタレ焼きのようなものを買ってもらい、長椅子で食べる。

 一口噛むと、じゅわっと肉汁とタレの味が口の中に広がっていき、多幸感がある。


「美味しい……」


 つぶやくと、心用は「だろ?」とニカッと笑った。

 なんだろうこれ……高校生カップルのお祭りデートって感じがする。取り巻きの怖いお兄さんたちさえいなければ。

 屋台をいくつか回ってお腹いっぱいになったところで、「そろそろ行くか」と立ち上がった。

 

「今度はどこへ連れて行ってくれるの?」


「なぁに、兄貴達のためにひと仕事しようと思ってな」


 心用がニヤリと笑いながら腕まくりをすると、なんだか嫌な予感しかしない。

 もちろん、この男とのお出かけが、ただのデートで終わるはずがなかったのだ。


「ゆ……許してください……」


「ああ? よく聞こえねえなあ」


 顔をデコボコにされた男と、その襟首を掴んで殴り続ける心用。

 他の取り巻きも、裏道に潜んでいる悪人たちをボコボコにのしていた。

 鈴華はというと、心用の取り巻きに守られながら恐怖でぷるぷると震えることしか出来ない。

 彼の「都へのお出かけ」の真の目的がこれだった。百華から「鈴華が暴漢に襲われていたのを助けた」と聞いた彼は、彼女を囮にすることで裏道の悪人たちを一掃しようと企んだのである。


「心用! 私をだましたわね!?」


「あ? だました覚えはねえよ。『ぜってぇ退屈しねえ』って言ったろ?」


 たしかに最初から最後まで、彼は嘘をひとつもついてはいない。鈴華はぐぬぬと唇を噛みしめる。


「ほら、どんどん裏道の奥へ行くぞ。報酬として食い物も前払いしたんだから、兄貴達のために囮として働いてもらうぜ」


「うわーん! 人でなしー!」


 鈴華は悲鳴を上げながら心用に連れられて裏道を奥へ奥へと進んでいくのであった……。

 その後、彼が他の兄たちにこってりと叱られたのは言うまでもない。


〈続く〉

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