第6話 国の立て直しと渦巻く陰謀
「――よろしいですか、陛下。龍を顕現させ、その顕現を維持するためには、丹田で気を練ることが肝要です」
ここ数日、女帝――の中の人、鈴華は四皇子の一人、最百華から龍を顕現させるためのコーチングを受けていた。
「その、気を練る、とは何なのじゃ?」
「言葉で説明するのは難しいですね……」
ふむ、と百華がまるで難問でも突きつけられたかのように眉間にシワを寄せてうなる。彼は表情に
百華は、鈴華の一番のお気に入り――いわゆる『最推し』である。彼をゲーム画面で見守り続け、十回くらい見殺しにしてゲームオーバーになってしまった過去があった。本当に申し訳ない。
無表情でありながら宝菜国で一番と謳われる美貌。
皇族でありながら武将として自ら前線で戦い、勝ち取った武勇。
そして、乙女ゲーの主人公にだけ時折垣間見せる優しさ。
すべての要素が鈴華のツボであった。
自分と彼の名前に共通する「華」という漢字も、なんだか運命めいたものを感じさせていたのだ。
……そう。先述したとおり、その優しさは『乙女ゲーの主人公』にのみ見せてくれるもの。
暴君である女帝に、彼がそんな優しさを見せるわけがなかったのである。
「違います、丹田はここです。ここに意識を集中させてください」
「やっとるわ!」
「気が乱れております。やる気あるんですか?」
「そなたがドスドス腹をつつくから集中できぬのじゃ! 痛い! 痛いって!」
『丹田』と呼ばれる箇所に『気を練る』というあまりにも抽象的な指導に、鈴華は音を上げた。
そもそも百華の言葉が足りなさすぎて説明不足なのは否めなかったのである。
……とはいえ。
鈴華にとっては、推しを間近に見られることは役得であった。
百華にアドバイス(らしきもの)をもらいながら、お腹のあたりを触られるのはご褒美というかなんというか……内心興奮していたのである。
「しょうがないですね……少々失礼いたします」
「え?」
女帝がいつまでも気を練ることができずに業を煮やしたのか、百華は女帝の背後に回り、後ろから彼女を包み込むように抱きしめた。
「ひょえ!?」
「ここ。ここに意識を集中させてください」
百華の両手がお腹、へその下あたりに添えられる。
たしかに、こうすれば嫌でもそこに意識は集まるのだが……。
「……陛下? なぜそれほどに息が荒く……? 気が暴走しております、お鎮まりなさいませ。陛下。陛下?」
体がカッと熱くなるほど丹田に気が集まった鈴華は、龍を顕現できたのはいいものの、勢い余って飛び出した龍が頭突きで宝玉宮の壁を破壊してしまったのであった。
そんな女帝と百華の微笑ましい(?)やり取りを、陰のあるじっとりと湿った顔つきで眺めていた人間がいた。
四皇子の末っ子、最心用である。
「――チッ。あのクソ女帝、百華兄ィに取り入って、何を企んでやがる」
忌々しいと言いたげに、宝玉宮の床に唾を吐き捨てた。近くを通りかかった下女が、恐れをなして彼を避けるようにそそくさと歩き去っていく。
心用にとっては、女帝・経朱は「生まれてこなければよかった」人間である。
(あの女さえ生まれなければ、百華兄ィが皇帝になれたはずなんだ)
ここで念のためにおさらいすると、最百華は四皇子の次男である。本来であれば皇位継承権は長男である最丁狭に与えられるはずなのだが、心用は百華こそが皇帝にふさわしいと考えていた。
(だってそうだろ、百華兄ィは強いしかっこいいし、軍隊を指揮する能力も政治を取り仕切る能力もある。百華兄ィさえ皇帝になってくれたら、この国は間違いなく良くなっていたはずなのに……)
――ただ、勘違いしないでほしいのは、心用は国を憂いているわけではなく、ただ「自分の大好きな兄が皇帝の座につく」という己の理想を思い描いているに過ぎない。
彼は皇族であり、やはり下々の者とは生活の豊かさが違う。宝菜国に生きる平民たちの暮らしをあまりよくわかっていない。彼とて取り巻きの人間たちと一緒に遊び歩いていて、女帝とは本質的には変わらない暮らしをしているのに、本人はそれに気づいていないのだ。それは何かと甘やかされて育ちがちの末っ子という立ち位置のせいなのか……。
とにかく、彼は自分の所業は棚に上げて、尊敬する兄が皇帝になれなかったのを経朱のせいにして逆恨みしているのであった。おそらくはそれを『同族嫌悪』というのであろうが、無自覚な心用にそれを指摘すれば、彼は烈火の如く怒り狂い、指摘した相手を黒龍のチカラで氷の中に閉じ込めてしまうだろう。
……そして、そんな心用の心の弱みにつけこんで利用してやろうという悪しき魂を持った人物も、またその光景を観察してほくそ笑んでいたのである。
さて、鈴華が女帝に成り代わり、最猟陰の協力を得て、少しずつ国を立て直すことになった。
猟陰が提案した政策のひとつが、中国の歴史上有名であろう、「科挙制度」である。
「……科挙って、なんだっけ? 授業で習ったような気もするけど……」
――ただし、鈴華は社会科の成績が悪いポンコツであった。
そんな鈴華に、猟陰がにこやかに解説する。
「簡単に言うと、公務員試験だね。いくつもの厳しい試験を突破した一握りの人間だけを集めて、うちの猟陰府に役人として雇い入れようってわけ。今は貴族の中で頭の良い者や学者・専門家を拙が直々に勧誘してるんだけど、拙もそこまで暇じゃないから、国を挙げて試験を行ったほうが効率がいいだろう?」
「なるほど、たしかに……」
鈴華は納得がいったようにウンウンと頷く。
宝菜国は小国とはいえ、それなりの領土はある。猟陰が国中を巡って優れた人材をヘッドハンティングするのが大変というのは容易に想像がついた。それならこちらから募集をかけたほうが楽なのは間違いない。
そうして、宝玉宮は科挙制度の開始と試験範囲を発表。すぐに役人を集めるとはいかないが、一年後には試験が運営されることになった。それまでは今まで通り猟陰がこれと見た人物をスカウトすることになるが、一年我慢すればいいだけだから彼の負担はずいぶん減るはずだ。
さらに、拷問・残忍な処刑の廃止や減税、それぞれの領地を治める貴族たちの取り締まりや見張りの強化など、鈴華は内政に手を加え、善政を行うように努めた。内憂外患の「内憂」をまず取り除こうと尽力したのである。もちろん、それらのアドバイスは猟陰が行っている。
それで困る人間といえば経朱の側近たちくらいのものである。彼らは女帝の権力と財産におもねり、遊び暮らすことしか考えていなかったので、まさか彼女自らが民から搾り取る税金を減らすなどと想像もしていなかったのだ。
「陛下、今一度お考え直しくださいませ!」
「減税などなされたら、下民たちが調子づいてしまいまするぞ!」
「陛下は猟陰殿下にいいように操られているだけにございます!」
しかし、鈴華がそんな甘言に惑わされるわけがなかった。
「とか言って、貴様らは妾のカネで酒池肉林したいだけじゃろ」
ギクーッ! と言いたげな顔をする側近たちに、ツーンと顔をそむけた。
側近の桃燕は猟陰に入れ知恵をされた経朱に腹を立てていたが、猟陰も経朱も龍を使役できる。側近たちは自分たちが龍に勝てるとも思えず、歯向かおうにも歯向かえずにタジタジの状態で、女帝が善政を行うのを指をくわえて見ているしかなかった。
――それがゆえであろうか。
側近たち、特にその親玉である桃燕は、やがて恐ろしい計画を企て始めたのである……。
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