第11話 四回目のループ。ループ解決のために契約する必要理由。

「……どうです? ここで我が社の登場です。

 我がホット・スピード社はこのこんがらがった時間ループを終焉させる術を知っています。我が社と契約しませんか?」

 

 

 

 と風祭さんはオレたちにあるプランを提案してきた。

 そのプランとはオレたちを早朝の公園に時間移動させることだった。

 

 

 

「ど、どういうことです? 

 早朝の公園なら時間ループが発生すれば、オレたちが望まなくも行くことはできますよね?」

 

 

 

 と、オレは尋ねた。

 

 

 

「そういえばそうね。たとえあたしたちが嫌だといっても、どうせあと数時間でまた今日、つまり四月六日の朝が来るんでしょ? 

 ……今までの時間の流れだと」




 ユナエリもオレ同じく思った疑問を口にした。

 

 

 

「左様です。まさに君たちがいうように、もう間もなく五回目の時間ループがじきにやってきます。

 だけどそれでは解決しないのです」

 

 

 

「なぜ、なんですか?」




 オレは尋ねた。……わけがわからんからな。

 

 

 

「おわかりですよね? 時間ループは基本的に同じ一日の繰り返しだからです」




「ええ。まあ、そうでしょうね」




 オレが答えると横のユナエリも深くうなずいていた。

 

 

 

「今回の四回目の時間ループを含めて、今まで発生した時間ループはすべて早朝の公園のシーンから始まっています。

 ……ジョギング途中で立ち寄った飛鳥井速人くんと愛犬ムサシの散歩をしている湯名衣里さんの二人が出会うシーンからです」

 

 

 

「やっぱり、そうなるんでしょうね」




 オレとユナエリが時間ループの原因っていうんなら、そこからスタートしたと考えるのが妥当だろうな。

 

 

 

「左様です。それでは、ここで質問します。

 今まで合計四回繰り返されてきた時間ループなのですが、早朝の公園でのシーンで前回のループの記憶がよみがえったことがありますか?」

 

 

 

「……ないですね。つまり記憶は上書きされている、ってことですね?」




 オレは力なく答えた。横を見るとユナエリは口をかたくむすんでいた。

 ……つまりオレと同じってことだろうな。

 

 

 

「ええ、ええ、そうなんですよ。さきほどもいいましたように時間ループは基本的に同じ一日の繰り返しだからなのです。

 ……つまりループが発生したばかりのその場面では、いくら君たちが特異体質のキャリアだとしても、記憶が戻ることはないんです。

 記憶が戻るのは……」

 

 

 

「学校ね」




 ユナエリが静かだが通る声で答えた。

 

 

 

「左様です。多少の前後はありますが、早くても通学途中のバスの中、ですがほとんどが高校に到着してからだったはずですよね」




「そうなりますね」




 オレはそう答えた。だがユナエリが素早く口をはさんだ。

 

 

 

「でも一度だけイレギュラーがあったわよね?」




「ええ、そうですね。ご理解が早いです。それとも記憶が戻りましたか?」




「ほぼだいたい。ついでに思い出したくないことも思い出しちゃったけど。

 ……それが前回の三回目の時間ループってことね?」




 ユナエリは記憶が戻ったようだった。

 ……オレはまだなんだけどな。

 

 

 

「その通りです。それが三回目のループでした。

 あのときここを訪れた大鷹高校の学生服の飛鳥井くんと私服姿の湯名さんは、我が社と契約して三回目の時間ループの早朝に戻ったのです。

 つまり……、もはや天災ともいうべき強制連続的に発生してしまっているこの時間ループ現象の枠内では、この問題を自然に解決することはできないのです。

 ……可能なのは今の記憶を持った君たちだけという意味と、そのための手段として我が社の協力が必要だという二つの意味がわかっていただけますか?」

 

 

 

「そうね。わかったわ」




 ユナエリが即座にうなずいた。

 だが……。オレにはさっぱりわからなかった。わかるか、ふつう?

 

 

 

「な、なによ。まだわかんないの? 

 三回目の時間ループで、あたしたちがしたことよ。あなたやっぱり頭悪いんじゃない?」

 

 

 

 かちんと来たぞ。

 

 

 

「三回目の時間ループって、なんだよ?

 オレはまだ思い出せねえんだ。悪いのはオレの頭じゃなくて、戻らない記憶だろ?」

 

 

 

「同じことでしょ? 頭悪いから思い出せないんじゃないの?」




「むちゃくちゃいうな。……なんかヒントくれよ」




 オレは風祭さんに向き直った。

 未来から来たプランナーなら、なにかヒントをくれそうだと思ったからだ。

 だが、

 

 

 

「いやいや。僕がヒントを与えてもいいんですが、それが元で痴話ゲンカがもつれたら困りますからね。

 どうです? 湯名さんお願いできますか?」




 と、いいやがった。

 ……あのな、痴話ゲンカってのは、すでにデキてる男女間のことだろが。

 

 

 

「いいわよ。ヒントくらい。あたしが出すから」




 と、ユナエリが請け負った。

 だがなぜか仏頂面だった。

 

 

 

「えと、……まず三回目のループなんだけど、早朝の公園から始まって、いろいろあって、夜の公園であたしと指切りしたことまでは憶えているでしょ?」




「ああ」




「あのあと、しばらくして、あたしに電話があったのよ」




「誰からだ?」




「に、鈍いわね。あなたに決まってるでしょ。

 ……あなたが、お風呂に入っているあたしに電話してきたの。

 で、急いで来てくれっていうから、あたしは着の身着のままですぐに家を出たの」

 

 

 

 ……なるほど、だから三回目のループでこの生徒会室の風祭さんに会いに来たらしいとき、オレが制服のままなのに、ユナエリは私服というわけか。納得したぞ。

 

 

 

「で、どうしたんだ?」




「こ、ここに来たに決まってんでしょ」




 ……なるほどな。

 だが待てよ? あの公園からここまでじゃ……。

 

 

 

「かなりの距離があるんじゃねえのか? 夜だとバスはかなり待たなきゃここへは来られないしな。

 ……まさか徒歩で来たのか?」

 

 

 

 そのときなぜだかユナエリの顔に朱がさした。そしてみるみる赤くなる。

 

 

 

「じ、自転車よ」




「自転車? お前がオレを乗せてきてくれたのか?」




「ち、違うわよ。……な、なんで女のあたしが男のあなたを後ろに乗せるのよ。

 逆に決まってんでしょ。あなたがあたしを荷台に乗せて自転車で来たの」

 

 

 

「ああ、そういうことか。……で、どうでもいいんだが、なんでお前、真っ赤なんだ?」




「……バカ」




「……んだって? 悪いがわけわからんぞ」




 ……オレはそう思ったさ。当然だ。

 なんで自転車二人乗りごときで、オレがバカ呼ばわりされなきゃならんのだ。……さっぱりわからん。

 

 

 

 だが、そう思ったオレがユナエリを見ると、やつは身を固くした。

 

 

 

 そしてなぜだか組んだ腕で制服の上から胸を隠しやがったのだ。

 ……あっ! 思い出したぞ。そういうことか。

 

 

 

「み、見なくていいから。想像しなくていいから。口にも出さなくていいから」




 叫ぶなよ。……わかってるさ。

 

 

 

 そこでオレは、ちとイジワルな気持ちが浮かんだわけだ。

 だが、それが墓穴だったんだがな。

 

 

 

「わかったよ。じゃあ、付けてた、ってことでいいんだろ」




「……つ、付けてないわよっ。あんとき、してなかったんだからっ!」




「付けてただろ? 頭にターバン」




「そ、それ、誘導尋問。

 ゆ、許さない。……それに頭に巻いていたのはタオルでしょっ」

 

 

 

「いっ痛えな。なにすんだよ」




 なにしやがるんだ。このノーブラ女。

 頭なぐられた。グーで。何発も。

 ……すまん。あやまるから。もうやらないから。

 

 

 

「で、……そ、そのあと、どうなったんだ?」




 オレは痛むところをさすりながらユナエリに尋ねた。

 

 

 

「……あ、あなたとあたしが今みたいに話を聞いて時間移動したの」




 ……まだむくれていやがる。根に持つタイプなんだな。

 

 

 

「で、結果はやっぱり失敗か」




「そうなんじゃない?

 そこから先までは憶えてないけど、あたしたちが今もこうしてここにいるのが、なによりの証拠だと思うけど」




 ……だよな。

 

 

 

「左様です。残念ながら失敗しました。

 ええ、でも、最悪の結果はまぬがれました。でも憶えていなくてなによりです。……とくに湯名さんはね」

 

 

 

 風祭さんが意味深なことをいった。

 

 

 

「ど、どういうこと?」




「おいおいわかることですから……」




 ユナエリはそのことに不満顔だが、しぶしぶうなずいた。

 ……つまりは今は知らなくていい、ってことか。

 

 

 

「いやいや。それでもなかなかです。ええ。ひとつは無事に達成しましたね。

 タイムパラドックスのひとつは消えました。……だから、今こうして僕の前に君たちがいるわけですからね」

 

 

 

 ……なるほどな。そういう意味か。

 

 

 

「イレギュラーの件でしょ?

 あれがあったからあたしは前回の三回目の時間ループだけは学校に来る前に記憶を取り戻してたもの」

 

 

 

 オレはうなずいた。

 

 

 

「オレがお前の日記帳に書いた走り書きだ。三回目の時間ループでなければ、どうしても無理だしな」




 ……つまりは、オレじゃないオレは、やっぱりオレ自身だったってわけだ。

 

 

 

 風祭さんはえらく満足そうにうなずいた。

 

 

 

「左様です。前回のループでは、君たちは湯名さんがムサシの散歩途中、つまりジョギング途中の飛鳥井くんと出会っている最中に、湯名さんの部屋に入って書き込みをしました。

 それで湯名さんが記憶を取り戻した結果、県立烏沼高校にいた飛鳥井くんと行動をともにしたわけです」

 

 

 

 そこからまた風祭さんは説明を始めた。

 この複雑にからみあった時間ループを解消するには、その根源を絶たねばならないらしい。

 

 

 

「要はですね。飛鳥井くんと湯名さんのそれぞれの心残りを消すことなのです」




 今まで四回発生している時間ループは早朝の公園から夜までだけを繰り返しているので、それ以外の時間的な干渉を行うには、この人が持っている未来企業の力が必要なのだ。

 

 

 

 つまり、今の記憶を持ったままのオレとユナエリを、今の時間ループである四回目の早朝の公園のシーンに送り込んで、ループの発生源となったオレたちの心残りを絶つようにさせることらしい。

 

 

 

 その結果生じることは……。

 オレからしてみれば決してハッピーエンドじゃないだろうと思ったさ。

 オレが早朝の公園で望んだのはユナエリと同じ学校の同じクラスになること。

 だけど……、ユナエリが望んでいることはムサシを助けた人と再会してお礼をいいたいことだ。




 ……待てよ?

 オレはオレの心残りとユナエリの心残りは並立することが可能なんじゃないかと考えた。

 ユナエリが会いたい人と再会を果たし、そのあとオレとユナエリが同じクラスになることは矛盾しねえんじゃないか? ……と。

 

 

 

 ……だが、たぶん違うんだ。

 もしそれが並立可能ならば、とうの前に時間ループは終わっているからだ。

 

 

 

 だからたぶん、……やっぱりユナエリはその会いたい人が好きになっているんだろうな。

 きっとユナエリはその人といっしょにいたい。

 そいつがもし高校生ならば同じ学校に行きたい、ってみたいになっているんだろう。

 

 

 

 だからオレが望む同じクラスという条件は並び立たないタイムパラドックスになっているんだろう。

 

 

 

 つまり、受験と違って、時間ループが発生する要因は第一志望しかないってことだ。

 併願とか妥協とかは決してあり得なくて、キャリアが意識的にしろ無意識にしろ、唯一願ってしまった望みだけが叶うように作用してしまうやっかいな力なんだろうな。

 

 

 

 だから正直いうと、オレはユナエリと同じ高校で同じクラスになれないなら、ぜんぶがご破算になるくらいなら、いっそこのままの方がいい。

 ユナエリと出会えなくなるのなら、延々とこのまま無限ループがつづく状態の方がずっといいのだ。

 

 

 

 ……でも、じゃあどうするんだ? 

 このままだとオレたちは永久に四月六日を繰り返すことになる。

 冷静に考えれば、それはいくらなんでも困るというものだ。

 たとえ自覚がないにしてもオレたち以外の大勢がオレたちのために被害を被っているんだ。

 

 

 

 ……まあ、いいさ。

 オレは一生懸命なやつを応援せずにはいられない性質なのだ。

 オレはユナエリが時間ループを終わらせようとして街で三人目を必死で捜し続けていたのを見ているんだ。オレはあのときの懸命なユナエリの姿を見てきっと応援したくなったんだ。

 

 

 

 だから、……オレはそのとき決意した。

 それはユナエリの心残りだけを叶えるための作戦だった。

 

 

 

 ……そのためには過去のオレ、つまり早朝の公園でのオレ自身にある仕掛けをほどこすことだ。これでオレの心残りはきれいさっぱり消えるはずなのだ。

 

 

 

「どうでしょう? 前回同様に今回も契約に同意してくれますか?」




 ……オレはユナエリが風祭さんの提案にうなずいたのを見て、オレもそのプランに合意したのだった。

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