第18話 訓練試合

 女帝――の中の人、鈴華が自分の部屋で暇を持て余していたときのこと。


「陛下、最丁狭殿下と最百華殿下が試合をするそうです。ご覧になりませんか?」


 女官のひとりが鈴華を誘った。

 この女官は鈴華がこの世界に来たとき、女帝の服を着替えさせた者のひとりで、本来の女帝――経朱も心を許している稀有な人物らしい。

 経朱と鈴華が同じ体の中に同居しているのも既に知っており、それでも鈴華を「陛下」として扱ってくれる、頼りになる部下である。


「試合?」


「途中までは丁狭殿下が槍、百華殿下が剣の鍛錬をそれぞれしていらっしゃったのですが、どうせならふたりで訓練試合をしてみようということになったそうですよ」


 最丁狭は槍の名手、最百華は剣の使い手である。余談であるが最心用は弓矢の扱いが得意で、戦闘が不得手な最猟陰は龍を使役する以外、武器を扱うことはない。

 それにしてもなんだか面白そうだったので、鈴華は試合の見物をすることにした。

 女官と一緒に、試合の会場まで足を運ぶ。会場は普段は鍛錬場として使われている場所で、竹林に囲まれた砂地の広場だ。いつもなら丁狭や百華にしごかれて鍛えられている兵士たちが、その日はギャラリーとして上官のふたりを見つめている。

 その観客たちを押しのけて――というか、女帝が来た途端に海が割れるように兵士たちがスペースを開けてくれたのだが――鈴華と女官が最前列に陣取った。


 広場の真ん中で、丁狭と百華が向かい合って立っている。

 丁狭は長い槍を、百華は片手剣を構えていた。どちらの武器も木製の訓練用だったが、両者とも目が真剣で、見ているこちらも思わず固唾をのんでしまう。


「証人として、両軍の兵士長が審判を務めさせていただきます」


 ふたりの見知らぬ男が相撲の行司のように丁狭と百華の間に立っている。鎧を着ているところを見るに、彼らが兵士長なのだろう。


「――試合、開始!」


 審判の声と同時に、ふたりの足が地を蹴った。

 丁狭の手に持った長槍が百華を薙ぎ払うかのように振り回される。

 百華は剣で槍の先端を弾き、自らの顔に向かって放たれた槍の薙ぎを間一髪で躱した。

 すると、丁狭は薙いだ槍を瞬時に引っ込め、今度は百華の胴体めがけて突きを繰り出す。

 百華はなんとか体をひねったが、槍の一突きは胴体に巻かれた鎧に命中した。


「これが訓練でなければ致命傷だったぞ、百華」


「兄上、鎧に槍がかすっただけではまだ死ねませぬ」


 丁狭も百華も、実に楽しそうに戦っているのが、こちらにも伝わってくる。

 観戦していた兵士たちも、最初は手に汗握って黙って見つめていたはずが、次第に熱狂して声援を送ったり、即興で作った応援歌を歌うなどしていた。どちらの軍の兵士も関係なく、肩を組んで拳を振り回している。

 鈴華も、手がじっとりと汗ばみ、顔が紅潮しているのを感じていた。まるでスポーツの試合でも見ているみたいだ。

 木製の槍と剣はカンカンと乾いた音を立ててぶつかり合っている。

 リーチの長さから、槍を持った丁狭のほうが有利かと思われたが――。


 丁狭は、鎧に槍が当たっただけでは負けを認めない弟に、今度こそ正真正銘の勝利を得ようと額を狙って槍で突く。

 百華はそれを狙っていたと言わんばかりに首をひねって突きを躱し、槍の柄に沿うように剣を滑らせた。

 丁狭が「しまった」と思った頃にはもう手遅れ。百華は槍の柄を手で掴んで引っ込められないようにした上で、兄の首元に木剣を当てていた。


「これが訓練でなければ、首が飛んでおりましたよ、兄上」


「……ああ、僕の完敗だ」


 丁狭はお手上げの状態で、木製の槍がカラン、と音を立てて地面に落ちた。

 観客の兵士たちは「ウオオオオオオ!」と歓声を上げて、惜しみない拍手でふたりを賛美する。

 兵士たちの熱狂が落ち着いたあと、鈴華は「ふたりとも、お疲れ様」と声をかけた。


「陛下……!?」


「なんだ、これいつの間に御前試合になってたんだい?」


 驚いた様子の百華と丁狭が慌てて鈴華に一礼する。

 女帝は女官に用意させた冷たい果実水をふたりに渡した。


「ふう、生き返るね」


「体の髄まで染み渡るようです。お心遣い感謝いたします、陛下」


 先程まで戦い合っていた兄弟が、ぐいっと水を飲み干し、笑い合う。

 ふたりを見た鈴華は、こんな日常が永遠に続けばいいとすら願ってしまった。


〈続く〉

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