第10話 女帝と四皇子の危機

 前回のあらすじ。

 都での視察を終え、女帝の部屋を訪れた最百華。

 しかし、女帝の中の人・鈴華は突然、百華の口づけを受け、夜をともに過ごすことになりかける。

 慌てた鈴華の態度から百華に正体を看破されそうになり、さらにそこへ百華の弟、最心用が乱入してきた。

 心用の言葉によると、女帝――経朱と百華はたびたび夜伽をする仲らしいことが明らかになる。

 そして、殺意にまみれた心用が、女帝に襲いかかろうとしていた――!


「殺す……ブッ殺してやるからな、経朱ゥ……!」


 血走った真っ赤な目で女帝……いや鈴華をにらみつける心用に、彼女は震え上がった。

 ――本気の目だ。本当に殺される。

 しかし、青ざめてガタガタと震える鈴華と、敵意に満ちた心用の間に、百華が立ちはだかった。


「心用、落ち着け」


「これが落ち着いてられっかよ! 兄貴、頼むから邪魔してくれるなよ。今がこのろくでなしをぶち殺す絶好の機会なんだ」


 そう叫んで、心用は自らの体から龍を喚び出したのである。

 ――黒い龍。いかにも獰猛そうなその顔つきは、心用の内面を表しているようであった。

 彼の黒龍は、女帝の部屋の中を暴れまわり、調度品から家具まで、すべてを乱暴に破壊していく。


「っ……!」


 鈴華は身を守るために、身を縮めて手で頭をかばった。

 ベッドの天蓋が落ちてくるかと思ったが、予想に反してその衝撃はない。

 恐る恐る見上げると、白い龍が鈴華の周りを囲むようにとぐろを巻いていた。

 ――百華の白龍だ。


「なんで邪魔すんだよ、百華兄ィ!」


 悔しそうに地団駄を踏む心用に、百華は相変わらず無表情のまま、淡々とした口調で話す。


「心用、私たちは大きな誤解をしている」


 鈴華は、てっきり百華が自分を守ってくれるものかと思っていたのだが、彼の次の台詞で、そうではないと気付いた。


「この女は、経朱ではない」


「……あ?」


 心用は百華の言葉に、あっけにとられたような顔をした。

 その瞬間、気が抜けたのか、黒龍もフッと姿を消したのである。


「どういうことだ、兄貴。じゃあ、この女は何なんだ」


「私もそれが知りたいのだ。おそらく、猟陰が何かを知っている」


 百華の言葉に、心用はますます怪訝な顔をしていた。


「猟陰の兄貴がなんでここで出てくるんだよ?」


「猟陰が、最近この女とよくつるんでいたのだ。政策について話し合っているのかと思ったが……」


「猟陰兄ィがこの女となんか企んでるってのか? ったく、わけわかんねえぜ……」


 心用は訝しげではあるが拍子抜けしたようで、途端に殺る気をなくした顔をしている。

 鈴華はとりあえず、自分の命は守られたのかな? と思ったが、次の瞬間、百華に取り押さえられる。


「ちょ……、何するの!?」


「動くな。陛下を名乗るお前の正体がわからない以上、ここで拘束させてもらう」


「ま、待って待って! これには深いわけが……!」


 鈴華は説明するより証明したほうが早いと、金龍と銀龍を喚び出した。


「な……!?」


「おい、どうなってんだ百華兄ィ。やっぱコイツ経朱じゃねえか。殺そうぜ」


「待て、どうなっているのか私にもさっぱり……」


 すっかり混乱した様子の百華と心用に、鈴華は「猟陰さんを呼んでください」とだけ告げた。

 ――そして、夜も更けた頃に、女帝と四皇子が、心用の黒龍に破壊された女帝の私室とは別の部屋に集まって、緊急会議を開く流れとなったのである。


「ハハハ、みんな、黙っていてすまない」


 猟陰は、場違いなほど呑気に笑っていた。


「猟陰の兄貴、言ってることがわかんねえよ。結局、この女帝なのか何なのかよくわかんねえ女は何なんだ。殺していいのか」


「できれば殺さないでください……」


「勝手におしゃべりするんじゃねえよクソ女、ブッ殺すぞ」


「ヒエェ……」


 鈴華は心用に睨まれて、泣きそうになっていた。


「僕が知らない間に、大変なことになってるねえ。さて、困ったな。どうしようか」


 最丁狭は、こんな状態でも長男らしく、穏やかな態度を崩さない。


「でも、百華や心用はともかく、僕にはこのこと伝えてほしかったな、猟陰」


「いやぁ、すまない丁狭兄さん。拙もこれをどう処理したものか迷っていてね。だって、にわかには信じられない話だろう?」


「それは……そうだね。経朱の体の中に入り込んだ別人の魂など」


 丁狭は顎に手を当てて、うーんと考え込んでいる様子だ。

『処理』。その単語に鈴華は思わず身構えてしまう。

 もしかしたら、猟陰も自分を密かに消そうとしていたのかもしれないと、その言葉が示唆していた。

 彼のことを信用していただけに、少しショックを感じないでもなかったが、女帝の血族であり、部下でもある四皇子としては自然な対応ではあろう。

 しかし、猟陰はそんな鈴華の懸念にも気付いたようで、安心させようとしているかのように微笑みを浮かべる。


「ああ、言葉の綾ってやつかな。『処理』っていうのは、別に君をどうこうしようって話じゃない。むしろ、桃燕や心用にこうしてバレないようにどうやって君を上手く元の世界に返せるかなって意味だから」


「おい、猟陰兄ィ。桃燕の野郎はともかく俺にバレないようにってのはどういう了見だ?」


 心用が猟陰に今にも噛みつきそうな顔をした。


「だって、お前にこうしてバレたからこんな七面倒臭いことになってるんだろう」


「チッ、うるせえな」


 心用はスネたように口をとがらせる。これで「殺す」という物騒な言葉が口癖でなければ、ただ反抗期なだけで十五歳という年頃の可愛い少年であるのだが……。

 ここで、鈴華にある疑念が湧いてきた。


「あの……心用……」


「『様』をつけろよ。お前、体は経朱でも中身は下民なんだろ?」


 心用の目は、心の底から鈴華を蔑んでいるような冷たいものだった。


「こらこら、やめなさい心用。鈴華が本当に未来から来た異邦人なら、この国での身分も関係ないだろう。それに、このお嬢さんのほうが年上みたいだしね」


 猟陰がたしなめると、心用はまた舌打ちをした。


「……で、なんか用かよ、クソ女」


「心用は、どこから百華がその……経朱と夜伽をしているって聞きつけたの?」


 鈴華は疑問に思っていた。

 心用が部屋に殴り込んできたとき、たしかに言っていたのだ。

『百華兄ィを夜伽相手にしてるってのはマジだったらしいな!』……と。

 まるで、誰かから聞いたような口ぶりだったのが気になった。


「ああ、桃燕から聞いた。アイツ、百華兄ィと経朱のやつがそういうただれた関係だったのを前々から知ってたみたいだ。もっと早く言ってくれればお前が経朱に取り憑く前に血祭りに上げてやれたのにな」


 心用の話によれば、鈴華と百華が気を練る鍛錬をしているのを眺めていたら、桃燕が近づいてきて耳打ちしたとか。要は密告だ。

 それから心用は、百華が女帝の部屋を夜に訪れるのを見張っていたらしい。


「ああ~……心用と経朱が潰し合うのを期待したのかな」


「そうだね。皇族は龍を扱うがゆえに他の人間には太刀打ちできないが、皇族同士で潰しあえば自分たちに好機が巡ってくるのかと思ったのかも」


 猟陰と丁狭がうなずき合う。


「なんだよ兄貴たち、俺が桃燕なんぞに利用されたって言いてえのか!」


「実際そうだろう、状況を見れば」


 逆ギレしかけた心用が、丁狭の反論にぐぬぬと歯ぎしりをする。


「それは……まずいかもしれない」


 百華が初めて口を開いた。彼は部屋を移動するときに、既に服を着直していた。


「まずいってなんだ、百華兄ィ? 俺、なんかやらかしたか?」


「もし、私が桃燕なら、この状況をどこかから監視して――」


 百華が言い終わらないうちに、部屋の扉が勢いよく開かれ、兵士たちがなだれ込んできた。


「――心用と経朱がどちらか倒れたときに倒したほうを罪状により拘束・幽閉しようとするが、女帝が偽物であると発覚した今、女帝を四皇子ともども皇位から追いやることを考えるだろうな」


 鈴華と四皇子を取り囲む兵士たちの後ろに、ニヤニヤと笑う女帝の側近たちと桃燕が見える。

 ――そう、これは桃燕も予想していなかった、彼らにとっては思わぬ幸運なのだ。

 そして、鈴華たちの側にとっては、最大のピンチなのである。


〈続く〉

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