第10話 四回目のループ。三人目の正体。

 オレとユナエリは生徒会室に入った。

 室内はそれほど広くない。一般的な部活の部屋と同じ造りで教室の半分ほどの空間だった。




 そして夕日が斜めに差し込むオレンジ色の室内のいちばん奥に大きな執務机があってそこに深緑色のブレザー姿のひとりの男が背を向けて座っていた。

 どうやら電話中だったようで手にスマホを持っている。




「……ああ、今来たよ。あとでまた申請することになりそうだから、よろしく頼むね」




 と、そこまで話すと電話を切った。

 そして振り向くと前回の三回目の時間ループでオレが出会ったおせっかい野郎の生徒会長が意味あり気にほほえんでいたのだ。




「風祭さん、あんたが三人目なのか?」




 オレは単刀直入に質問する。風祭さんは深くうなずいた。

 ……やっぱ、この人が三人目ってことか。……灯台もと暗しってやつだな。




「すごいですね。うん。さすがに時間ループのベテランだけはありますね。

 今回も僕に行き着いたんですからね。ええ」




 と、風祭さんは実にうれしそうな笑顔でべらべらしゃべり始めたのである。




「ねえ、飛鳥井速人。……これってどういうこと? あたしぜんぜん意味わかんないんだけど」




 とユナエリがオレに説明を求める。

 ……オレだって知るか。とは思ったが、この様子を見るに明らかに風祭さんはなにかを知っているらしいのは間違いないだろう……な。

 ここで風祭さんはキザっぽく髪をかき上げた。




「ようこそ我が社へ。我が社は何度でもチャレンジする勇敢なクライアントは、いつでも歓迎ですよ。はい」




 と応接ソファにオレたちを座らせた。

 ……おい待て。我が社ってなんだ?

 風祭さんは手品のように名刺を二枚手のひらから出現させた。




「……学校法人鷺鳥学園、私立鷺鳥高等学校生徒会長、風祭幸彦?」




 オレは声をあげて読み上げた。

 ……んなことわかってるって。

 だがオレの言葉を聞いた風祭さんは顔を真っ赤にしてオレたちから名刺を取り上げる。




「……今のは間違いです。それは表向きの名刺です。忘れてください」




 とつぶやくと改めて髪をかき上げて手にひらから再び名刺をオレたちに差し出したのだ。

 ……やっぱ、そそっかしいなこの人は。




 で、改めて名刺を見るとそこには《ホット・スピード社専属プランナー 風祭幸彦》とあった。

 オレはあきれて風祭さんの顔を見る。だが風祭さんはにこにこと得意げに営業スマイルを振りまいていた。

 ……大丈夫なのか、この人は?




「……前回にもいいましたが、我が社と契約する前に事前説明があるんですよ。

 で、お時間は大丈夫ですか?」 




 聞いたこともない会社の専属プランナー氏は妙なことを口にした。

 大丈夫に決まっているだろ? 

 なにしろオレたちには延々と時間がループしているくらいだからな。それこそ売るくらいあるぞ。




「……本気なら早く説明して。もし冗談ならただじゃすまないわよ」




 とユナエリも同意した。

 その顔は真剣だ。もし本当に冗談だったらきっと風祭さんはズボンをおろされるくらいじゃすまなそうだ。

 

 

 

 そんなオレたちの態度を見ると風祭さんは満足そうな顔になり……それからしばらくの間、オレたち以外なら絶対に信じないようなあり得ない話をしやがった。

 

 

 

「手短にいいますと僕は現在の人間ではないんですよ。その名刺にあるようにこの時代にはまだ存在しない未来企業から派遣された時間ループ解決のためのプランナーなのです。

 我が社はこじれにこじれた時間ループを解消するお手伝いをする業界の最大手なんです」

 

 

 

 と、ふつうなら専門医による適切な治療法が必要なことをさらっといいやがったのだ。

 ……結論から先にいおう。オレたちは信用した。

 

 


「まず先に申し上げますと時間ループはそれほど珍しくはないのです」




 と風祭さんはなんでもないことのようにさらっといい始めやがった。

 ……まあ、後から思うに実際この人には、それこそ見慣れたもので、なんでもないことなんだろうけどな。

 

 

 

「ど、どういう意味なんです?」




 尋ねるオレの声は震えていたかもしれない。

 ……だがユナエリもそうだったみたいだ。一瞬だけだけどオレの手がぎゅっとつかまれたからだ。

 

 

 

「まずは飛鳥井速人くん、君は今までの人生ですでに七回の時間ループを体験しています。

 ……そして湯名衣里さん、あなたの場合はもう少し多くてすでに九回の時間ループを経験していることになるんです。

 ええ、その年齢でそれだけなんですからベテランといって差し支えはないですよ」




「ど、どういうこと?」




 かすれた声でユナエリが尋ねた。

 

 

 

「と、おっしゃるところから察するに、君たち二人とも前回の三回目の時間ループの際にも、僕を訪ねてここに来たことは、どうやらまだ思い出していないようですね。ええ」




「前回も来た? オレとユナエリが?」




「左様です。時間はもう少し遅かったですね。あたりは真っ暗でしたから。

 それで、飛鳥井くんは市立大鷹高校の黒い学生服、そして湯名さんは私服でしたね。確か頭にタオルを巻いていて、白いスウェットジャケットにブルーのジーンズ姿かと」




 ……わけがわからんことをいいやがった。

 確かにオレは前回のループでは学ランだったが、ユナエリは私服姿だと?

 

 

 

「……確かにそれはあたしの部屋着だけど。……どういうこと?

 頭にタオルってことは、あたし、まるでお風呂上がりじゃない」




 ……なんなんだ? 

 つまり、あれか? オレは制服姿のままなのに、ユナエリは風呂上がり姿で、こんなとこにのこのこ現れたってことかよ? ……わからん。

 

 

 

「おや? まだ思い出せないみたいですね。……でもまあ、あんまり気になさらないでくださいよ。

 ……ええ、時間ループってのは、すべてそんな感じなのですからね。はい」




 オレは真横の座るユナエリの顔を見る。

 ……だが、やつもそのことは記憶にないらしい。

 

 

 

「いやいやいや。あまり深刻に考えなくてもいいんですよ。

 ええと、そうですね。まずは時間ループのことからご説明しましょう。その方がご理解されるのも早いでしょうからね。

 ……時間ループが起こる原因は人間の心残りです。あのときああすればよかった、なんて思ったことなんてことは誰にでもいくつでもありますよね?」

 

 

 

「ま、まあ、そりゃあるでしょうね」




 オレは適当に相づちを打った。

 ……だが、なにがいいたいんだ?

 

 

 

「左様です。人間誰しもが時間ループを起こす可能性を持っているということを、まずは理解してもらいたいんですよ。はい」




「誰でもなの?」




 ユナエリの問いに風祭さんはうれしそうにうなずく。

 

 

 

「はいはい、その通りなのですよ。ええ、まさに人類みな平等に誰にでもなんですね。

 ですが、今この時代の科学ではまだまだ解明はできませんけどね。

 ……そうですね。この時代から数えてだいたい百年ほど過去の時代では、飛行機という飛行機械に乗れば翼を持たない人間が大空を飛べるなんて、誰も思わなかったようにですね」

 

 

 

 ……風祭さんは、わけがわからんたとえをいい始めやがった。

 

 

 

「ただですね。飛行機のようにお金さえ払えば誰にでも大空を旅行できるのとは、ちょっと違いましてね。時間ループは誰にでも起こせるものではないんですよ。

 ただ可能性だけは誰にでもあるわけなんですけどね」




 ……ますますわからん話だな。

 

 

 

「えと、それって個人差があるってことなの?」




 ユナエリが質問する。

 

 

 

「左様です。まさに個人差なんですよ。理解が早くて助かります」




 ……どういう個人差なんだよ?

 

 

 

「そうですね。……たとえばなんですけどね。ええ。

 たとえばですね、勉強は苦手だけどスポーツはやたら得意な人がいますね。

 あとは……ふむ。そうですね。容姿はさえないのに、とても美人の女の子になぜだか好かれてしまう珍しい不釣り合いな男性も、ときにはですが、いますよね?」

 

 

 

 ……おい、そこでどうしてオレを見やがるんだ? 

 ……皮肉のつもりかよ。

 

 

 

「まあ、そんな風に解釈してくださいよ。時間ループもそのように引き起こしやすい体質があるのですよ。

 そして君たちがそれだと自覚してもらいたいのです。

 我が社ではそういう体質を持つ人物をキャリアと呼んでいます。意味は有資格者と理解してください」

 

 

 

「……笑えばいいんですか? この場合は」




 オレがそう答えた。

 だってそうだろ? オレとユナエリが時間ループを起こす体質、つまりキャリアだとかいうやつだっていうんだぜ? 

 

 

 

 だがそこで風祭さんは、あはは、と笑いだしやがったのだ。

 ……おいおい、笑うのはお前じゃないだろ?

 

 

 

「時間のループが起こる原因はほんのささいなことです。たとえば……」




 と風祭さんはいたずらっぽくいう。

 

 

 

「そうですね。たとえばですね。ふむ。そうそう」




 そのときなぜか風祭さんは遠くを見るような目になった。

 

 

 

「……今日の天気予報では夕方から雨が降ると聞いたとします。でも空を見ると快晴だった。だから傘を持たずに学校に行ったとします。しかし放課後になると空は真っ暗になり大粒の雨が降り出した。

 ……ああ、やっぱり天気予報の通りだった。ああ、やっぱり傘を持ってくるべきだったな、と後悔しました。

 ところが……そのとき片思いしていた異性がすっと傘を差しだしてくれました。

 そして二人は相合い傘で家に帰りました。

 ああ、やっぱり傘を忘れて良かったな。……でも実は傘は持ってきていたのに忘れたふりをしていたわけなんだけど。

 ……これと似たような経験はこれまでありませんでしたか?」

 

 

 

 ……どういうたとえだよ。悪いがオレにはそんなおいしいシチュエーションは未だかつて一度もないぞ。

 

 

 

「あ、あたしそれと似た経験がある」




 ……だがユナエリには思い当たることがあるようだ。すると風祭さんは満足そうな笑顔になりやがった。

 

 

 

「……それはあなたが中学二年生になってすぐの中間テストの最終日だったはずです」




 と断言しやがったのだ。

 

 

 

「……そうかも」




 そのあとユナエリは絶句した。くちびるをぎゅっとかみしめたのだ。

 

 

 

「……そのときも時間ループは起きていました。まずその日、湯名衣里さんは傘を持たずに学校に行きました。すると夕方雨が降ってずぶ濡れで帰宅したのです。

 そしてその結果風邪を引いてしまい高熱を出しました。そして夜、布団の中で後悔したのです。

 ……ああ、やっぱり傘を持って行けばよかった、とね」

 

 

 

「それが心残り?」




 ユナエリが尋ねると風祭さんはうなずいて答える。

 

 

 

「ええ、そしてそのとき時間ループが起きたのです。最初のループではあなたは傘を持って通学した。それでやはり放課後になると大粒の雨が降り出したのでした。

 その結果、湯名さんは濡れずにすんだのですが、肝心の気になる異性の相手は別の女の子と相合い傘で帰ってしまったのです。

 だから、ああ、やっぱり傘は持ってこなかったほうがよかったのかもしれない、でも雨に濡れるのは嫌だな、とあなたは考えました。

 ……ここで二回目の時間ループが発生したのです」

 

 

 

 ユナエリは視線を落とした。

 

 

 

「そして次の時間ループではあなたは傘は持っていたのに忘れてきたとクラスで宣言しました。

 そしてその結果、めでたく気になる相手と相合い傘で帰宅できる結末となったのです」

 

 

 

「それはホントの話なの?」




「ええ、本当の話です。

 ……と、まあこんな風に君たち二人は過去にこれに似たような体験を実はもうなんども繰り返してきたのです。 ですが、なにもすべての心残りが生じたときに、すべて時間ループが発生するわけではありません。

 ……そうですね。そのときの思いの強さ、精神状態、体調、その他もろもろの要素が一致したときにだけ起こるわけですから、いくら君たちがこのようなキャリア、つまりそういう体質を持つ人間だとしても毎回毎回後悔したからといって時間が巻き戻ることはないのです」

 

 

 

 ……この話を信用しろ、っていうのかよ? 

 第一オレには相合い傘などというそんなおいしい記憶はないぞ。

 

 

 

 風祭さんはそこで席を立った。

 見ると気を利かせたようでコーヒーを入れ始めた。そして砂糖はいるかと尋ねたのでオレはいらないと答えた。だがユナエリはその質問が聞こえていないようだった。

 

 

 

「……でも、あたしはそのときの時間ループなんて憶えていないけど」




 ユナエリが置かれたコーヒーには手をつけずそう質問した。その顔は疑問が浮かんでいたんだがプランナーの風祭氏はまったく動じなかった。

 

 

 

「それは、あなたが時間ループそのものを憶えていないからです。通常の時間ループはそんなものなんですよ。次のループが起こるときに、記憶が上書きされますからね。

 だから、たいがいの時間ループは引き起こした人間でさえ、そんなことがあったとはわかりません。前回のループを憶えていることは、まずあり得ないのです」

 

 

 

 満面の笑顔で回答しやがった。……なんかうまくだまされているような感じもするんだがな。

 

 

 

 風祭さんの話を要約すると、……つまり時間ループを引き起こしやすい体質を持つ人間キャリアでさえ、その本人が心残りの結果から生じたいくつもの時間の繰り返しをなにひとつ憶えていないのが通常だというのだ。

 

 

 

 しかしその人間がそのシチュエーションの中で考えられるうちの最良の結果となるまで、何十回でも何百回でも延々と同じ時間がループされるのは事実で、ベストの結果が出るまで過去から未来へと流れる時間は、その瞬間にループを繰り返してしまうらしいのだ。

 

 

 

 そしてこういうことは、太古から現在までどの地域でも、どの時代でも、天文的な数で起こっているらしい。……しつこいようだがホントかよ?

 

 

 

「で、けっきょくその相合い傘の男とはどうなったんだ?」




 オレは二人の会話に割り込んだ。

 ……はっきりいおう。オレは風祭さんの話を信じ始めているユナエリに嫉妬していたし、それ以上に相合い傘男にジェラシーを感じていたからだ。 

 だが、

 

 

 

「……なんの話? ああ、その人と? ……つきあったけど三日くらいで振ったわよ。相性最悪だったし」




 ユナエリはあっさりと真相を告げやがった。

 おいおい、お前自身のプライベートなんだぞ。まるで他人事のようじゃねえか。

 

 

 

 まあ、でも……いや、別れてくれたのはいいんだが三日程度で男を振るってのもお前の性格に問題があるような気が……。

 ……まあ、いい。これはオレの私事だ。

 

 


「で、これからが本題なのですよ。ええ。はっきりと申せば今回のケースはかなり特別なんですね。

 そうそう、異常事態といってもいいほどなのですよ」

 

 

 

 言葉だけ聞くとかなり深刻そうだが風祭さんの顔はそれとは正反対ににこにことうれしそうだった。

 ……要するに営業モードってやつだろうな。なんせ、この人はこれから商売の話をしようってんだからな。

 

 

 

 時間はすでに夜になり、窓の外は真っ暗であった。

 一度見回りの教師が生徒会室にやって来たが、この高校の生徒会長という立場はかなりの権力があるようで、居残りを咎められることはなかった。 

 そして風祭さんはそれ自体が時間ループなほどに延々と説明をつづけた。

 

 

 

「時間ループを引き起こしやすいキャリアである君たちという人物が、今回の時間ループに密接に関わっています」




 ……まあ、今までの話を信用するとそういうことなるんでしょうね。

 

 

 

「そういうキャリアの二人が出会ったことで引き起こされた今回のループは、かなり特殊な例だと思ってください」




 ……特殊なんですか?

 

 

 

「特殊な例としての証拠は飛鳥井速人くんと湯名衣里さんが、時間ループを自覚していることです」




 ……まあ、確かにそうでしょうね。

 オレもユナエリも記憶を一度なくしてますけど。

 

 

 

「つまりは、そういうややこしい体質が引き起こす時間ループでも、そのキャリアがひとりだけならそれほど問題じゃありません。むしろごく自然で、天気のように雨が降ったり雪がつもったりするのと変わりません。

 しかし特殊体質の二人が偶然関わった今回の時間ループは互いの力の相乗効果で、とにかく複雑になっているのです」

 

 

 

 ……複雑ってどういうことなんです?

 

 

 

「そうですね。無理にたとえていいますと麻雀の国士無双とポーカーのロイヤルストレートフラッシュがコンボで出現した状態だと思ってください」




 ……あり得ねえ話だな。

 つまりはやっぱり非常事態ってことなのか。

 

 

 

 そしてこの時間ループの解決のために必要なことは、……当事者であるオレたち二人が今回のループの原因を知ることと、オレたち二人の手で解決しなければ永遠に終わらないということ、なのらしいのだ。

 

 

 

 ……つまりこのまま放置すると絶対に四月六日が終わらないことになるらしい。

 ……ヘヴィな問題だな。




「……すでにわかっていますでしょう? 原因はすべて君たちなんです」




 プランナー風祭氏はオレとユナエリを交互に見た。

 

 

 

「君たちが今日という四月六日にかなりの心残りを感じたことから時が明日へと流れて行けないのです」




 ……オレたちが原因? 四月六日に心残り? 

 ……いったいなんのこっちゃ?

 

 

 

「たとえ君たちでも心残りの原因、……つまり、望んでいることが二人ともまったく同じ形ならば時間はとっくに元の流れに戻っていたでしょう。

 ま、この場合ならばそもそも時間ループは起こりませんが……。

 でも飛鳥井速人くんと湯名衣里さんという特殊体質の二人が、……つまりキャリアの二人が、違う結果になる四月六日を望んだ。

 そしてその結果タイムパラドックスが生じて時は延々と四月六日を繰り返しているのですよ」

 

 

 

 ……だいぶややこしくなってきたな。話がわかんなくなってきたぞ。

 

 

 

「あの。……その言葉、聞いたことはあるんだけどタイムパラドックスっていうのはいったいなんなんです?」



 

 ここで風祭さんはオレのためにもっとも基本的といわれている「親殺しのタイムパラドックス」とかいうものを例にしてくれた。

 

 

 

「……未来から過去の時代へと来た人物が、自分を産んでくれる前の両親を殺してしまうとしますよね? 

 するとその結果はどうなりますか?」

 

 

 

 ……ああ、そういうことか。

 

 

 

「自分が生まれなくなりますよね?」




「そうです。その人物は生まれなくなるという矛盾。つまりその矛盾こそがタイムパラドックスなんですよ」




 ……そういえば、それ自体が目的で未来からやって来た不死身の殺人マシーンの映画があったな。

 

 

 

「と、いうことは今回のケースだと、どういうことになるの?」




 ユナエリが尋ねた。

 

 

 

「はい。今回のケースだと飛鳥井くんが望んだ四月六日の形と、湯名さんが望んだ四月六日の形がせめぎ合って未来の形に矛盾を起こしてしまい、どっちつかずとなって今日が終わらないのです」




 ……わからん。そろそろオレの頭は混乱しかけていた。

 

 


「……じゃあオレたちが着ている制服と通う高校が違うのが、この時間ループと関係あるってことですか?」




 オレは思わず尋ねた。

 すると風祭さんは「それこそ重要なポイントなのです」とニヤリと笑う。

 

 

 

「飛鳥井くんが望んだ高校生活と湯名さんが望んだ高校生活が違うからです。

 元々君たちはそれぞれ進学する高校が決まっていた。だけどそれは直前になって望んだ形とは違うことに気がついた。

 ……それが心残りとなって時間ループが発生したのです。そしてそのタイムパラドックスとして違う制服姿になってしまうのです」

 

 

 

 そしてオレをまっすぐに見つめてきた。

 

 

 

「君たちは今朝の公園でなにかを望みませんでしたか?」




 と質問してきやがったのだ。

 

 

 

「……オレが望んだ? 今朝の公園で?」




 オレの言葉に風祭さんはゆっくりとうなずく。

 オレは……もう何日も前のように感じる今朝早くの公園でのシーンを思い出していた。

 

 

 

 ……あ。……まさか。

 思い出すのは早かった。

 ……だけど、うそだろ? 

 

 

 

 オレはそこで初めてユナエリと出会った。

 ムサシと抱き合ったことで、いきなり変態扱いされたあのシーンだ。だがオレはそのことに不思議と腹が立たなかった。

 それよりもユナエリを今まで会ったことのないほどの美少女だと思った。

 

 

 

 正直にいおう。

 だから……、こんな女の子と高校で同じクラスになれたらいいな、とほんのちょっと思ったのだ。

 

 

 

「まさか……うそだろ?」




 それがオレの心残りなのか? 

 

 

 

 風祭さんはそんなオレを笑みをたたえて見ている。

 悔しいがこの人にはぜんぶわかっていることなのだろうな。なにしろ自称未来から来たプランナーなんだからな。

 

 

 

 ……だが待てよ。

 だとすると風祭さんがいうようにオレがキャリアで時間ループに対して特異体質を持っているならば、オレはユナエリと同じ高校のクラスになれるはずだ。だがいくら時間ループを繰り返してもオレはユナエリとは同じクラスになれない。

 

 

 

 と、いうことはもうひとりのキャリアであるユナエリがそれを拒んでいる? 

 

 

 

 ……そうなのかよ、お前はオレと同じクラスにはなることを拒否しているのか?

 

 

 オレはユナエリの顔を見られなかった。

 そして前回の時間ループでの夜の公園のシーンを思い出していた。警察官から逃げてたどり着いたあの星空の公園だ。

 

 

 

 そこでユナエリは「……だって今日が永遠に終わらなかったら会いたい人にこれから先に絶対会えないじゃない」とオレにつぶやいた。

 

 

 ……そうなのだ。おそらくたぶんユナエリはその会いたい人と再会したいんじゃないのか? 

 それがユナエリの心残りじゃないんだろうか?

 

 


「実はね。……早朝での公園であのあとムサシが車に轢かれそうになったの」




 ユナエリは突然泣きそうな声でつぶやいた。

 

 

 

「な、なんだって?」




 オレはとっさにユナエリの顔を見る。……あの、いとしいわんこが?

 

 

 

「ムサシがね。大通りを飛び出しちゃったのよ」




 話を聞くと通りの向こうに向かってなぜか突然走り出したというのだ。

 そしてあやうく車と衝突しそうになったらしいのである。

 

 

 

「大丈夫よ。無事だったんだから」




 とユナエリは答える。

 ……そうだよな。考えてみればわかるはずだ。

 もし無事じゃなければ、ユナエリがこうして平然としていられるわけがないしな。

 

 

 

「……もしかしたらあのときのことがあたしの心残りなのかも知れない」




 とユナエリは小さな声でささやいた。

 

 

 

「……」




「あのときムサシを車から救ってくれた人がいるのよ」




 その人物は気がついたときには姿が見えなくなっていたという。

 ……そうだったのか。

 ……それがお前が会いたい人なんだな。お前はその人に会ってお礼をいいたいんだろ? 

 

 

 

「そうかもしれない。ううん、きっとそうだと思う」




 ユナエリはうつむいた。そして長い髪に隠れて表情は見えなかった。

 ……でも、それだけじゃないんだろ? 

 もしかしたらなんだがムサシを救ったのは男で、しかもお前は、その男が好きになっちまったんじゃないのか? 

 

 

 

 ……オレはそんなことを思っていたのだ。

 はっきりいおう。

 オレは目の前が暗くなる思いだったんだ。

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