第17話 俺にしておけ

 さて、女帝の中の人――鈴華が他の兄弟たちと親交を深めている中、面白くないのは末っ子の心用であった。

 特に、彼女が厩舎で馬と触れ合い、百華と仲睦まじく――有り体に言ってしまえばイチャイチャしている様子を偶然目撃してしまい、彼はここ数日不機嫌だったのである。


 決して、敬愛する兄である百華を四六時中監視しているわけではないことを彼の名誉にかけてここに記しておこう。


 何にせよ、心用は女帝・経朱も、その中にいる別の魂・鈴華も気に入らなかった。

 彼女たちの百華を見る目は恋する女のそれだと彼はその観察眼で見抜いていたのである。

 経朱はもちろん百華を夜伽に呼んでいたという時点で許しがたい存在であり、鈴華も特に罪となるものはないが――いや、百華を狙っている時点で心用の敵と認識されていた。


 そもそも何より気に食わないのは、鈴華が自分を避けていることである。

 他の兄弟にはちょっかいを出しておいて、自分だけけ者にされているのは、甘やかされがちな末っ子として面白い気分ではないのだ。

 彼は自分自身が敵意を向けているせいで、彼女に避けられているなどとは毛頭、考えもしていないのである。


 そこで、心用は自ら女帝に声をかけてやることにした。


「おい、スズカ。話がある」


「な、なに急に……?」


 思わず身構える鈴華に、彼は思わず顔をしかめた。


「なんでそんなに怯えてるんだよ。まだ何もしてねえだろうが」


「まだってことは、これからなにかするの……?」


「いや、そういう意味じゃなくて……チッ、やりづれえな……」


 心用の舌打ちに、さらに身を固くする彼女を見ていると、彼はなんだか寂しい気持ちになる。

 明らかに他の兄弟とは違う反応を返されると、畏怖されているとはいえ、どうにも嫌な気分だった。


「……別にお前をどうこうしようってわけじゃねえから、警戒を解け」


「話の内容によるかな……」


「……悪かったよ。その……夜伽事件のとき、黒龍でお前を殺そうとしたのは、やり過ぎだった」


 心用が頭を下げると、鈴華はあっけにとられたように驚いて彼を見つめていた。


「心用って、自分で悪いと思ったら謝れるんだね」


「お前、俺を何だと思ってんだ?」


「お兄ちゃんに甘えたがりのワガママ末っ子」


「そりゃ言いすぎだろ!?」


 彼が苦虫を噛み潰したような顔で睨むと、鈴華はケラケラ笑っていた。

 これで警戒心は解けたと見ていいのだろうか、と心用は密かに安堵する。

 ――なぜ自分が安堵したのか、おそらく彼には理解できないだろうが。


「それで、話があるんだけど」


「え? 今のが話の本題じゃないの?」


 キョトンとする鈴華に、心用が歩み寄り、あとずさりした鈴華をどんどん壁際に追いやっていく。

 鈴華の背中が壁に当たると、その顔の真横に手を置き、置いた手とは逆側の耳に口を寄せる。


「百華兄ィじゃなくて、俺にしておけ」


 ――壁ドンの上に、耳元で囁く。

 心用は壁ドンという概念すら知らないので偶然の産物だが、そこいらの女ならその美貌と美声で一瞬のうちに虜になるだろう。

 ただ、残念ながら鈴華は「そこいらの女」ではないのである。


「一瞬ドキッとするセリフだけど、それ百華を盗られたくないだけだよね?」


「当たり前だろ。百華兄ィはお前にふさわしくねえ。それくらいなら俺がお前を奪ったほうが遥かにマシだ」


「ホンット可愛くないなあ、コイツぅ!」


 気づくと、ふたりとも腹を抱えて笑っていた。腹を割って話し合うことで、お互い見えてくるものもあろう。

 それ以来、心用は態度を軟化させ、女帝を「スズカ」と呼んで親しむようになったのである。


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