第14話 丁狭と乗馬の練習

 宝菜国の女帝・宝玉宮経朱帝――の中の人・桜木鈴華は、後宮の行事である狩りを復活させるために、乗馬の特訓をすることになった。

 丁狭に特訓の相手を依頼したところ、快諾してもらったが果たしてどうなるのだろうか……?


「う、馬って乗ると結構高いな……」


 鈴華はおっかなびっくり馬の背に乗っているが、高所恐怖症でなくても馬の上から見下ろす地面はかなり離れて見える。

 しかも自転車のように地に足をつけられるような高さではないので心もとない。


「もう少し小さな馬で練習しましょうか」


 丁狭も馬が動くたびに落ちないかとビクビクしている鈴華に苦笑いである。

 彼の補助を受けながら一度乗った馬からなんとか降りようとするが、下の遠く離れた地面を見てしまった鈴華は体がこわばってなかなか降りられなくなってしまった。


「一度飛び降りるようにしてください、僕が必ず受け止めますから」


 丁狭に言われて、ズリズリと体をずらし、なんとか馬から落ちる。

 鈴華の体は丁狭の胸にぽすんと収まった。


「お怪我はありませんか?」


「大丈夫……です」


 丁狭はすぐに鈴華を解放し、丁寧に衣服を整えてくれる。

 彼は他のもっと小さな馬を用意するように従者に命令してから、鈴華を休ませようと近くの竹で作られた長椅子に座らせた。


「それにしても、これは純粋な疑問なのですが」


 鈴華の隣に腰掛けた丁狭は微笑みを絶やさない。

 それは彼女を安心させようとする彼の優しさなのが、鈴華にはよく伝わってきた。


「そもそも陛下……いえ、スズカはなぜ、わざわざ狩りの行事を復活させようと思ったのですか?」


 その疑問はもっともなものであろう。

 ロクに乗馬もできない鈴華が女帝として皇族の行事を執り行う必要はない。

 丁狭にとっては不可解に違いなかった。


「そうですね……これは私が出しゃばっていい問題なのか分かりませんけど……」


 鈴華はどう説明したものか、考えをまとめるために空中に視線をさまよわせる。


「私は、今回の狩りに限らず、後宮の行事をなるべく復活させたいなと思っていて。経朱は側近たちのせいで今までいろんな行事を経験できなかったと思うんです。取り巻きと一緒にやってたのは舟遊びくらいでしょう?」


「そうですね、桃燕をはじめ、あの側近たちはほとんど自分たちが危ない目や面倒な目にあうことはやりたがりませんでしたから」


「皇族の行事を体験させて、少しでも経朱に自分が女帝である自覚をさせたいというか……いや、やっぱりこれ余計なお世話ですかね?」


 鈴華には、これが経朱のためになるのかは分からない。

 ただ、鈴華自身が学校行事に取り組むのが好きだったから、経朱もたまに息抜きをしてもいいと思ったのだ。きちんと仕事をしたら、という条件付きではあるが。


「そんなことはございません。いえ、経朱本人は『余計なお世話じゃ』と怒るかもしれませんが、スズカのしていることは立派ですよ」


 丁狭の喋る経朱の物真似が上手くて、鈴華は思わず噴き出してしまった。丁狭も「ふふ」と笑っている。

 心の中の経朱は不服らしく、フンと鼻を鳴らしていたが。


「さて、小さい馬の準備ができたようです。もう一度乗馬の練習をいたしましょう」


「頑張ります!」


 そうして女帝が乗れた馬は結局小さくて、弓矢を持って一緒に狩りにやってきた心用には鼻で笑われてしまった。

 しかし、練習の甲斐あって、小さなうさぎを狩ることは出来たのだ。

 それを百華や丁狭、猟陰に褒められて、鈴華も、そして経朱も悪い気分ではなかったのである。


『しかし、心用の奴めに笑われたのは解せぬ。次はもっと大きくて立派な馬に乗るぞ』


 経朱が珍しくやる気になったのが思わぬ収穫だった。

 鈴華はそれを微笑ましく思っていたのである。


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