第16話 本の虫

 鈴華は女帝の中の人として、女帝になりすまし(とはいえ、一部の人間は既に知っている事実なのだが)、善政を敷くために様々な政策を推し進めてきた。

 その陰の貢献者が最猟陰であることは読者の皆様も既に御存知の通り。

 鈴華はたびたび、猟陰の役所である猟陰府に通い詰めては新たな政策について意見を交わしてきた。


「猟陰はおるかの?」


「おそらく執務室にいるかと存じます。そのままお向かいくださいませ」


 女帝があまりにも足繁く通うものだから、最初はプレッシャーを感じていた猟陰府の役人たちも慣れてしまっていた。鈴華もすっかり執務室の場所を覚えている。

 しかし、おかしなことに、執務室の中にも彼の姿はなかったのである。


「あれ? どこにいるんだろう……」


 猟陰府の役人に聞いてみようかと思ったが、誰も彼も忙しそうに立ち働いていて、声をかけるのがためらわれた。

あとで怒られるのを覚悟の上で、鈴華は猟陰を探すために役所の中を探検することにしたのである。


 猟陰府の仕事は主に政策や国民の生活に関わることを担当しているらしい。

 かつて女帝の取り巻きである側近たちに取り上げられた税金関係の仕事も猟陰府に戻ってきたらしく、算盤をパチパチと弾く音が響いている。側近たちは国民から税を搾るだけ搾り取り、一部を自分たちの懐に入れるという悪政を行っていたため、国民は重税にあえいでいたそうだ。鈴華が女帝の体に入るのがもう少し遅かったら、国民の暴動が発生する直前だったかもしれないと思うとゾッとしない話だ。乙女ゲーでも国民がクーデターを起こし、女帝もろとも四皇子が巻き添えで処刑されるというバッドエンドも存在するのである。

 しかし、ここにも猟陰の姿はない。


(猟陰が行きそうなところというと……やっぱり書物関係かな)


 廊下をフラフラとさまよいながら、鈴華はやっと『資料室』と書かれた部屋を見つけた。

 そこには兵法書や政策に関する書物が収められているらしく、扉を開けると埃とカビと古い紙の匂いが立ち込めている。書物を保存するためか、部屋の中は日が差さず薄暗い。


「猟陰? いる?」


 鈴華が部屋の中を進んでいくと、本が積まれた一角があった。

 まだ整理されていない本かと思ったが、どうやら誰かが本棚から引っ張り出してそのまま床に置いているらしい。

 なぜそう思ったかと言うと、積まれた本に囲まれるようにして、猟陰が座ったまま寝ていたからである。本を読んでいる途中だったのか、本を開いたまましっかり手に握りしめた状態で寝ていて、思わず笑みがこぼれてしまう。

 鈴華は静かに猟陰の隣に座って、起きるのを待つことにした。

 毛布の一枚でも持ってくるべきか迷ったが、彼のことだから毛布をかけた瞬間に飛び起きるだろう。


 コクリコクリと船を漕ぐように首を揺らしていた猟陰は、やがて手に持った書物に顔をぶつけて「んん……」としょぼしょぼ目を覚ました。

 そして、すぐに隣で自分を眺めていた女帝に気づく。


「やあ、起こしてくれたら良かったのに」


「ふふ、珍しいものを見たなと思って」


 恥ずかしそうに笑いかける彼に、鈴華は微笑みを返した。


「大丈夫? もしかして私が連日訪ねてくるものだから疲れてるんじゃない?」


「いいや、そんなことはないよ。本を読みすぎてうたた寝することはよくあるし……君が猟陰府を訪ねてくれるのは拙も嬉しいしね」


 猟陰は立ち上がって服についた埃をパタパタと叩き、女帝に手を貸して立ち上がらせる。

 そして、床に積んだ本の中から数冊抜き出して小脇に抱えた。


「部屋を漁っていたら、経朱の父君の政策の資料を見つけたんだ。今後の政治運営の役に立てばいいのだけど」


 それから猟陰と鈴華は、いつものようにお茶を飲みながら、これからの政治について話し合うのである。


〈続く〉

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