第9話 「まぼろし鉄道」 02 渓谷と高架線路と機関車と。


「見てよ! すごいよ、ほのか」




 彩音ちゃんは興奮していた。

 私は高いところは苦手なのでしっかり木につかまっていたけど、彩音ちゃんは岩から身を乗り出して谷底を見ている。

 

 

 

「私ここでいいから……」




「もったいないよ。

 こんな風景めったに見られるもんじゃないわ」

 

 

 

 はしゃぐ彩音ちゃんを見ながらも、私は背中のリュックから漂う甘い匂いが気にかかっていた。

 

 

 

「ねえねえ、ほのか」




 私は彩音ちゃんの声を無視してリュックを開けた。

 

 

 

 ……最悪。

 

 

 

 思った通りだった。

 モモがいくつかつぶれていた。そしてトマトも……。 

 彩音ちゃんのリュックもきっと同じに違いない。

 

 

 

「ねえ、ちょっと大変。中身つぶれてるわよ」

 

 

 

  □



 

 カズキがぼくの袖を引いた。

 

 

 

「マナツ、見ろよ」




 足下のわずか先に規則正しく組まれた枕木と二本のレールがあった。

 

 

 

「おどろいたね。ここに機関車が走ってたんだ」




 枕木の間から真っ直ぐ伸びた鉄の柱が見えた。

 

 

 

「この谷に沿って走ってたんだな」




「すごいね。

 こんな場所に線路なんて、よく作ったね」

 

 

 

 ぼくたちは横になって枕木の隙間から真下をのぞく。

 はるかその先は白い泡をあげながら流れる谷川だった。

 

 

 

「目がくらむな」




「うん」




 ぼくは立ち上がる。

 

 

 

「さあ、カズキ帰るよ」




「どうして? 

 もう少し。……そうだなレールに沿って歩こうぜ」

 

 

 

 カズキは勝手に歩き出した。

 

 

 

「駄目だよ。約束だろ」




 ぼくは食い下がった。

 今言わなければどこまで行くのかわかったものじゃない。

 そして先を歩くカズキの袖を引っ張った。

 

 

 

「……ちょっと待て」




 いきなりカズキが立ち止まった。

 ぼくはあやうくバランスを崩すところだった。

 

 

 

「急に止まるなよ。落ちるかと思った」




「……おかしいぜ。これ?」




 しゃがみ込んだままカズキがぼくを見上げた。

 

 

 

「なにが?」




「見ろよ……。このレール」




 ぼくは絶句した。

 カズキが指さすレールの表面がにぶい銀色に光っていたからだ。

 

 

 

「ど、どういうこと。……これって? 今でも……」




 そのときだった。

 

 

 

「やっぱり思った通りね!」




 声に振り返ると勝ち誇ったかのように彩音ちゃんが枕木の上に立っていた。

 その向こうに困り顔のほのかちゃんも見える。

 

 

 

「な、なんでお前たちがいるんだよ!」




 カズキが叫んだ。

 

 

 

「あなたたち。

 ここへは来ちゃいけないって政代さんが言ってたでしょ! どういうつもり?」

 

 

 

 風が吹いて彩音ちゃんの長い髪がふわりと流れる。

 

 

 

「はん? 

 それはお互い様だろう? お前たちだって来てるじゃないか」

 

 

 

 カズキが反論する。

 

 

 

「私たちは政代さんに言いつかって来たの。

 あなたたちにフルーツや野菜を届けるようにって」

 

 

 

 彩音ちゃんのその態度は誇らしげで、まるで国連に依頼されて来た派遣軍だと言わんばかりだった。

 

 

 

「お、俺たちだって好きで来たんじゃない。虫を捕ってたらここに来ちまっただけだ」

 

 

 

 カズキは悪びれもせずに肩をすくませる。

 

 

 

「不可抗力って言いたいの? 

 笑わせないで! 最初からそれを建前にして、ここに来るつもりだったんでしょ」

 

 

 

「な、なんだよ。言いがかりはよせ。

 だったら証拠を見せてやるよ。マナツかごを見せてくれ」

 

 

 

「証拠だったらこっちにもあるわ。ほのかリュックから出して」




 枕木の上に虫かごと野菜果物が並べられた。

 

 

 

「すごい。虫がたくさんいるね?」




 ほのかちゃんが感心したように言う。

 

 

 

「重かったんじゃない? こんなにたくさん」




 ぼくは青々としたキュウリを手に取りながら言う。

 

 

 

「カブトムシなんて野蛮ね」




「うわ、このモモつぶれているじゃねえか」




 証拠物件を目の前にしてもふたりは言い合っている。

 

 

 

 ぼくとほのかちゃんはそれを他人事のようにながめて食べ始めた。

 

 

 

「これ、すごくうまいね」




「でしょ? 持ってきた甲斐があったわ」




「ねえ、真実はどうなの?」




 ぼくは尋ねた。

 

 

 

「真実?」




「うん。

 ぼくたちの方はここに来るのが目的で、虫取りは口実なんだ」

 

 

 

 ぼくは頭をかいた。

 

 

 

「こっちも同じ。

 野菜を届けるってのはアリバイなの」

 

 

 

 ほのかちゃんはため息をつく。

 

 

 

「やっぱりねー」




「引きとめたんだけどねー」




「けっきょくあのふたりってやること同じなんだよねー」




「要するにここに来たかっただけなのよねー」




「ま、ついて来たぼくたちも同罪なんだろうけど」




 ぼくとほのかちゃんは互いに諦観の中にあった。

 はははと互いに乾いた笑い声が出てしまう。

 

 

 

「……仕方ないわ。

 私たち全員で怒られましょう」




 風に煽られた谷川の飛沫がここまで飛んで来て、ときどきぼくたちの身体を濡らす。

 

 

 

「どうでもいいけど、食べれば?」




 ほのかちゃんがふたりに野菜を差し出した。

 カズキと彩音ちゃんは気まずそうな顔をしながらも、ほのかちゃんから受け取っていた。

 

 

 

 その後けっきょく少し線路の上を歩くことになった。 

 

 

 

 それはもちろんこの景色をながめたい気持ちもあったことに嘘はないが、方角から考えてしばらくここを歩いて戻った方が近道だとわかったからだ。

 

 

 

 あれからカズキと彩音ちゃんの言い合いも収まった。

 だがそれもわずかだった。

 

 

 

「ちょっと、カズキくん。それはどういう了見なのかしら?」

 

 

 

 カズキが虫かごの中にモモを入れているときだった。

 

 

 

「虫だって腹へるだろう。いちいちうるせえな」




「それは私たちがわざわざ背負ってきたものなのよ。

 それをあなた自身が食べもしないで虫にやるってどういう神経してるの?」

 

 

 

「こんなぐちゃぐちゃにつぶれているモモなんて食えるか。虫のエサにちょうどいいだろ?」




 彩音ちゃんがカズキの腕を掴んだ。

 

 

 

「なによ。その言い方。

 ……それに虫を捕まえるなんて野蛮よ。逃がしてやりなさいよ」

 

 

 

「なに言ってんだよ! せっかく捕まえたんだぞ!」




「どうせ帰ったら高く売るつもりなんでしょ?」




「な、なんだよ。それとこれは関係ないだろ」




「虫がかわいそうでしょ。虫にも権利があるのよ」




「なにが権利だ。

 だったらお前んとこだってネコ飼ってるだろ? 山ン中にでも逃がしてやれよ!」

 

 

 

「むちゃくちゃ言わないでよ!」




「同じ理屈だろ?」




 虫かごを奪い合ってカズキと彩音ちゃんがもみ合い始めた。

 

 

 

「いい加減やめろよ」




 ぼくはカズキの腕を掴んだ。

 

 

 

「彩音。ちょっとよして」




 ほのかちゃんが彩音ちゃんを押さえようとする。

 

 

 

 そのときだった。

 

 

 

「きゃー!」




 バランスを崩した彩音ちゃんが向こうに消えた。

 伸ばしたぼくとカズキの腕はむなしく宙を掴んだ。

 

 

 

「彩音ちゃーんっ!」




 ぼくたちはなにもかも放りだして腹ばいになった。

 はるか下の渓谷には彩音ちゃんの姿は見えなかった。

 

 

 

「お、落ちたのか?」




 カズキが呆然としてつぶやく。

 

 

 

「やめてよ」




 ほのかちゃんは涙目だった。

 ぼくは視界のすべてをくまなく見回した。

 

 

 

 真下の岩だなに生えた大きな木の梢が手に届きそうな高さにある。

 そしてその下枝の影に見慣れた服が見えた。

 

 

 

「大丈夫。あそこに引っかかってる」




 ぼくは指さした。

 

 

 

「よかった……」




 ほのかちゃんが泣き出した。

 

 

 

「木に引っかかるなんて運がいいやつだな」




 内心の動揺を隠すかのようにカズキは強がった。

 だが問題はどうするかだった。

 

 

 

「救急車呼ばなきゃ!」




 ほのかちゃんが立ち上がる。

 だがカズキがその手を掴む。

 

 

 

「なに言ってんだ。

 どうやって呼ぶんだよ? 俺たちで助けるに決まってるだろ?」

 

 

 

「どうやって? ロープとかないんだよ」




 ぼくが言うとカズキはそれに答えず梢に手を伸ばした。

 

 

 

「任せとけ。俺はなれてる。

 ……弟が木に登って降りられなくなると担いで助けたんだ」

 

 

 

 言葉に嘘はなかった。

 

 

 

 カズキはなれた動作で足場になる枝にリズムよく身体をあずけ、するすると降りていった。

 

 

 

「カズキくん大丈夫かな?」




「任せるしかない」




 ぼくたちは祈るようにカズキを待った。

 やがて声が聞こえてきた。

 カズキの声だ。

 

 

 

「気を失ってる。

 でも大丈夫だ。今から担いでそっちに行く」

 

 

 

 そしてカズキは宣言通り彩音ちゃんを背負って登って来た。 

 ぼくは梢のところでカズキに手を貸した。

 

 

 

「すごいよカズキくん。私見直しちゃった」




 ほのかちゃんが手放しで拍手した。

 

 

 

「まあ、いいってことよ。

 でもこいつは弟に比べてずいぶん重かったけどな」

 

 

 

 照れを軽口で隠すのはカズキらしい。

 でもぼくはそのとき背中の彩音ちゃんが一瞬ピクリと反応した気がした。

 

 


「見たとこ怪我とかはないようだな。頭打ってなきゃいいけど……」




 横にされた彩音ちゃんは気を失っていた。

 水を口に含ませると反応はあるが目は閉じたままだ。

 

 

 

「……仕方ねえな」




 カズキはひょいと彩音ちゃんを背負った。

 そしてぼくたちは線路の上を再び歩き出した。

 

 

 

 足を踏み抜かないように一歩一歩枕木の上に慎重に歩を進める。

 

 

 

「カズキ……。疲れたら代わるよ」




 ぼくが言うとカズキは首を横に振る。

 

 

 

「いい。これは俺の責任なんだ」




 山陰から現れた太陽がぼくたちをじりじりと照らした。

 汗は額だけでなくシャツの中でも胸から腹へ流れ落ちる。

 そして線路の向こうにゆらゆらと陽炎が生まれていた。

 

 


「だけど大丈夫かな? 彩音ちゃん」




 ぼくは目を閉じたままの彩音ちゃんが気になっていた。

 

 

 

「……大丈夫だろ。

 息はしてる。さっきから俺の耳に当たってる」

 

 

 

 カズキが顔をしかめて言う。

 かなり疲れているように見えた。

 

 

 

「ホント?」




 ほのかちゃんの顔がパッと明るくなる。

 

 

 

 そのときだった。

 

 

 

「……大丈夫。降ろして」




 ちいさいけどしっかりした声で彩音ちゃんが言った。

 

 

 

 カズキが背に回した腕をゆるめると、するすると彩音ちゃんが地に降り立つ。

 

 

 

「ホントに平気?」




 ほのかちゃんが尋ねた。

 

 

 

「……ちょっと足が痛い。

 骨折はしてないのが不幸中の幸いね」

 

 

 

 彩音ちゃんは首を振る。

 

 

 

「なにが不幸中の幸いだ。

 こっちはめちゃくちゃ重たい誰かのお陰で汗びっしょりだ」




 お礼を言われないことへの不満なのか、それとも心配したことへの不満なのか、たぶんその両方でカズキは不機嫌になる。

 

 

 

 彩音ちゃんは、フンと鼻で笑う。

 

 

 

「ホント。

 なんだか私にも、その臭いが移ったみたい」




 そして着ているシャツをくんくん嗅いだ。

 

 

 

「な、なんだと! おんぶしてもらって言う台詞か!」




「なによ。

 そっちだってあなたの人生とは一生縁がない、こんないい女と薄布一枚越しに密着できたんだから、とびっきりのいい思いしたんじゃない。

 感謝されてもいいくらいだわ」

 

 

 

「へ! 

 お前こそ比類なき性悪女のくせに、こんなにやさしく介抱されるなんて一生ありえないぜ。感謝しろよ」

 

 

 

「なによ!」




「なんだと!」




 互いにマシンガンの撃ち合いのように皮肉と嫌みが飛び交った。

 ぼくとほのかちゃんは顔を見合わせて笑った。

 これだけ元気なら大丈夫だろう。

 

 

 

 ……そしてそれは突然だった。

 辺りが急に薄暗くなり太陽の輪郭がぼやけた。

 いきなりひんやりとした冷気が辺りを包み。視界が効かなくなる。

 

 

 

 霧だった。

 それもとびきりの濃霧だった。

 

 

 

「どうしちゃったのかしら?」




 不安そうにほのかちゃんが言う。

 その顔はすでにはっきりと見えない。

 

 

 

「うん。

 いきなり霧の中になっちゃったね」




 ぼくは答える。

 さすがにカズキと彩音ちゃんもこの事態になっては言い合いをやめていた。

 

 

 

 気がつけばさっきまで聞こえていた水音も鳥の声もすべて聞こえなくなっていた。

 ぼくたちは無音の空間に、ただ立ちつくしていた。

 

 

 

 

 それからしばらくしたときだった。

 

 

 

「ねえ。……聞こえない?」




 彩音ちゃんがちいさいがよく通る声でつぶやく。

 

 

 

「ほら……、また」




 ぼくたちは耳をすました。

 

 

 

 やがて……。

 

 

 

「汽笛?」




「ああ、汽笛だ」




「そうみたいだね」




 遠くから汽笛が聞こえてきた。

 それは連続的に鳴らされる音で船のそれではない。あきらかに蒸気機関車のそれだったのた。

 

 

 

「どういうこと?」




 彩音ちゃんが始めにカズキを見、そしてぼくを見た。

 

 

  

「結論はわからないさ。でも足下を見てみろよ」




 カズキが手首を回転させて突き出した親指で地面を指さした。

 

 

 

「……ねえ、彩音ちゃんこれって」




 先にかがんだほのかちゃんが見上げて言う。

 

 

 

「そうね。ほのかも気がついた?」




「うん。レールの上に錆がないね」




「つまり……、これって?」




 ふたりの女の子は互いにうなずくと、すくっと立ち上がる。

 

 

 

「おばさん、なんて言ってた? 

 ずーっと昔に廃線になったって言ってたよな?」

 

 

 

 カズキが言う。

 

 

 

「うん。確かにそう言っていたわね」




 彩音ちゃんが答える。

 

 

 

「なら錆びてるのがふつうだろ? それに草や蔓もここには生えてない……」




「つまり……」




 ぼくは戦慄した。

 

 

 

「この線路は……使われているんだ」




 全員が無言だった。

 視界が悪く逃げ場のないこの場所に長居することは死を意味する。

 

 

 

 汽笛がまた聞こえてきた。

 それはさっきより大きく聞こえた。

 

 

 

「どっちだ?」




「わからないわ」




 濃霧の中で聞く音は方向がはっきりしない。

 ぼくたちの間に焦燥感が飛び交う。

 

 

 

 

「と、とにかく先へ急ごう。

 山へ戻れる場所とか、身を隠す場所があるかもしれない」

 

 

 

 カズキが先へうながした。

 

 

 

「ねえちょっと。

 戻った方が早いんじゃない? あなたの意見には確実性がないわ」

 

 

 

 彩音ちゃんが提案する。

 

 

 

「戻るにはさっきお前が落ちた辺りまで戻らないと意味がない」




「じゃあ、あなたの言うとおり先に進むとセーフゾーンが実在する根拠を教えて」




 困ったことに意見が分かれた。

 だがここで言い合いする訳にはいかない。ぼくはカズキの肩を叩く。

 

 

 

「ああ、わかってる」




 輪郭だけだが、向こうで彩音ちゃんの腕を押さえるほのかちゃんが見える。

 

 

 

「大丈夫よ。安心して」




 今は緊急事態なのだ。ふたりも諍いを起こす気はない。

 だが……、どちらに進むかでぼくたちの運命は決まる。

 

 

 

 そのときだった。

 

 

 

「あれ、なにかしら?」




 彩音ちゃんがぼくとカズキの後ろを指さした。

 

 

 

 見ると真っ白な霧の中に、ぼおーっと黒々としたものが浮かんでいる。

 

 

 

「四角いな。岩か?」




「建物かもしれないわ」




 ふいに汽笛の音が響いた。

 そして、しゅしゅしゅと蒸気の息づかいが意外と近くで聞こえた。

 

 

 

「来るぞ! 後ろだ!」




 その音はぼくたちが歩いてきた元の方向からやって来た。

 

 

 

「急げ!」




 ぼくたちはその音から逃げるように小走りに走った。

 こつんと当たった足下の小石が枕木の間に落ちて消えた。

 

 

 

「どうしてこんな山の中に……」




 先頭を行くカズキが振り向き言う。

 カズキは彩音ちゃんの手を引いている。

 

 

 

「知らないわよ」




 少し足を引きずりながら彩音ちゃんが答える。

 

 

 

「あぶない」




 ぼくは転びそうになったほのかちゃんを支えた。

 

 

 

 とっさに振り向いたが音の主の姿はまだ見えない。

 しかし音はもう間近だった。

 そして耳をつんざく汽笛が響いた。

 

 

 

「つかまれ!」




 見るとカズキが胸の高さほどにいた。

 登れる場所があるらしい。 

 手を伸ばすとぼくとほのかちゃんは同時に引き上げられた。

 

 

 

 そのとき……。

 ごうっという轟音とともにぼくの背後を真っ黒い質量が空気を切り裂いて走り抜ける。

 

 

 

 振り返ると黒い機関車に引かれたいくつもの青い客車が通過していた。

 しばらくぼくたちは声が出なかった。

 

 

 

「……間一髪っていうのかな?」




「そうみたい」




 列車が完全に走り去り音の余韻が消えるまで、ぼくたちはただ立ちつくしていた。

 

 

 

「なんなんだったんだ……あれ?」




「さあ、やっぱり蒸気機関車だったんじゃないかしら?」




「あぶなかったな……」




「ええ。

 ……私たち危うく享年十一歳になるところだったわ」




 ぼくたちの間に現実感のあるようなないような会話が飛び交った。

 

 

 

「ここ、どこだろう?」




 ぼくは誰に言うでもなく言った。

 

 

 

「駅。……かしら?」




 確かにぼくたちが立っているのはプラットホームのように思えた。

 

 

 

「向こうに駅舎みたいなのが見える。行こう」




 ぼくたちは誰もいない改札を抜けて駅のロビーに到着した。

 

 

 

「おーい」




 高い天井にぼくたちの声がこだまする。

 

 

 

「誰もいないみたいね……」




 ほのかちゃんがつぶやく。

 

 

 

「駅員もいない、乗客もいない……」




「おまけにボロ。廃棄された駅ね」




 カズキの言葉を彩音ちゃんが引き取る。

 

 

 

 駅はまさに廃墟だった。

 柱こそしっかりしているものの、壁はやぶれ、一部は生えた蔓草と同化している。

 

 

 

 はがれかけたポスターは、ちぎれてそしてすっかり色が褪せ、四隅に止められた画鋲の部分だけが、錆びたまま残っている。

 

 

 

 ロビーと駅員室を隔てたガラス窓はすっかり割れていて、するどい破片をむき出しにしている。

 壊れたベンチ、うっすらと積もった埃、ちぎれたコード、転がる深緑色の空き瓶……。

 

 

 

「きっと何十年もこのままなんだね……」




 ぼくの言葉に全員がうなずいた。

 

 

 

「これからどうするか、……だな」




 カズキが歩き出す。

 

 

 

「どこ行くの? 

 現在位置もわかってないのに」




 と言いながらも彩音ちゃんも歩き出す。 

 そしてぼくとほのかちゃんも……。みな不安なのだ。

 

 

 

 ぼくたちは駅の外に向かって歩いた。

 だが先頭を歩くカズキが首を振る。

 

 

 

「行き止まりだ」




 谷川が線路に沿うように流れていてその向こうに道があった。

 だがそこに行く橋が途中でなくなっていた。

 川には元は橋の一部だった大きな石の破片が、流れを邪魔するようにそこかしこに落ちていた。

 

 

 

「例え無理に川を渡っても、その向こうもまた行き止まりだ」




 カズキが指さす方向を見ると崖沿いになっている道の壁が崩落していた。

 ひと抱えもありそうな大きな岩がごろごろと重なって向こう側を隠している。

 

 

 

「絵に描いたような最悪ね」




 彩音ちゃんがぽつんとつぶやいた。


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