第11話 側近たちの反逆

 ――女帝・宝玉宮経朱帝の中の人が、現代日本からやってきた未来人にして異邦人・桜木鈴華であることが四皇子に明かされた。

 そして、その事実は女帝と四皇子の動向を監視していた桃燕を初めとした側近たちにも伝わってしまったらしい。

 女帝――鈴華と四皇子の面々は、桃燕の引き連れた兵士たちに囲まれてしまったのである。


「フハハ……。女帝陛下の様子が最近おかしいと思っていたら、まさか偽物であったとはなァ。しかもそれに四皇子の殿下たちが関わっていたとなると、我々としてはあなた方を拘束せざるを得ませんな」


 桃燕の連れてきた兵士たちは、女帝が偽物などとはとても信じられないという顔ではあったが、そこは兵士の仕事として、女帝と四皇子を囲んで槍を突きつけている形だ。


「いやァ、全く残念です。女帝が偽物であることに気付けなかった自らを恥じております。おまけに偽の女帝を陛下と崇め、陰謀に加担していたのがまさかあの誉れ高き四皇子とは! これは共謀罪に当たるのでは?」


 桃燕は嘆かわしいと言いたげにわかりやすく泣き真似をしているが、口元はニタリと笑っている。心用は害虫でも見るような顔で吠え立てた。


「テメェ、桃燕! 俺を利用して嵌めやがったな!」


「いえいえ、決してそのようなことは……。わたくしめはただ、心用殿下に百華殿下と女帝陛下があらぬ仲になっていることを伝えただけのこと。まさか、皇族の皆さまがこのようなただれた関係だったとは、わたくしめは悲しいですぞォ」


 ヨヨヨ、と涙を拭うような仕草がとにかく白々しくてうざったい。

 女帝と最百華が夜伽をするような関係を結んでいたことに、兵士たちも多少動揺しているようだった。


 鈴華は汗が噴き出し、背中が湿って冷たくなっているのを感じた。

 ここで選択を間違えれば、自分はおろか、四皇子もみんな命が危うい。

 一世一代の演技を披露しなければいけない。


「妾が女帝の偽物とな? ほう、それはそれは。ところでそんな証拠がどこにあるというのじゃ?」


「いい加減にしろ、陛下の口真似をするんじゃない! 俺はたしかに聞いたぞ。他の側近たちだって聞いたはずだ」


 桃燕の反論に、他の側近たちも「そうだそうだ」と騒ぎ始める。


「妾は証拠を出せと言っておるのだ。仲間内で言った言わないでは全員で示し合わせている可能性もあるじゃろう。ま、ボイスレコーダーもない時代では立証できまいがな」


「ボイスレコーダー? なんだそれは?」


 鈴華の言葉に、桃燕はわけがわからない顔をしていた。単語の意味すら理解できないのは想像に難くない。


「音声を記録する機械じゃ。この時代にはないものじゃから証明できないじゃろう? それとも、貴様は録音ができる道具で言葉を記録したのか? 証拠がなければ立証ができないはずじゃろ?」


 この場では証拠があるかどうかが重要になると思った鈴華は立て板に水とばかりにツラツラと話す。証拠不十分なら、まだ弁解の余地があるのではないかと考えたのだ。

 ――しかし、それが浅はかだった。


「『この時代』と言っているということは、お前は未来から来たのか? つまりお前は、やはり女帝陛下の偽物では?」


「あっ」


 語るに落ちるとはまさにこのこと。

 鈴華は自らを未来人であると立証してしまったのである。


「こ、このドアホーッ! なんで自分で墓穴掘ってんだ!」


 心用の怒りに満ちたツッコミはもっともなものであった。

 こうしてその後、鈴華と四皇子は拘束されることになったのである。


 鈴華と四皇子はそれぞれ別の部屋に隔離・幽閉された。おそらくここから側近たちによる拷問や尋問が始まるのだろう。

 鈴華は両腕を磔のように鎖で壁に繋がれたまま、目の前の人物をにらみつける。彼女の眼前には、初めて出会ったときのように鞭を両手でつかみ、ピンと張ったり緩めたりを繰り返して、ニヤケ顔を浮かべる桃燕が立っていた。


「さて、女帝陛下の偽物――いや、中に別人が入っているんだったか? まあ俺様にとってはどちらでもいい。俺たちに協力するなら痛い目には遭わせないし、命だけは助けてやっても良いぞ?」


「その代わり、今までの経朱のようにアンタたちの傀儡になれってわけ?」


 反吐が出る。唾を床に吐き捨てたい衝動に駆られた。

 コイツらが女帝に対してどんな『教育』を施してきたのか、今ならわかる。おそらくは暴力による恐怖で経朱の心を支配し、歪め、残忍な性格に仕立て上げたのだろう。政治に手を出せば恐ろしい目にあうと言い聞かせ、女帝から政権を奪って遊び呆けていることを良しとした。そして、側近たちは今まで甘い汁を吸ってやりたい放題やってきたというわけだ。


「絶対にアンタに屈したりしない! アンタなんか私がやっつけてやる!」


 鈴華は百華に教えられた通り、丹田で気を練る。おへその下あたりに温かいものを感じ、それを全身に広げるように気を巡らせる。それが心臓に達すると、そこから金と銀の双子龍が顕現した。


 しかし。


 鈴華の喚び出した金龍が、桃燕の放つ鞭に、思いっきり横っ面を打たれてしまったのである。


「ッ……!?」


 龍が鞭打たれたのと同じ箇所に、鈴華も痛みが走った。手で頬を押さえたくても鎖に繋がれた腕は顔には届かない。


「フハハッ! 思ったとおりだ! 龍とは言っても、所詮は顕現したばかりの幼体! まだ未熟な龍なら俺でも勝てる! おまけに二体もおれば的が増えているようなものだぞ!」


 バシッ、バシッ、と双子龍に次々と鞭が飛んでくる。龍は「キュッ!」と痛みに叫ぶような鳴き声を上げた。そして、龍が受けたダメージは鈴華の体にも連動している。彼女が痛みに体を動かすたびに鎖がキシキシと軋む音がした。


 高笑いする桃燕に、絶体絶命の鈴華。


「もう一度言うぞ、偽物女帝。俺たちの操り人形になれ」


「……絶対に、嫌だ」


「強情なやつめ。今度は龍の目を狙うぞ。失明してもいいのか?」


 桃燕が鞭を振り上げるのを見て、鈴華は思わず恐怖に屈し、目をつぶってしまった。


 バシン、という乾いた音が部屋の中に響く。

 しかし、想定していた痛みはやってこない。

 恐る恐る目を開き、顔をあげると、百華の後ろ姿があった。


「ひゃ、百華……!」


「ご無事ですか、陛下」


 百華の白龍がハサミで細い小枝でも切るように、鈴華の腕を拘束していた鎖を噛み切ってしまった。百華の横顔を見ると、頬に一筋、ミミズ腫れのような痕があった。先ほどの桃燕の一撃を受けてしまったのだろうか。

 それを見た瞬間、女帝の頭に血がのぼり、カッと熱くなるのを感じた。

 そんな彼女をよそに、桃燕は百華に追い詰められている。


「ば……馬鹿な! 貴様がなぜ……!?」


「お前が拘束させた兵士の中に私や兄上の軍のものが紛れ込んでいて助けてくれた。お前のお抱えの兵士たちもお前には不満を持っていたようだぞ。他の皇子たちも解放されるだろう。桃燕、お前たちの兵士との信頼関係もたかが知れたものだな」


 百華は次男なので、『兄上』とは長男の丁狭のことであろうか。


「言わせておけば……! フン、貴様のような顔がいいだけで人気者になれる男の顔面を思い切りぶちのめしてみたかったものよ!」


 頭に血が上った桃燕はまたその鞭さばきで百華に襲いかかった。

 しかし、百華は白龍で鞭をガードし、白龍の硬い鱗は鞭を弾き返した。龍の体が傷ついている様子はまったくない。もちろん、百華もダメージを受けていないのである。


「ほう、自分でも言うのも面映ゆいが、『軍神』などと呼ばれている男が顔がいいだけで戦争に勝てるとでも思っていたのか。ならば、その認識を改めねばな」


 百華が白龍の胸に手を当てると、龍の胸から剣が生えてきた。剣を抜き、飛んできた桃燕の鞭をいともたやすく斬ってしまう。

 桃燕は負けじと拷問部屋の壁に掛けてあった青龍刀の柄をむんずと掴み、百華と剣戟を始めた。

 キィン、カキィンと金属同士を叩きつける音が何度も響く。

 しかし、百華の龍から生み出された剣が、桃燕の青竜刀をポキリと折ってしまった。刀は真ん中から上がくるくると宙を舞い、桃燕の額をかすめて床に突き立つ。「ヒッ」と悲鳴を上げて腰を抜かした桃燕と、彼に剣を突きつける百華。

 その剣の切っ先に恐れをなした桃燕は、勝ち目がないと思ったのか、急に態度を改め、百華に泣きつき始めた。


「おッ、お待ち下さい殿下! わたくしめが悪うございました! 殿下もこのまま女帝陛下が善政を成していくことをお望みのはずだ! この女を女帝の座に据え続けて、我らはその恩恵を受ければ国は安泰のはず! どうか我々に協力を、お力添えをいただきたいのです!」


「何が力添えだ。この娘を利用し続けて甘い汁を吸いたいだけだろう、貴様は」


 百華の声は氷のようにゾッとするほど冷たい。このまま桃燕の首をはねてしまいそうだ。

 しかし、桃燕はさらに女帝にも助けを求める。


「陛下、どうかわたくしめに温情を! 手錠もすぐに外します! 今まで通り、持ちつ持たれつの関係を築いていこうではありませんか!」


「桃燕、貴様には誇りも何もないのか?」


「誇りなど腹の足しにもなりませぬ。わたくしめは日々を生きることに精いっぱいですとも」


 呆れている百華をよそに、桃燕はその巨体を女帝に甘えるようにすり寄せた。

 しかし、女帝はうつむいたまま何も答えない。


「……あのォ、陛下?」


「桃燕……貴様よくも……」


 女帝は地の底から這い上がってくるような低い声で桃燕をにらみつける。

 さらに彼女の声に応えるように、双子龍が光り輝き始める。

 光の中でむくむくと大きくなっていく龍に、百華は目を見張った。


「陛下の龍が、成長している……」


「なッ、なにィ!?」


 百華のつぶやきに、桃燕は顔面蒼白で震え上がる。


「――よくも、百華の顔に傷をつけてくれたな! 貴様は万死に値する! 妾が直々に葬ってくれるわ!」


 女帝の身長の二倍ほどに成長した双子龍が炎を吐き、桃燕を追いかけ回した。

 桃燕は「ヒッ、ヒィィ!」と炎を避けて部屋中を転がりまわる。

 そこへ、「兄貴!」と心用が部屋に駆け込んできた。


「他の兄貴達も全員解放された! 龍で側近共をことごとくのしてやったぜ!」


「……だ、そうだが。まだやるか? 桃燕」


 桃燕は双子龍に囲まれ、床に座り込んだまま、キョロキョロと落ち着きなく目を動かしている。

 目の前には『軍神』百華。その後ろには怒りに満ちた女帝。出入り口は女帝並みに物騒な心用が進路を塞いでいた。

 そこへ、丁狭や猟陰、四皇子の率いている兵士たちも駆けつける。

 これ以上の抵抗も無意味。逃げ出すことも出来ない。

 こうして、ガックリと肩を落とした桃燕が兵士たちに連行されていったのであった。


 その後、桃燕および側近たちは財貨も領地も没収され、国外に追放された。

 彼らが生きているというのは特に心用にとっては不服そうであったが、生まれ育った国を追われて、しかも追放刑とされた者たちが今後他の土地でも生きていくのに苦労するのは間違いない。

 少なくとも、鈴華にとっては今まで厄介だった者たちを後宮から追い出せたのは安心できるところである。


 こうして、桃燕をはじめとする側近たちの反逆は鎮圧されたのであった。


〈続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る