第7話 三回目のループ。三人目の手がかり。
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「ちょっとすみません。……あ、いいですか。いえいえお時間は取らせませんから。
えっと、今日入学したばかりの一年生ですよね? ああ、よかった。
……えっと、違う制服を着て入学してきた人を見ませんでした? ……え? あ、違う違う。夏服とか冬服とかのことじゃなくて、ぜんぜん違う高校の制服を着て入学して来た人。……え?
あ、違う違う。転校生のことじゃなくて新入生のことです。……あ、見てない。あ、どうも」
オレはぺこりと見知らぬ女子高校生たちに礼をした。
……なあにあの人? ……ナンパかと思っちゃった。と去り際の声がオレに届く。
そしてオレため息。……疲れた。
ええい、なぜこんなことをせにゃならんのだ。
と思いつつも向こうで張り切りまくっていやがるユナエリを見ているとひとりでやらせておくのはあんまりなので、オレはエイッと気合いを入れて、立ち直った。
……そうなのだ。オレはまたユナエリに振り回されていたんだ。
オレたちはマンションから街に出た。
ハンバーガー屋やドーナツショップ、本屋、ゲームセンター、服や雑貨、医薬品、お総菜あれこれなんかの店が建ち並ぶ駅前のアーケード街だ。
新入学おめでとうフェアとか新生活応援フェアとかののぼりが建ち並び、ちらしやティッシュを配ったり、タイムセールの呼び声なんかが飛び交ってものすごい数の人人人だった。
……とかく世は人であふれていやがった。
そんな中オレたちは制服姿の高校生を見つけると、すみませんと声をかけつづけているのである。
それもこれもユナエリのマンションでオレがついもらしちまった「オレとユナエリ以外の三人目の入学難民」のことだ。オレたちは今その「三人目」とやらを捜している最中なのである。
……こうして改めて見ると高校の制服ってやつはかなり雑多で多種多様、実に種があふれているのがわかった。いったいこの街のやつが通う高校ってのはどのくらいありやがるんだ?
「どうせならいちばん人が集まりそうな場所がいいんじゃない?」
こういったのはユナエリだ。もちろんその考えは間違っていない。
……だけど待てよ。街に出るのはいいんだが、どうやって探し出すつもりなんだ?
「決まってるじゃない。片っ端から声をかけるのよ」
と、いいやがったのだ。
で、……オレは正直うんざりしたんだが、相手が他校の教室にまで殴りこんでくる強烈なバイタリティーの持ち主であるユナエリ様なので、やれやれと思いながらもその後をついて行くことになったのである。
……まったくである。
気がつけば時刻は夕方になり帰宅途中の学生たちが目についた。
そんな中でもひとりだけ違う制服が混じった群れというのはほとんど見かけない。
だがオレたちが欲しいのはまずは情報なので、たとえ同じ制服で歩いている高校生たちでも見聞きした可能性があるから、ひとりももらさぬように流れをせき止めるようにして、どう考えても迷惑でしか思えない行為を粛々とつづけていたのだ。
こんな単純かつめんどくさい方法以外に、なにかあるんじゃねえかとオレは思った。
で、思いついたのがメール作戦だ。
それはスマホのメモリにある中学時代の友人たちすべてに「間違って他校に入学することになった人物を知らないか?」という内容で、メールを送りつけて情報収集をはかろうという作戦で簡単かつ効率がいいものだった。
と、まあ……オレたちはこんな感じの二方面作戦で三人目とかいうやつをあぶり出そうと実行していた。
ちなみにだが、ユナエリはこっちのメール作戦には参加していない。
それは決してユナエリに友人がいないわけじゃなくて、この街に同級生の知り合いがいないだけである。
ユナエリは先週、飛行機に乗って引っ越してきた女なので、遠く離れた旧友たちに無関係なメールを送ってもしかたがないからだ。
まあ、それで、あれこれ数時間が経過した。陽はだいぶ傾き始めていた。
街ゆく人々の中でオレが目につくのは、女の子とわんこにばかりなので、そのたび耳を引っ張られた。
「だってしょうがないだろ、この街だけでどれくらいの高校生が歩いていると思うんだよ、第一、三人目ってのは男か女かもわらないんだぜ……」
だから正直いうとオレは熱心じゃなかった。
あっちへ行って訊いてこい、向こうに行って尋ねてこい、なんてあれこれ指図されることにうんざりしていたんだ。
……気がつくとオレたちはかなり目立っていた。
なにしろなりふり構わずに、道行く高校生を見つけては声をかけることを繰り返しているからな。
……オレはどれだけ同じ台詞を口にしたかわからない。
まったくこのことの方がよっぽどループだぜ。
……振り返ると人々がオレたちを指さして不審顔でささやき合っていた。
でもまあ、仕方ないだろうな。逆の立場でこんな変なことを質問されればオレだってやつらと同じ顔をするさ。
そんな間にもオレが送ったメールの返事がつぎつぎと着信していた。
だけどオレとユナエリ以外に違う制服で入学してきた生徒の情報は得られなかったんだ。
はっきりいって不毛な作業だった。
でもユナエリはくじけなかった。オレたちは場所を変えて三人目を探し続けた。
……バス停、駅、コンビニと場所を替えては根気よく辛抱強く何度も何度も同じ質問を繰り返していたんだな。
で、なにかも嫌になって疲れてこっそり座り込んでいたオレだったが、一生懸命なユナエリの姿を見ているうちに、なんだか腹が立ってきた。
……くそ。オレは腰を持ち上げる。
ユナエリ、教えてくれ。なんでお前はそんなに一生懸命なんだよ……?
最初に気がついたのはユナエリだった。
場所は県道沿いのドラッグストアと書店に挟まれたコンビニの駐車場で、自転車通学の高校生たちに三人目を尋ねていたときだ。
「飛鳥井速人。……どうしよう?」
て、具合に顔面蒼白でオレに尋ねてきたんだ。
「どうしようって? なんだ?」
「ほら、あれ。……お巡りさん」
見ると駐車場にパトカーが止まり二人組の警察官がオレたちを指さしてこっちに向かってくる。
どうやらオレとユナエリは不審者として通報されたのは間違いないようだった。
「やっぱ、あたしたちがそうなのかな?」
「……いいから、来い!」
オレは問いには答えずにユナエリの腕を取って走り出した。
コンビニ奥に建つここのオーナー宅だと思われる一般民家の庭先に飛び込んだ。
「おい、コラ、ちょっと待ちなさい」と、警官の声がオレの背に届く。
待てといわれて待つやつがいるか。
「ねえ、どこに逃げるの?」
……どこへ? 知るか。
オレはとっさにつかんだユナエリの手首の細さに驚きを感じながら、いったん住宅街に入りこみ、いくつもの角を曲がり見知らぬ裏路地へと裏路地へと息を切らして走り続けたんだ。
それからもオレたちはしばらく走りつづけた。
警察官はとっくにまいていた。
向こうだって通報されたからやって来ただけで、盗みや放火をしたわけでもないオレたちを本気でとっつかまえる気なんてあるはずがないだろうし。
「ねえ……、飛鳥井速人。ちょっと待ってよ。止まってよ……。あはは」
気がつくといつの間にかユナエリが笑い出していやがった。……大丈夫かよ、こいつ?
「ど、どうした?」
オレは思わず足を止めた。
見るとユナエリはメガネを外して袖で目元をぬぐっている。
そうやってユナエリは涙を流しながら笑っていたんだ。
「あはは……。おかしい」
……笑ってるのか泣いてるのかはっきりしろ、なんてオレは思いながらも声を出せずにいた。
……正直こんなときなんていっていいかわからないしな。
「……怖かった。あー、驚いた」
「怖かったのか?」
「そうよ。悪い?」
……いや、別に悪くはないけどさ。
「あのね。お巡りさんが来ちゃったでしょ?」
「ああ。通報されたんだろ? 近くの住民かオレたちが質問した高校生かは、わかんねえけどな」
「うん。……だからびっくりした。あたしお巡りさんに追っかけられるって初めて」
……そりゃオレだって初めてだ。いちおうまっとうに生きてきたつもりだし。
「あたし動けなくなっちゃったのよ。そんとき」
「そうなのか?」
「うん」
あどけなくうなずいた。オレはそのときユナエリはかわいいと思ったんだ。
辺りを見回した。
ここは富士見丘公園だった。今朝早くにユナエリと初めて出会った場所だ。
すっかり陽は落ちて街灯が明るく光っている。
「ねえ、初めからこの公園を目指してた?」
「……いいや」
……オレは正直に答えた。
はっきりいうと夢中で走り回っていたから風景なんて見ちゃいなかったし、どこへ向かおうなんて考えてもいなかったんだ。
オレたちは水飲み場に向かった。二人とも必死こいて駆け回ったんで、干からびそうなくらいのどが乾いてたんだ。
「あー。おいしい」
ユナエリはホントにうまそうに水を飲んでいた。
「走ったあとだと格別だよな。オレも毎朝走ったときはいつもここで飲んでるんだ」
「そういえば、今朝もあなたはいたもんね?」
……そう。
オレは今朝早くここで水を飲んでいたらムサシが現れて、そしてこのユナエリと出会ったんだ。
「でも、おかしいね?」
「なにが?」
「だって、あなたとここで会ったのがもう何日も前の話みたいなんだもん」
……そうだな。オレは適当に相づちした。
オレは疑い深いのかもしれないが、ユナエリがいうように何日も前のことだとは思えなかったから。
……記憶にないから。
「なあ、どうしてオレたち以外の三人目を熱心に捜そうとしたんだ?」
とオレは尋ねた。とたんにユナエリが身を固くしたような気がした。
……いや、答えはわかっていたんだ。
ユナエリがいう四月六日が延々と続いているこのループを抜け出す手がかりを見つけたいのは容易にわかるさ。
だから仲間を集めて情報を交換して、なにが原因だかを探りたいのもわかるんだ。
……原因を突き止めてループを終わらせたい。
それは間違いじゃない。
……でもホントの理由は他にあるんじゃないのか?
実をいうと、このときのオレはもうユナエリのいうループ話を七割くらいは信じてもいいかな? と思い始めていた。
それは通報されてしまうほど本気なユナエリの姿を見たからだ。
だけど原因なんてホントにわかるのか……?
「そりゃ、ここまで来たらオレだって三人目に会ってみたいけどさ」
「けど……?」
「でもさ、……もしかしたら原因はアメリカかロシアとか中国とかの軍かなんかの研究の結果かもしれないし、SF映画みたいに未来世界の陰謀だったり宇宙人の時間兵器の影響かもしれないんだ。
もしそうだったら一介の高校生に過ぎないオレたちじゃどうにもならないぜ?」
それに、……オレは口をつぐんだ。
――案外このループ話はお前の完全なる妄想の産物で、今夜ぐっすり寝たら明日は四月七日になってるかもしれないだろ?
明日になればオレが烏沼高校に行けといわれたのも、お前が大鷹高校に通うように告げられたのも、教育委員会か学校の事務上の手違いだったって笑い話になる可能性だってあるんじゃねえか?
「……」
だけどユナエリはオレの質問の真意がわかっていたみたいだった。
そしてオレは答えを待っての無言、ユナエリは答えるべき言葉を選んでの無言がしばらくつづいた。
「……だって、今日が永遠に終わらなかったら、会いたい人にこれから先に絶対会えないじゃない」
長く待ってやっとユナエリの口からもれた言葉はそんな感じだった。
……ああ、そうか。ユナエリは好きな人に会いたいんだな。
オレはそう理解した。恋する女ってやつなんだな。
そのセリフをいい終えたユナエリは、そのままずっと自分の靴先を見つめている。
……オレはなぜだか心がちくりと痛んだ。
「ムサシの散歩をしなきゃ……」
「そうか、確かにもう夜だしな」
そういってユナエリは自分が住むマンションを見上げてオレに手を振った。だがすぐに戻ってきてオレに小指を差し出した。
どうやら指切りげんまんのつもりらしい。
「飛鳥井速人。……次に会うときも絶対に三人目を捜すことを約束して。
……時間ループを終わらせるために、あたしに協力して」
「おう」
「絶対だよ」
なんていいやがったんだ。
オレはユナエリの小指に自分の指をからませた。
まあいいさ、一生懸命なやつの応援をするのはわりと好きなんだ。
そう思いながらもオレは女の子の指ってこんなに細くてひんやりしてたんだと感心した。
そういえば最後に女の子と指切りしたのは小学生のときだったろうか?
そしてオレは軽い駆け足で去って行くユナエリの真っ白なふくらはぎを見ていた。
ひょんなことから変なことに巻き込まれて、とっても大変な体験をオレはした。
身体もすっかり疲れている。まったくさんざんな一日だ。
だけど、どこか楽しかったんだ。
考えてみればユナエリはオレの今までの人生の中で出会ったいちばんの美人だった。
……そりゃ性格には難はあるけどさ。
オレは夜空を見上げた。
晴れた空には無数の星が瞬いている。
だけどオレの頭の中に浮かんでいるのはユナエリだった。
不機嫌な顔で現れたかと思えば、いたずらっぽく笑って、警察官が来たときは真っ青になって、そのあと泣いて笑顔を見せた。
「ちぇ、ちぇ、ちぇ……」
オレは舌打ちした。
あんなきれいな子と知り合えたのにオレのこの息苦しさはなんだ?
オレはユナエリの去り際の言葉を思い出した。
するとイライラとは少し違う不満が胸の底からせり上がってくる。
なんだ? この気持ちは……?
「うそだろ……!」
……オレは両手でなんども顔をこすった。
自分の気持ちの正体がわかって恥ずかしくなったからだ。
「ちぇ!」
オレは夜空にもう一度大きく舌打ちした。
……バカだろ? アホだろ? とんでもない大マヌケだろ?
冗談じゃねえぞ。……オレはユナエリが会いたいと思う男に嫉妬してたのだ。
それから少し時が経過した。公園の大時計を見ると午後七時近く。
ユナエリの姿はすでに玄関ホールの中に消え、そして完全に見えなくなっていた。
オレは水飲み場の脇にあるベンチに腰かけた。
オレ以外にいるのは星空と街灯だけだ。
「……それよりも、三人目だよな」
気持ちが落ち着いたオレはひんやりと冷えたベンチで、ふと考えてみたわけだ。
――三人目の存在ってやつをだ。
そこでオレは振り返ってみる。
……ユナエリには悪いが街で捜し回ったことはあんまり意味がねえんじゃないかと思い始めた。
確かに声をかえた数だけはかなり多いんだが、この市内の高校生じゃないやつもかなり混じっていたはずだし、この市から隣町の高校に通うやつも多いはずだし、よそからこの街に遊びに来た連中だっているだろうしな。
それに、だ。
オレたちは、かなりあやしかったはずだ。……なんたって警察を呼ばれたくらいだからな。
だからもしかしたら、少しくらい情報を持っているやつが含まれていたかもしらんが、オレたちとの関わりをおそれて、だんまりを決め込んだ高校生がいたかもしれねえしな……。
調べようはないけどさ。
で、もうひとつの作戦であるスマホを使ったメール作戦だ。
オレは中学時代の友人から、単にメールアドレスを交換しただけの仲のやつにも、手当たり次第メールを送ったわけだ。
もちろん問い合わせた数だけでいえば、ユナエリ発案の街頭インタビューの方が圧倒的に多いんだが、この作戦の方が確実性があるはずだ。なにしろ顔見知りだけにしか送ってねえんだから、知ってれば絶対に教えてくれるはずだからな。
で、その中学時代の連中の進路先はさまざまなんだから、それこそこの市内の高校だけじゃなくて、県内各地の高校に入学したんだから、手広さからいえば断然メールの方が範囲がでかいってわけだ。
……なのに、なんにも情報がない、ってのはどういう理屈だ?
気がつくと、西の空の残照なんかはすっかりと消え去って黒に塗りつぶされている。もはや完全に夜だった。
オレは立ち上がった。
もうここにいる理由なんてないからな、家に帰って風呂でも入るか。
そう思ったときだった。
ふと水飲み場脇の植え込みが目に入った。
そういえば今朝早く、ここからムサシが飛び出してきたんだよな。
……そこからオレとユナエリのストーリーが始まったってわけだ。
「ん? 待てよ」
……植え込み。植え込み。……がさがさと揺れる植え込み。
……そうかっ!
オレは猛然とスマホを取り出した。そして叩きつけるように憶えたばかりの電話番号のボタンをプッシュした。
そしてコール音が聞こえてくる。一回、二回、三回……。
……あの野郎、なにやってんだ。さっさと出ろよ。
……つながった。
「オレだ。飛鳥井速人だ」
『ビチャビチャビチャ……』
……オレにはそう聞こえた。
「おい、聞こえてんのか? オレだよ、飛鳥井速人だよ」
『き、聞こえてるわよ。……もう、なんなのいったい?』
心なしなのか、オレにはもはや聞き慣れたその声にエコーがかかっているように感じられたんだ。
そしてキュッと音がするとビチャビチャビチャ音も止まった。
……も、もしかして?
「も、もしかすると、お前、今、風呂なのか?」
『そうよ。汗いっぱいかいたから、今シャワー浴びているの。で、これから身体を洗ってお風呂に入るとこ』
……うぐ。
『あー、今、のど鳴らしたでしょ? つば飲み込んだでしょ? ついでに想像までしちゃったでしょ? ……変態』
……そうだよ。悪いかよ。
……オレは頭ん中でお前の現在進行形のその姿をついでに想像しちまったよ。
『で、なんなの?』
「い、今から出てこられるか? 大事なことなんだ」
『今から? ……そりゃ出られないってことはないけど』
「頼む。オレはまだ公園にいるんだ。悪いがすぐに来てくれ」
『……ど、どうしたの? いったい?』
「……三人目の手がかりがわかった」
『ホ、ホントなの? ……まさか、うそいってるわけじゃないんでしょうね?』
……あのな、なにがうれしくて風呂入っている全裸女にこんなうそをつくやつがいると思ってんだ。
……いや、うれしくないわけは、ないか。
『……ごめん。よく聞こえない。今なんていったの?』
「いや、なんでもない。頼むから急いでくれ。マンションの入り口で待ってるからさ」
待ったのはたった五分ていどだった。
明かりが灯った玄関ホールからユナエリのシルエットが浮かび上がる。
「ねえ、三人目ってホントなの?」
ユナエリは疑わしそうにオレを見ていたんだが、オレにはそれはどうでもよかった。
……黒Tシャツの上に白いスウェットジャケットをはおって下にはブルージーンズというのはラフでいい。トレーニングウェアなんかじゃなくて、初めて見るちゃんとしたユナエリの私服姿ってやつは、なかなかかわいくて新鮮だしな。
それにオレが急げと頼んだんだから、この格好はたぶん部屋着だろうし、すぐさま駆けつけてくれたのは感謝する。だがな……。
「あのさ、その頭はなんなんだ? ターバン?」
「バカ。……髪の毛が濡れているからタオルを巻いてきたの。生乾きだと髪が傷むんだから」
……そうなのか? まあ、女には女の事情ってやつがあるんだろうな。
そういえば家でも姉貴たちがしていたっけ。
「あ、あのさ、自転車あるかな?」
「え、あるよ」
ユナエリはエントランス脇にある駐輪場に案内してくれた。
そこには防犯登録がしっかりされた婦人用自転車が置かれてあった。
つまりはママチャリだ。
「後ろに乗ってくれ。オレがこぐから」
オレはユナエリから自転車を受け取ると、そのまままたがった。
サドルの位置がちと低いがこの際ぜいたくはいってられないしな。
「……ちょっと今から行くの? ううん。行くのはいいよ。平気。
……でも会えるの? その三人目の手がかりになる人に?」
「わからん。……でもまだ会えるかもしれねえからな。可能性ってやつにかけてみる」
オレがうながすとユナエリは荷台にまたがった。
そしてオレは走り出す。
ふらふらと……。ふらふらと……。
ええい、ちくしょう。スピードが、あがらんだろうが。
「……あ、あのな。……オレは男でお前は女ってのは、よーくわかるつもりだ。
……だからな、密着しろとはいわねえけどよ、もう少し身体をあずけてくれよ。バランスが取れなくて、うまく走れねえだろうが」
「……え。……そ、それ無理かも。だ、だって……ごにょごにょ」
「は? なにが無理なんだ?」
おいおい。……まさか、また水色パンツがうんぬんっていうんじゃねえだろうな。
「だいたいお前は今ズボン姿だろ? スカートじゃねえんだからよ」
「ち、違う。そっちじゃない。……う、上の下着が……ごにょごにょ」
……て、てめえって、やつは。 ……っつーことはだな、要するにだな、
「つ、つまりは、ブ、ブラをつけてねえ、ってことだよな」
「は、は、はっきり、いわないでよっ! 変態っ!」
……ぐはっ! ノ、ノーブラなのかよっ!
……わ、わかった。わかった。オレが悪かった。
「い、急がしたのはオレだし、……あやまる。あやまる。もういわない」
だ、だから自転車を揺らすなっ。倒れるだろっ。
「だって、自転車でどこかに行くって思わなかったし、……てっきり歩きかバスだと思ったし」
ようやく後ろの御仁の怒りがおさまった。
……ったく、加減ってやつをしらねえのかよ。
「あ、歩きは論外だからな。……で、バスだとさ、この時間だと、どれくらい待つかわからんからな」
「いったいどこに行くつもりなの?」
「……私立
「鷺鳥高?」
オレは深くうなずいた。
……そうなのだ。オレの考えが正しければ、間違いなく三人目の手がかりはそこで得られるはずなのだ。
そしてオレは夜道の中でペダルに力をこめる。
だが自転車は、ふらふらと……。ふらふらと……。
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