少年とネコネ



 レポート(依頼を受けてその日にやったことと参加した部員の1言ずつのコメント)を30秒で書き上げた。

「こんなの顧問も見てないだろうにね」

「それっぽいこと書いとけばいいんだよ」

 そんなことをワタルと言い合いつつ。

 今日は居残らずにさっさと帰ろうと、ネコネとワタルはじゃあとカミオに言った。彼はまだもう少し部室に残るそうだ。なんで家に帰りたくないの? 家が好きじゃないの? 訊きたいことは色々あるけれど、ネコネは口をつぐむ。無理やり聞き出していいことはないと思うから。

 窓に大粒の雨が叩きつける。

「ちょうど傘1本あるよ」

 カミオはにやっと笑って、埃まみれの部屋の隅から、いつからあるのかもわからない錆びたビニール傘を放ってきた。小屋で軍手を拾い上げたのと同じ要領だ。そういえばこの部室も元々は倉庫だ。要するに物置と変わりない。掃除しなきゃだなあと思う。

「2人で相合傘で帰りなさい」

「カミオくんは?」

「ぼくは折り畳み傘を持ってる」

 ワタルが、ずるい!と笑った。

 そんなこんなで、ネコネとワタルは雨空の下に飛び出した。意外と風が強いだの雨が冷たいだのと喚いていると、ビショビショになる辛さも忘れて楽しかった。

「ネコネさあ」と。

 ワタルが言ったのは大通りの十字路で信号が青になるのを待っているときだ。真面目を一生懸命に装っていながら、口元がにやにやしているなあと思っていたら、案の定彼は「こうやって相合傘するならカミオが良かったでしょ」と言う。

「……」

 ネコネは無言で微笑んで、蹴りを入れるふりをした。流石に濡れた靴で蹴るのは可愛そうだから、あくまでふりだ。

「おい、やめろって、そんなに動いたら傘から出るだろ」

「ワタルくんが変なこと言うからあ」

「事実じゃないの?」

 信号の色が変わり、歩き出す。ネコネはにっと口の端を持ち上げる。

「知りません! カミオくんのことは尊敬してるし、あの人は確かにあたしのヒーローです。でも、そっち系のことはわかんない」

「ヒーロー、ねえ」

 少しどきっとした。全く同じ呟きを、カミオから聞いたことがあったからだ。初めて会話をした時。ネコネがどうしたらヒーローになれるのかと尋ねた時。

 直感的に思った。

「ワタルくん、カミオくんについてなんか知ってるんだね」

 問いかけるわけでもなく、確認するわけでもなくただ呟いた。左手で傘を持っているワタルは、少し困った顔になって、右手で頭を掻いた。「知らないよ」と言う。

 演技が下手だ。そういう不器用なワタルを、いいやつだと思う。

 ネコネは嘘でしょ?などとは敢えて追及せずに、黙っていた。

 ややあって、気まずくなったのか、ワタルは「あのさ」と言った。

「具体的なことはなんにも言えないし、僕も表面的なことしか知らないよ。でも、1個だけ言えるのは」

「うん」

「ヒーローと凡人は結局なにが違うんだろうってこと」

「ヒーローと凡人……」

 足元に溜まった水に自分たちの影が映っている。不思議だ。こんなに浅いのに、鏡のように姿が映るなんて。

 そんなことをぼんやりと思った時。

「あ」

 ワタルがそんな声を発した気がした。はっと息を呑んだだけだったかもしれない。

「なに?」

 首を傾げたネコネに、彼は今渡ってきたのとは別の横断歩道の向こう側を指差した。ネコネもあっと目を見開いた。

 雨で烟ったように白く見える視界の向こうで、傘も差していない少年が走っていた。黄色いパーカー。それだけがはっきりと鮮やかに見えた。

「ユイくん!」

 既にずぶ濡れなのは言うまでもないし、これからどんどん暗くなって気温も下がっていく。今からどこに行くつもりなのか? しかも1人で?

 迷ったりためらったりしている暇はなかった。

 ネコネはワタルの傘の下から飛び出して、赤信号が青に変わるその前に走って車道を突っ切っていった。雨がブラウスを濡らす、髪を濡らす。ローファーの底がコンクリートに薄く溜まった水を、パシャパシャと跳ね飛ばす。

 キキイ……というブレーキの音も、クラクションも聞こえない。

「ちょ、ネコネ!?」

 後ろから追いかけてきたワタルの叫び声に、内心でごめんと返して、ネコネはユイくんの小さい背中を追っていった。



 公園に入って突き抜けて、緑の柵をどうにかこうにか越え、整備されていない坂を半ば転げ落ちるように降りていく。

 もしかしたらとは思ったが、やはりたどり着いたのはあの森の中の小屋だった。

 だが真っ暗闇の木々の下は、昼間とは全然違う顔をしていた。

 雨脚は学校を出たときよりもずっと強く、枯れ葉の積もった山は、どろどろとしていた。靴の中に土が入るとか制服が汚れるとか、そんなことはもはや考えても仕方ないレベルに達している。ネコネは這うように中腹まで登っていって、小屋に飛び込んだ。

「ユイくん!」

 彼は土砂降りの中のテラスの柵の直ぐ側にいた。泥に汚れた顔に、表情は見えない。

「ネコネちゃん」

 どうして来たの?とも、追ってきたの?とも訊かなかった。ネコネも何も言わずに駆け寄った。あの木箱に植えられた小さな植物を、叩きつけるように落ちてくる水の粒から小さな手が守っていた。

「枯れちゃう」

 と、ユイくんは呟いた。

 ネコネは雨音に負けないように大声で「危ないよ! 帰ろうよ」と叫んだ。「また一緒に植えよう。それにもしかしたら、大丈夫かもしれないし」

「でも、ルバ人が……」

「ルバ人にも明日会えるから」

「そうじゃないよ、そうじゃなくって」

「なにが?」

 その時、ピカッとありえないほどに目の前が白く弾けて、どん、という強い衝撃が山全体に走った。

「わっ!? か、雷?」

 近くにでも落ちたのかも知れない。仰け反りつつ、ユイくんの頭を抱きしめて体勢を変えようとした途端、テラスの下の方から嫌な鈍い音がして、次の瞬間、何が起こっているのか頭で理解する暇もなく2人は山から麓の方へと転がり落ちていた。ぐきっという感触があった。右足を捻ったらしく、立ち上がれない。首だけをカクカクと動かして中腹を見上げれば、小屋のテラスが完全に崩壊していた。腐りかけていた木の柱が限界を迎えたのだ。

 ユイくんが青ざめた。

「葉っぱが……」

 ネコネも気付いて、ひゅっと息を吸い込んだ。木箱もきっと残骸と化し、あの葉っぱも衝撃でどこかに叩きつけられて埋もれてしまっただろう。ユイくんが大事にしていたあの植物。

 まだ雷がごろごろと鳴っている。恐ろしさと寒さに震えながら、2人はしがみつき合っていた。

「葉っぱが、ルバ人だったの……?」

「違うよ。違うんだ」

「じゃあなにが」

 問いを重ねた時、ユイくんがとうとう耐えられなくなったかのように叫んだ。


「ルバ人なんて、本当はいないんだ!!」


「…………っ」

「いないよ、ルバ人なんていない。友達なんて、いるわけないじゃん! 優しくて面白くてすごいやつなんて、オレの友達になってくれるわけないじゃん! オレは、気持ち悪い、変なやつなのに!」

 気持ち悪い、変なやつ。

 そのひたすらにストレートで飾りも何もない子供の悪口が、小さな口から吐き出されて、言った本人の小さな体を打つのをネコネは見た。小さなつぶて。でもユイくんはその痛みを何回堪こらえたんだろう。堪えてきたんだろう。

 そんなことないよ!と、思わずネコネは叫び返した。

「確かに、確かにユイくんは、ちょっと変わってるかもしれない。でも、それを無理やり押さえつけたりしてない、すごく強い子だよ! 偉いなあって思ったもん! 気持ち悪いやつなんかじゃ、全然ないよ!」

 雷鳴が轟く。

「怖くない!」とネコネは身をすくめながら半ば喚く。「勇気があるから、全然怖くなんてない! ユイくんは、他の子が知らない、面白いことをたくさん知ってるだけだよ。そうでしょ!? 他の子のことなんて全然怖くないんだよ!」

「でも……」

 ユイくんがぎゅっと顔を覆った。くぐもった、呻くような声に、ネコネは歯を食いしばった。

「秋休みが明日で終わっちゃうよ。そうしたら学校に行かなきゃ。行かなきゃいけないんだ……。オレ、またひとりぼっちになっちゃうよ……」

 ひとりぼっち。

 その言葉を聞いて、不意に、伝えたいことが見えた気がした。雨の音も、風の音も、意識からフェードアウトした。ネコネはゆっくりとユイくんから身を離して、小さい顔を覗き込んだ。

 優しく、囁くように。──あのね。

「あたしもね、ひとりぼっちだったことがあるよ」

 虚ろだったユイくんの瞳が、すっとネコネの上に焦点を結んだように思えた。ネコネは泥まみれの顔で微笑んだ。

「友達っていうか、つるんでた仲間たちはたくさんいたよ。それでもね、ひとりぼっちだった。多分、さみしかった」

 だからね、わかるんだ、と言う。

「無理やり仲間を作ったって、もっとさみしくなるだけなんだ。そうじゃなくて、そのままの自分でいれば、きっといつかは気が合う人に出会えるよ。あたしだって出会えた」

 カミオとワタルのことを思い浮かべた。

 1人でいること、それだってきっと勇気だ。ちゃんと1人の自分に向かい合い続けること。それもまた勇気なら。

「ユイくんは勇気を持った子だから、きっと大丈夫。それにね」

 笑って付け加えた。

「もうあたしたちっていう友達がいるじゃん」

 ユイくんが驚いたように目を真ん丸にしてた。それから──少しだけ、笑った。

「そうだね」

 そう言って細めた目から、雨ではない水の痕が落ちた。ありがとう、とユイくんの口の形が動いた。小さな掠れた声でも、ネコネはうん、とだけ頷いた。

 雷鳴は遠のいている。優しくて強い、雨に包まれている。

「明日、小屋は直せるだけ直そう」

「うん」

「掃除もしなきゃだね」

「……うん」

「よし、帰ろっか……って言いたいところなんだけどねぇ」

 もう夜に足を突っ込んだ時間帯であり、もう真っ暗だ。何も見えない。

 それに加えて、今頃になって捻った足が痛みだしていた。足首を少しでも動かすとズキズキと悲鳴を上げる。ネコネは自分でもなぜだかよくわからないが、「あはは」と笑った。笑っちゃうぐらい痛い、というのはこういうことであるらしい。

 ユイくんがそんなネコネの様子を見て、心配そうに眉をひそめた。

「大丈夫?」

「大丈夫、なんだけど、立ち上がれないや……どうしよ」

 誰か、呼んでこられる? と訊こうとした時。

 おーい、という人の声が近づいてきた。聞き慣れた2人分の声。名前を呼ばれる。

「いるー!? ネコネ、ユイくーん!!!」

「大丈夫かー!?」

 2つの楕円の光に近くが照らされる。

 暗がりの中で2人は目を合わせた。

「「助かった!」」

 同時に叫んで、くつくつと笑う。

 山の麓付近に座り込んでいたネコネとユイくんは、無事にカミオとワタルに発見された。

「なに笑い合ってるんだよ、全く。お母さん、めっちゃ心配してたからな。ネコネも、無鉄砲すぎる!」

 ワタルは腰に手を当てて、その隣でカミオは「まあまあ」と諌める。

「見つかったことだしさっさと行くよ。これ以上遅くなったら大変だ」

「まあね」

 ワタルがはあっと溜め息をつきつつ、ユイくんを背負い上げた。ユイくんは照れ隠しなのか「遅いよ、来るのが」と言った。

「むあっ!? こんの生意気なガキめ」

「生意気なガキでいいもーん」

「ちょっと、暴れるなよ!」

 仲良く(?)ワタルと言い合うユイくんの姿を見て、カミオが微笑んだ。そしてしゃがんでネコネと視線を合わせた。

「よくやった」

 その1言で、泣きそうになった。

 はい、と差し出された懐中電灯を握ると、彼はくるりと背を向け、華奢な体に似合わず楽々ネコネをおんぶして歩き出した。ネコネは慌てて上から彼の足元を照らした。

 ありがとう、と笑って、カミオはぽつぽつと語り出した。

「ネコネがユイくんのこと追っかけてったってワタルから電話が来て、水上さんの家にすぐに連絡を入れたんだ。そうしたらユイくんが確かにいないって言うから。水上さんが夕ご飯の料理をしている間に、こっそり家を抜け出したみたいだね。入れ違いになると困るから、今は家で待っててもらってる」

「そうなんだ」

「うん。待たせてごめん。怖かったよね、こんな暗いし雨の中」

「ううん」

 ネコネは首を振った。「ちっとも、怖くなんてなかったもん」

 そう言いながら、指先で涙の滲んできた目の端を拭った。


     ✵


 秋休みの最終日は綺麗に晴れていた。

 みんなで全力で小屋の周りを綺麗にした。とは言っても、ネコネはほとんど見ていただけだ。捻挫した足は昨日がっつりと冷やして、テーピングで完全に固定したら、痛みがかなり引いた。普通に立っていられるまでにはなったが、あまり動くなとカミオとワタルに言われた。ここまでだって背負って来られたのだった。

 テラスを形作っていた木材は、揃えて小屋の横に置いておいた。見た目は昨日よりも随分とマシになったとはいえ、柱がだいぶ朽ち果てていることに変わりはない。雨で湿った木材をノックするように叩くと、柔らかくなっているのがわかった。

「危ないから、もうあんまり入らないほうがいいと思うよ」

 カミオが言うと、ユイくんは素直に「わかった」と頷いた。

 それから、あの木箱と植わっていた葉っぱも、どうしても見つからなかった。土砂の中に埋まってしまったか、落ちた衝撃で粉々になってしまったのだろう。

 それがわかった後も、ユイくんは笑っていた。残念そうではあるが、無理した感じのない自然な笑みだった。

「もういいよ。また、今度は植木鉢でなんか育てるよ」

「ところで、あれは結局なんの葉っぱだったの?」

 訊ねると、この4日間で少しだけ大人になった少年は、それでもやっぱり生意気に「わかんないの?」といたずらっぽい表情をした。

「あれは、バジルだよ」

「バジル? ……あ」

 閃くものがあった。初めて会った日、ユイくんはネコネという縮めただけのあだ名を「単純だ」と評した上で、にこにこしていた。「お姉ちゃん」ではなくて「ネコネちゃん」と呼ぶようになったのはその後だ。それは一種の仲間意識だったのではないか。

 だって「バジル」を並べ替えて語呂良く「ン」を付け加えれば、ルバジンになる。

 別に、あの小さな葉っぱがイコールで「ルバ人」を指していたわけではないのだと思う。それはユイくんも昨日言っていたことだ。とはいえ、小屋でいつもユイくんを待っている存在として、紙一重だったと言えるだろう。

「なるほどー」

 ネコネはふむふむと頷いた。子供の考えることは奥が深いと思った。



 お別れは水上家の前だった。

 ピンク色のコスモスは相変わらずぴんと伸びている。夕暮れ色の光が、花弁の上を滑らかに滑る。

「4日間も、本当にありがとうございました」

 水上さんは頭を下げた後、少しだけ目配せするようにいたずらっぽくネコネたちを見た。実は彼女には今度、部室に来てもらうことになっている。まさか判明したルバ人の正体をユイくんの前でつらつらと語るわけにもいかないからだ。

「こちらこそ、ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「楽しかったです!」

 それぞれに挨拶をしてお開きかと思った時、「待って!」と声が割り込んだ。

 ユイくんだった。彼は走ってきて、ネコネに抱きついた。少し驚いたが、ネコネもそっと軽く屈んで視線の高さを合わせた。

 ユイくんは切実とも言えるほど真剣な顔をしていた。

「あのさ、これからもずっと、オレと友達でいてくれる?」

 ネコネは目を見張って、それから大きく頷いた。満面の笑みを浮かべる。

「もちろんだよ!」

 約束ね、と小指を絡める。

 指切りげんまん。節をつけて歌って、それから笑った。

「いつでも、部室に遊びに来ていいからねぇ」

 カミオも「またいつでも依頼待ってます」と言って微笑んだ。ワタルも笑顔だ。

 夕日が水上家の前の道を照らす。依頼の話を聞きに初めてここに来たときの帰り道とは、また違った光の色に見えた。

「さて、行こうか」

 言われて、頷く。

 あたしはあの子のことを助けてあげられたのかな。……大丈夫、きっと、何か変えられたと思う。カミオの言ったように、飾らない、なんの取り繕いもないそのままのあたしが、人を救えたらいい。これから先も、ずっと。

 お節介でもいい。首を突っ込んでいこう。何事にも全力で向かい合うこと。自分の持てる言葉の全てを尽くすこと。自分もまた、誰かのヒーローになれるだろうか。なれたらいいな。

 ヒーロー。

 その言葉に、あっと思いつくことがあった。



 部室に返ってきてすぐに、例の如く意味があるのか無いのかわからないレポートを、ペン先から煙が出てきかねないスピードで終わらせた。

 いつもなら誰が顧問のところに出しに行くのかジャンケンで決めるところだが、ワタルは足を痛めているネコネに行かせるのは良くないと思ったらしい。一瞬カミオの顔を見たが、「提出してくるね」と結局自分で部室を出て行った。カミオにジャンケンで勝てた試しがないからなのか、それとも気を回してそうすることにしたのかはわからない。ワタルは意外と繊細だからなあ。

「ありがとねえ」「よろしく」

 机の上に腰掛けたネコネと、王座(と呼んでいるだけで実態はボロボロの1人がけソファ)に座ったカミオは、それぞれワタルに声をかけてから黙り込んだ。

 ──じゃあさ、勇気ってなに?

 ネコネの耳に、ユイくんの声が聞こえた気がした。

 本当に難しい質問だなあと思う。

 色んな勇気があるね。同じ場面と状況であったとしても、勇気の使い方は1種類じゃないよね。話したがらないことをわざわざ訊かずにそっとしておくことにも、静かに見守っていることにも勇気がいるけれど、でもあたしは。

 今回のことで、人の心に踏み込んでいく勇気も持ちたいと思ったんだ。

 あなただってあたしに対してそうしてくれたもんね。

「カミオくん」

 彼が顔を上げる。ネコネはぴょんといつものように机から飛び降りようとして、がくっと落ちて座り込んだ。足が痛いのをすっかり忘れていた。

「ネコネ? 大丈夫?」

 カミオに心配させてどうする。ネコネは差し伸べられた手を取って立ち上がる。

「へへっ大丈夫、大丈夫」

 格好付けようとしても駄目みたいだ。やっぱり、ありのままの自分で。

 あのさ、と言う。

「カミオくんがもし、なんか悩んでたり話したいことがあったら、いつでも話してね。あたし、聞く準備はいつでもできてるから」

 どんなことがあってもカミオくんはかっこいいし、あたしだってワタルくんだって、絶対カミオくんの味方だからね!

 真っ直ぐに見つめてそう言い切った。

 カミオは珍しくきょとんとしていたが、ややあって少しそっぽを向いた。

「ネコネの言葉っていっつも不意打ち」

 頬が少し赤みを帯びている。照れているのだ。いつも大人っぽいけれど、その表情は年相応でネコネやワタルとなにも変わらなかった。なにも変わらない、1人の人間の表情だった。

 ネコネが思わず笑うと、彼は苦笑いしつつ、はあっと息を吐き出した。

「いつか話そうって思うし、話したいとも思うよ。だから、……ごめん、それだけの決心ができるまで、もう少しだけ待っていて」

 気にしてくれてるの、わかってるから。ありがとう。

「うん!」

 ネコネはとびっきりの笑顔で応えた。










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