第19話 鳳凰の絵

 その日、女帝――の中の人、鈴華は丁狭府を訪れていた。


「丁狭、来週の麻婆国まーぼーこくとの会談で確認したいことがあるんだけど――」


 丁狭のいる執務室に入った彼女は言葉を切った。

 ちなみに麻婆国は宝菜国に友好的な国である。


「ああ、スズカ。散らかっていて申し訳ありません」


 彼は紙に絵を描いていた。大きな机の周りに絵の具や筆などの道具が所狭しと並べられており、足の踏み場もないというほどではないのだが、丁狭に近づくのに苦労した。

 彼が描いているのは鳳凰のようだった。


「綺麗な絵……そっか、丁狭って絵がうまいんだっけ」


「おや、僕はそんな話を貴女にした覚えがないのですが」


「ああ、えっと、人から聞いたんだよ。誰だったか忘れたけど」


 最丁狭が絵の達人というのは乙女ゲーのオフィシャルファンブックに掲載されたキャラ設定に書いてあったことだが、鈴華はひとまず伏せておくことにした。


「でも、なんで鳳凰の絵を描いてるの? 誰かに頼まれたとか?」


「麻婆国の皇族が使役する神獣は鳳凰なのですよ」


「そうなんだ?」


 そういえばこの乙女ゲーの世界の設定は、皇族が神獣を使役できるというものであった。

 その法則は女帝がいる宝菜国に限定された話ではなく、皇帝が支配している全ての国に適用される。

 宝菜国だけが神獣を扱えたら、今頃はもっと楽に周りの国を攻略して、とっくにこの世界を統一することが出来ただろう……というもしも話は置いておこう。


「実は麻婆国の皇帝へのお土産に、この鳳凰の絵を贈って喜ばれたら嬉しいなと思って、僕の独断で勝手に描いていました」


 つまりはサプライズプレゼント、ということなのだろう。鈴華は部屋にやってきたタイミングが悪かったと言うべきなのか、丁狭の絵を見ることが出来て幸運だと思うべきなのか。


「うん、いいんじゃない? 麻婆国の人達も、こんな綺麗な絵をもらったら喜ぶと思う」


「まことですか? そう仰っていただけると励みになります」


 彼は心底嬉しそうに笑っていた。


「あとは絵の具を乾かすだけですので、道具を片付けたら少し話をしましょうか」


 丁狭は画材を片付けてスペースを開けると、鈴華を椅子に座らせた。

 そして、絵が乾くまでの間、経朱について少しだけ教えてくれたのだ。


「僕は珊瑚宮、四皇子の長男であるがゆえに、経朱とは一番長い付き合いです。いわば幼馴染と言ったところでしょうか。本人が聞いたら不敬に思うかもしれませんが」


 鈴華の中の経朱は何も答えなかった。


「だからこそ、ずっと罪悪感を抱いて生きてきたのです。経朱の取り巻きの側近たちも、彼らの『教育』によって歪んでいく経朱も、僕には止めることが出来ませんでした」


 丁狭の顔を見上げると、彼はとても苦しそうな顔をしている。


「何度か、経朱本人に警告を発したこともあるんです。でも、彼女は聞き入れてくれなくて」


 それどころか、逆にそれを聞きつけた側近に殺されかけた――暗殺計画を企てられたこともあったという。

 おそらく、丁狭に龍を使役する力がなければ、今頃はとっくに桃燕に殴り殺されていただろう。


「だから――スズカ、貴女が来てくれて本当に良かった。貴女がこの世界に来たのにはきっと何か理由があるはずだ。どうか、このまま我が国を救ってほしいのです」


「私にこの世界を救う力があるかどうかは自分にもわからないよ。多分、戦争とかになれば四皇子の力が必要になると思う。でも、最善は尽くすよ」


「ええ、もちろんです。我ら四皇子、貴女のために死力を尽くしましょう」


「そのためにまずは――」


「友好国との関係を強化、ですね。そろそろ絵が乾いてきた頃合いでしょうか」


 こうして後日、麻婆国に鳳凰の絵を贈ったところ、とても喜んだ皇帝は宝菜国に一層の援助を約束してくれたのであった。


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