大団円……?
第17話
「そうだったのね……」
全てを聞き終えたマイアは、大きく息を吐いた。
神の力を取り戻した彼女の前で、大きな黒犬と、金色の瞳の青年によく似た面差しの少年がぴったりと身を寄せ合い、荒れ果てた「楽園」を透かしている。
*
あの日から、クウガの魂はフウガを抱きしめ続けた。例え気付いてもらえなくても、フウガがクウガの亡骸の傍らで力尽きた後も、ずっとずっと。
フウガは己の無力と友を失った悲しみに心を閉ざし、叫び続けた。自分を抱きしめるクウガの魂に気付かないまま、ずっとずっと。
泣きながら、鳴きながら、彼等の記憶と魂は少しずつ溶け混じり合い、永い月日の内に目的を失ってしまってからも、願いを抱えたまま砂漠を彷徨い続けた。
彼等の噂はこの地から人を遠ざけ、かつて「楽園の砂漠」と呼ばれたその場所は、いつしか名を変えた。
「死の砂漠」。
そう呼ばれるようになって久しい砂の海に、ある日真面目で優しい一柱の女神が現れた。一人と一匹の強い想いに、彼女の力は暴走を始める。
クウガの祈りはフウガから己に関する記憶を奪い、フウガが一番に望む場所へと彼を導いた。
フウガの願いは己と女神をニンゲンに変え、記憶を越えた想いの強さでクウガを見つけ出した。
そして彼等の願いは叶い、マイアは神の力を取り戻したのだ。
寄り添う黒犬と少年に、これまでの旅で幾度も覚えた違和感が腑に落ちる。マイアは溜息を吐いた。
(ようやく分かったわ。ああ、どうして今まで見逃していたのかしら)
記憶を失っていることに対する無頓着さ。「街」への関心の薄さ。
思い返せば、フウガが眠ったり食事をしたり、それどころか、水を口にする姿すら目にしなかったではないか。自分が寝ている間に済ませているのだろうと勝手に思い込んでいたが、仮初の存在である青年は、完全に受肉した自分が感じていた当たり前の欲求すら無かったのだろう……きっと当人は、それを疑問にも思っていなかったに違いない。
神と名乗った際の反応も、かつてのマイアと同じく、フウガはそもそも神を知らなかったのだと考えれば納得がいく。
(ともあれ、真相がはっきりしたのは喜ばしい事よね……)
幽霊の彷徨う砂漠の調査が課された役目。幽霊の正体も、彼等の事情も
結果的に調査は上手くいったとはいえ、結局はまた力を暴走させてしまった。その上――旅の終わりを寂しいと感じるなんて。我ながら、なんと未熟なことか……憂い顔の女神とは対照的に、黒犬が金目の青年の声であっけらかんと、
「ようやく、頭がすっきりしてきた。そうか、幽霊騒ぎの正体は俺達だったんだな」
その言葉に、少年――クウガは嬉しそうに黒犬の頭を撫でた。
〈俺も色々忘れかけてたから、思い出せてよかった。フウガも、やっと俺に気付いてくれたし〉
「今まで気付かなくてごめんな。それにしても、幽霊って結構便利だな。クウガともマイアとも普通に喋れてる」
〈うん、フウガと喋れて嬉しい。けどフウガ、もっと行儀よくしないと駄目だぞ。神様、フウガに悪気はないんです。それに、沢山ご迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい〉
クウガはフウガの頭に手を置き、礼儀正しく頭を下げた。
「そんなに
項垂れたマイアに、クウガが慌てて首を振った。
〈残念だなんて、とんでもないです! こうして思い出話が出来るのも、きっと、神様が俺達を見つけて下さったお陰なんですよね? 本当にありがとうございました〉
「俺も別に、今更生き返りたいとは思ってないぞ。でもさ、幽霊のせいで『街』が廃れたって噂だったんだろ? なんでだ? 水不足が原因なんだろ?」
〈一時的に荷物を取りに戻った人達が居たんだよ、多分。そういう人達が俺の姿を見かけたり、フウガの声を聞いたりしたら、どうなると思う? きっとそれが、水不足の原因は幽霊のせいって噂になったんだよ〉
マイアは頷いた。
「クウガは賢いのですね。恐らく、そんなところでしょう。水が枯れたのは、もちろん貴方達のせいではありません」
水枯れの原因を探るなど、マイアにとっては空を飛ぶより容易いことだ。
「この地下深くには南から北へと流れる大きな水流があるのですが、幾つかある支流の一つが崩れ埋まっています。丁度『楽園』と『街』を結ぶ支流ね。本来流れていた分の水は、当然他の支流に流れています。今まで他の地で水害を引き起こさなかったのは幸いでした。貴方達の事も含め、どうするべきか神界に連絡を取ります」
マイアが口から息を吐くと、吐息は小さな雲となり、一瞬で空の彼方へ消えた。
「これで報告も済みました。そう待つことなく今後の指示が来る筈です。それはそうと、貴方達、そんなにくっ付いたままでは不便でしょう。もう少し離れられませんか?」
〈あの、それが……〉
「さっきから試してるんだけどな」
どうやっても、それ以上離れられないらしい。
フウガとクウガが息を合わせて互いに足を突っ張り、その間にマイアがぐいぐいと身体を割り込ませ、
「ここを、こう、して……こう……」
「痛い痛い痛い」
〈神様、痛いです。幽霊でも、痛いです!〉
引っ張ろうが
どうしたものかと彼等が額を寄せ合っていると、突然、
「俺も手伝おうか? でも、失敗して三つとかに裂けちゃったらごめんね?」
「いや、ごめんねで済まされても……って、誰だ?」
何時の間にやら、マイアの頭上に拳ほどの大きさの光の珠が浮かんでいた。
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