第18話

「チョウキ様!」

「マイアちゃん、久しぶり……え……なんか、服の趣味変わった? えー、あー、うー、素敵……だよ?」

「あーあ、言っちゃったな」

〈敢えて見ないようにしてたのに……〉


 マイアの衣装は街で着替えた時のままだった。彼女は慌てて、


「好きで着ている訳ではないのです。確かに受肉している間に着替えはしましたが、元の服はいつの間にか無くなってしまって……」


 事の経緯を聞き終え、チョウキが笑う。


「成程ね。つまり、この子達の奉納品を受け取ったってことだ。じゃあ、そこのワンコ君と少年がその時に望んでた事を叶えるまで、他の服に着替えるのは難しいと思うよ」

「そんな! ちょっと貴方達、まだ何か叶っていない望みがあるの?」

「そう急に言われてもなあ」

〈少し時間を下さい。頑張って思い出してみます〉


 フウガとクウガがひそひそと相談を始める。チョウキがそれを機に、


「今回の件は『砂漠を平和にしたい』って願いが発端だった。神界の考える平和とは多様な命の共栄共存。言うまでもないけど、そこには人という種も含まれる。幽霊騒ぎの原因は対処可能、後は水さえ確保出来れば人足ひとあしが戻り、いずれ廃墟も復興するだろう。奇跡を起こす許可は取って来たから、このままマイアちゃんにお願いしようと思うんだけど、廃墟に水脈を通すことは出来そう?」

「お任せ下さい。ですが、水を引くだけで、そんなに簡単に廃れた街に人は戻るのでしょうか?」

〈あの、ここ、『楽園』も復活させたらいいと思います〉


 いつの間にか脇で話を聞いていたらしいクウガが、そう提案した。


〈あの街は元々、交易に向かう商人を見込んで出来た、何の産業もない所でした。だから他に楽に通れる道があれば、遅かれ早かれ廃れてたと思うんです。実際、北の街への新しい海路が拓けてから、旅人はかなり減ってました〉

「ふうん。で、その話と『楽園』の復活が、どう関係するの?」


 興味を惹かれたらしく、チョウキが続きを促す。


〈産業が無いから廃れるなら、産業を作ったらいいと思うんです。例えば、商人ではなく、旅行者を呼び寄せる様な〉

「成程、観光名所として『楽園』を利用するってことだね。でも、そんなに上手くいくかな。ここって、そんなに凄い場所なの?」

〈砂の海に突然現れる緑豊かな水場は、見慣れてる俺でも綺麗だなって思ってました。それにこれからは、『かつて幽霊に魅入られた程に、美しい』って売り文句が使えます〉


 チョウキはちかちかと瞬き、


「あはははは。自分達のことを宣伝に使えって? 面白いこと考えるねえ……マイアちゃん、他の土地に影響しない様に、且つ、『楽園』も復活させることは出来る?」

「勿論です。むしろ、元々存在していた『楽園』を復活させた方が、水の流れを制御し易くなると思います」


 マイアの答えは、チョウキに決断をさせた。


「じゃ、改めて指令を下すよー。『汝、マイアの名において、古の街と砂の海に恵みと安寧をもたらせ』」

「拝命いたします」


 一礼して答えたマイアは砂に両手を着いた。それから僅かな間で、


「終わりました」

「凄いな、遠くだけど水の匂いを感じるぞ。でも、一瞬で水が湧いたり、木が茂ったりするわけじゃないんだな」


 フウガが鼻をひくつかせた。


「そうすることも出来るけど、他の土地への影響も考えると、焦るのは得策ではないの。それでも、自然に任せるよりも早く結果が出るように調整しました。水が地表近くまで上がってくれば、地中に残っている種や根が息を吹き返します。そう遠くない将来、『街』も『楽園』も以前の環境を取り戻せるでしょう」


 マイアはフウガとクウガを安心させるように、丁寧に説明した。空中を漂いながらそれを聞いていたチョウキが、「あ、忘れるところだった」と呟きながらマイアの頭上に止まる。

 目が眩むほどの光がマイアを包み込んだ。

「お疲れ様、マイアちゃん。今回、力の暴走も多少あったみたいだけど、ちゃんと自分で考えて行動して、最後まで課題をこなせたでしょ。協議した結果、多少の暴走については不問てことで、最終試験は合格! これで、掛け値なしの神様だ。神界に帰ったら本免許発行するから、忘れず手続きしてね……しめしめ、これからもっと、こき使っちゃおっと」

「……ありがとうございます」


 最後に小さく呟かれた言葉に複雑な顔をするマイアの頭を離れ、チョウキはふよふよと黒犬と少年の周りを一周した。


「それとワンコ君と少年の今後だけど、魂だけになった者は、『死者の国』にかないといけないんだよね。あ、全然怖い所じゃないから、そこは安心して。向こうに着いたら専門家に診て貰って、君達を剥がす算段をつけようね。いやー、俺も色々な事象を見て来たけど、こんなに魂が癒着してるのは初めて見たよ。君達、よっぽど相性がいいんだね。じゃ、逝こうか」


 相変わらずの息継ぎ無しのチョウキ節に、マイアが慌てて口を挿んだ。


「お待ちください! あの、私の着替えが済んでいないのですが……」

「もうそのままでもいいんじゃ……嘘嘘。冗談だって。君達、叶っていない望みに何か思い当たったかい?」


 フウガは頷いた。


「氷に触ってみたい。力が戻ったら見せてくれるって、マイアと約束したんだ」

「確かに約束したわね。チョウキ様、彼等を一時的に受肉させてもよろしいでしょうか?」

「いいよ。けど君達、満足したら大人しく逝くんだよ?」

「もちろんだ」

〈はい、約束します〉


 元気に答えたフウガとクウガの頭上にマイアが手を翳すと、彼等の姿は溶け合い、見慣れた金色の瞳の青年が現れた。


「うわ、いつの間にか、こんなに暑くなってたのか。あれ、マイアもチョウキ様も透けて見えるけど、カミサマってそういうもんなのか?」

「そもそも普通の魂には見えないの。今は特別よ。それより、フウガだけじゃなく、クウガも感覚は共有出来ている? 一応、そう調整したのだけど、どうかしら」

〈はい、俺も感覚あります! 神様、ありがとうございます!〉


 クウガの興奮した声が、フウガの胸の辺りから聞こえる。


「いいのよ。フウガだけで楽しんでもつまらないでしょう? さ、手を出して」


 青年が前に出した両手に、マイアがそっと手を重ねる。その手が離れると、フウガの掌には煌めきを放つ塊が乗っていた。


「これが『氷』なのか?」

〈綺麗だね、フウガ。本当に宝石みたいだ。それに、手が痺れそうだ。水がこんな風になるなんて、信じられない! あれ? ちょっと小さくなってる?〉

「氷は温まると水に戻るのよ」


 フウガは掌を口元に寄せ、一舐めした。


「本当だ、水だ」

〈美味しい!〉


 陽に透かしたり、擦ってみたりと、フウガとクウガは大はしゃぎだった。

 やがて、掌から氷が無くなり、最後の水滴が指先から零れ落ちると、青年の姿がゆっくりと透け始めた。


「マイア、服、元に戻ったんだな」


 それは、フウガとクウガの願いが全て叶えられたという合図だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る