第12話 そして五回目のループが始まる。

 風祭さんはオレたちが契約に同意したのを見ていくつかの注意点を伝えてきた。

 そのひとつは風祭さんも早朝の公園にオレたちと同行するのだが、あくまでオブザーバーで時間ループ解決のための直接手を出すことはしないということだ。

 

 

 

 つまりは当事者であるオレたちだけで実行しろ、という意味だ。

 ユナエリは不安な顔になるが、オレはむしろその方がありがたい。なにしろオレはちょっとばかし過去をいじくるつもりだからな。

 

 

 

 そしてそれ以外の注意点もいろいろ説明を受けた。

 万が一この作戦に失敗したときなんかのことなんだがオレにはあんまりわからなかった。

 わずかにわかったことは前回は失敗してるので、最悪の場合は時間と空間と未来と過去がぐちゃぐちゃになるってことらしいんだが……。

 要は失敗しなけりゃいいんだろうな。きっと。

 

 

 

 そして風祭さんは見慣れぬスマホのようなものを使ってどこかに連絡した。

 おそらくたぶんそれは未来のスマホで通話先は未来の会社なのだろう。

 

 

 

「……承認が降りました。

 これから早朝の公園に、僕とともに君たちをタイムスリップさせます。

 ……ただし気をつけてくださいね。前回同様に今回もそこには過去の君たちがいます。間違っても鉢合わせしないようにお願いします。これ以上のタイムパラドックスは困りますからね」

 

 

 

 とオレたちに告げる。

 そして風祭さんが合図を送るとオレの視界と意識はその瞬間にぶっ飛んだのだ。

 ……だがその瞬間、

 

 

 

「あ、この件の支払いは前回同様に未来の君たちから請求することになりますからね。

 今の君たちでは到底払えない額ですから」

 

 

 

 と、どさくさ紛れにいいやがった。……この野郎。 

 

 

 

  ■

 

 


 気がつくとオレはひんやりと冷たいコンクリートの上で横になっていた。

 着ている服は県立烏沼高校の濃紺ブレザーのままだった。

 

 

 

 そしてオレはひとりだった。

 時計を見ると午前六時半近く。オレの毎朝のジョギング真っ最中タイムだった。

 

 

 

 ……どこだ?

 辺りを見回すとオレはひとりきりだった。そしてここはマンションの廊下だった。

 思い出した。ここはユナエリの住むマンションだ。

 そして目の前はそのユナエリの部屋だった。

 だったらユナエリは部屋にいるのかと思ったのでオレは呼び鈴を押そうとした。

 

 

 

 だが……待てよ? 

 

 

 

 もしかしたら過去のユナエリがこの部屋から出てくるかも知れない。

 オレはまだこの時点ではユナエリと出会っていないのだ。

 鉢合わせは絶対に避けたい。 

 ……だとするとオレといっしょにこの時間にさかのぼったユナエリはどこに……?

 

 

 

「飛鳥井くーん」




 そのとき声がした。

 見ると廊下の向こうから風祭さんが小走りにやって来る姿があった。

 その顔はなぜだが喜びにあふれていた。そしてなんだか口調までフランクになっていやがった。

 

 

 

「君たちはいったい何者なんだ? 

 この件で未来の君たちの口座から料金を請求しようとしたら、どうなっていたと思う?」

 

 

 

 と、にこにこと尋ねてきやがったのだ。

 んなこと言われても知るわけないだろうが?

 

 

 

「驚いたよ。

 ……前回もそうだったんで、不思議に思っていたんだが。聞いてくれ。

 今回は、……な、なんと、規定の三倍の金額がすでに口座に入金されていたんだ。

 ……君たちはいったい、なんなんだ?」

 

 

 

 とオレに抱きついてきたのだ。

 やめてください。気持ちが悪いです。

 そして……そんなこと知るか。

 

 

 

「あ、それよりも大変なことが起きました。

 この期に及んで湯名さんが怖じ気づいてしまったらしいのです」

 

 

 

 と風祭さんが眼下の町並みを指さしたのだ。

 すると裏路地の一角で膝を抱えているユナエリの姿が小さく見えたのだ。

 ……なにやってんだあのバカ。

 

 

 

 オレは走り出した。

 あの場所はもう間もなく過去のオレがジョギングで通るコースだ。オレはまだその時間にはユナエリと出会っていない。

 ……事態をややこしくするんじゃねえぞ。

 オレはエレベーターの到着がもどかしく非常階段を駆け下りた。

 

 


「なにやってんだよ。お前は、なにもかもぶちこわす気なのか?」




 オレは息も絶え絶えになっていた。

 そして地べたに座り込んでいやがるユナエリに声をかけたわけだ。

 ユナエリもオレ同様に烏沼高校の濃紺ブレザー姿のままで両膝を抱えてうずくまっていやがったのだ。

 

 

 

 正直いおう。

 見えそうだった。今オレもしゃがめば、ユナエリの水色パンツは丸見えのはずだ。

 ……ああ、見たいよ。見てみたいよ。

 でも今はそんな場合じゃない。オレはユナエリの腕を取って立ち上がらせた。

 

 

 

「……いいよ。あたしはこのまま四月六日がいつまでも続いてもいい」




 ……驚いた。ユナエリは泣いていた。

 

 

 

「ムサシがね、轢かれそうになったとき、あたしはなんにもできなかった。

 ……怖かったの。怖くて足がすくんじゃったのよ」

 

 

 

 とユナエリはオレを責めるようにオレの肩を叩く。

 

 

 

「……そりゃ、あたしだって今日という日が永遠に続くのは嫌だけど。

 ……だけどね、でもね、……あのシーンはものすごく怖いの。もう見たくないくらい嫌なの」

 

 

 

 と叫ぶようにオレにいうのだ。

 ……でも、そのときムサシを救ってくれた人に、そのときいえなかったお礼がいいたいんだろ? 

 そしてそれこそがお前の心残りなんだろ? 

 

 

 オレはなにがなんでもお前にそれを遂げさせるつもりだ。

 たとえその結果、以前の時間ループのようにオレがお前を思い出せなくても、お前がオレのことを完全に忘れ去っていても、……だ。

 

 


 そのときだった。

 朝靄が残る中、たったったと軽やかな足音が聞こえて来やがったのだ。

 時計を見ると午前六時三十分。

 オレは振り返る。……最悪だ。あの足音はオレだ。

 早朝ジョギングをしている過去のオレが近づいて来やがったのだ。……鉢合わせる訳にはいかない。

 

 

 

「……とにかく行くぞ。このままじゃかなりやばい」




 とオレはユナエリの肩を叩く。

 だがユナエリはそんなオレの言葉は届いていないようで、

 

 

 

「……ねえ、あなたはどうしてそんなに一生懸命なの?」




 と尋ねてきやがったのだ。

 

 

 

「オレはお前に時間ループを終わらせるために協力すると約束したんだ」




 ……それにオレは一生懸命なやつを一生懸命応援するのが好きなんだ。

 その瞬間、ユナエリは涙をためたまま笑った。すげーいい笑顔だった。

 さあ、行くぞ。とオレはユナエリの手を引いて走り出す。

 

 

 

「どこに行くの?」




 ……富士見丘公園に決まってだろ。オレとお前が初めて会った場所だからな。

 

 


 富士見丘公園に着いた。

 オレとユナエリは裏口から茂みに隠れて移動した。

 

 

 

 公園の大時計を見ると午前六時四十分少し前。

 どうやら早朝のオレたち、つまり過去のオレたちよりもわずかに先に到着できたようだ。

 植え込みの影で手招きしている人物が見えた。

 風祭さんだった。

 

 

 

「どうやら過去の君たちが来たようです」




 と教えてくれたのだ。

 そして風祭さんが指さす方角を見ると水飲み場へと向かうオレがいた。

 そしてその逆方向にはこちらに向かって走ってくるムサシと、そのはるか遠くにジョギングウェア姿のユナエリが見えた。

 メガネはかけていない。確かコンタクトレンズを落としたといっていたはずだ。

 

 

 

 オレとユナエリと風祭さんは腰を沈めて植え込みに身を隠した。

 

 

 

「ムサシを呼んでくれ」




 とオレは真横にいるブレザー姿のユナエリに頼んだ。

 早朝のオレは植え込みから飛び出したムサシと出会ったのだ。だから同じように再現しないといけないはずだと説明したのだ。

 

 

 

 ……そしてそうしないとオレの作戦は意味をなさなくなる。

 

 

 

「ムサシ、ムサシ……」




 うなずいたユナエリは小声で呼んだ。

 するとさすがにイヌだけあってムサシは遠く離れた位置からでもユナエリの声を正確に聞き分けた。

 そしてまっすぐ飛び込むように植え込みをかきわけて、オレたちの前に現れたのだ。

 そしてハッハッハと桃色の舌を出したままユナエリに甘えて来た。

 

 

 

 こいつ、今どんな風に思ったんだろうな? 驚いたり混乱したりとかしないんだろうか? 

 なんせ、今この公園にユナエリという飼い主が二人存在しているんだからな。

 

 

 だが、このわんこの無邪気な顔には、そんな様子はなさそうだった。

 ……気楽でけっこうなこった。

 

 

「作戦があるんだ」



 と、いってオレはムサシの首輪にそっと手を伸ばした。

 そのときだった。

 ムサシの眉根に皺がより、オレにガウッと牙をむいたのだ。

 それはシェパードという軍用犬本来の凶暴な姿だった。

 

 

 

 ……な、なんだ? 

 オレはあわてて手を引いた。

 

 

 

「気をつけて、ムサシはものすごく警戒心が強いの」




 と、いってユナエリがムサシを抱き留めた。

 オレはどんなイヌでもすぐに仲良くなれるんだぜ?

 

 

 

「……ううん。ムサシは特別。……子犬のときからいつもそうなの。でもね、あたしが紹介すれば大丈夫」




 とユナエリはムサシの耳になにやらごにょごにょと語りかけたのだ。

 

 

 

 なんていったかなんて聞こえなかったさ。

 でも、その言葉は効果てきめんでムサシの顔つきは見る見るおだやかになって、気がつけばオレがよく知っている甘えん坊のいつものムサシなっていたんだ。

 

 

 

 オレはこの愛らしいわんこを抱きしめた。

 そして……、オレは改めて首輪をつかんだのだ。指をしっかり通し、絶対に、外れないように……。

 

 

 

 植え込みの向こうから水音が聞こえてきた。

 どうやら過去のオレが水飲み場に到着したようだ。

 だがオレは首輪をつかむ指にいっそう力を込めたんだ。

 

 

 

「……ちょっとなにしてんのよっ!」




 真横のユナエリがオレに小声で叫ぶ。

 だがオレは聞こえないふりをした。

 

 

 

「飛鳥井速人、なに考えてんの? 今この瞬間にムサシが飛び出すんでしょ? 

 ……そうしないと過去が変わっちゃうんだよ?」

 

 

 

 とユナエリはオレの肩を強く揺さぶり始めた。

 ……だからだ。

 だからオレはこの指を離せないんだよ、ユナエリさん。

 

 

 

 ……そうでないとオレはお前と出会っちまうからな。

 そうでないと四月六日が終わらないからな。

 

 

 

「……なんてこと、……あなたなんてこと考えてんの?」




 ユナエリはそうつぶやいて顔を伏せた。

 だが、それはフェイントだった。

 次の瞬間ユナエリはオレに飛びついてきたのだ。……なにごと? 

 

 

 

 ……痛! 

 オレはうめき声をあげた。

 ……このとんでも女、今度はオレの指にかみつきやがったのだ。

 痛みの余り思わず首輪を離してしまった。

 ……すげー痛え、血、出てるかも。

 

 

 

「ムサシ、行って」




 オレが痛みでうめいているとユナエリはムサシの尻を叩いた。

 するとムサシは弾かれたかのように植え込みをかきわけて水飲み場へと向かっていた。

 ……なにしやがるんだこのかみつき女。

 

 

 

「……エロ女でも、ターバン女でも、かみつき女でもいいわよ。

 でも、あのときこうしてムサシが飛び出したから、今のあなたとあたしがいるんでしょ? 

 ……そういう出会いって大事だよ。だから……そういうことはやめてよ。

 じゃないと、あたし、……あたし」

 

 

 

 ……泣きやがった。……でもいいのかよ? 

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