第6話

 興味深そうに聞いていたフウガが腕組みし、首を捻った。


「けどさ、他にもカミサマはいるのに、何でマイアだけでここに来たんだ? それって、ニンゲン嫌いと関係あるのか?」

「……関係は、あります。それに、この任務は、独力でやり遂げなければ意味が無いのです」


  *


 生真面目なマイアはひたすら努力し、神界でも異例の速さで最終筆記試験に合格した。後は数年の研修を受け、実技試験に合格するのみ……一見順調なマイアの日常に暗雲が立ち込めたのは、まさにその時だ。

 その暗雲には「世間知らず」という名がついていた。


 人の通わない森の奥深くで生まれたマイアは、「人間」をよく知らなかった。湖に暮らしていた間、ただの一度も見かけたことは無かったし、他の精霊から時折話を聞く事はあったが、その変わった生きものに特別な興味を抱いたことも無かった。


 そんなマイアの実技試験を兼ねた研修先に選ばれたのは、不運にも大勢の人間が暮らす街だった。豊かな土壌が実りを約束する、神を知り、信心深い人間の多い、研修先としては理想的と言っていい環境だ。本来ならば、不運どころか「ついている」と言えるだろう。

 信心深い人間ならば、自然、神に祈りを捧げる機会が増える。

 祈りとは、神を敬い感謝する為に捧げるもの。それは心を捧げる、と言うことだ。心であれば、そこには本人が意識しようとしまいと、胸の裡に湧くとりとめない想い――望みも含まれている。真摯なものから、「こうだったらいいなぁ」程度の願いとも呼べない様なもの、そして……他者を貶める、歪んだどす黒い欲望まで。


 神は、願いの全てを叶える存在ではない。「奇跡」とは世の巡りを援ける為にある力であり、一介の神が一存で特定の存在に肩入れして振りかざす為の力ではない。

 だが時に、強い願いは神を狂わせることがある。そして人間は、マイアが今迄見て来たどの生き物よりも貪欲だった。


 着任早々、数えきれない想いの奔流がマイアを襲った。指導に当たる上級神が、急な用事で離席していたのも災いしていた。人々の欲望のうねりにてられたマイアは次々と願いを叶え続け、あっという間に、力の使い過ぎによる消滅寸前に陥ってしまった。


 幸い、暴力的な願いは手付かずだった上、これまでの評価もあって、研修期間の延長と数年の減俸という軽い罰を下されただけで、マイアの神籍しんせきが剥奪されることはなかったが、もしもゆえ無く命を奪うような事態になっていたら、神籍剥奪どころか、存在自体が消滅することになっていただろう。

 定められた寿命以上に、命に過干渉してはならない。それは、奇跡の乱用以上に破る事が許されない神の掟の一つ。


 そしてこの出来事は、マイアをすっかり人間嫌いにしてしまった。


  *


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