第13話 大蜘蛛
『水場』は、生き物にとって無くてはならないものだ。
そして、この地底湖はこの国の人々にとって生きるための糧であり、崇め奉るべきもの。こうやって戦士を配して守っているのは当然のことなのだ。
だから、みんなは直ぐに戦闘態勢に入っていたのに、俺は気づきもしなかった······
「この人たち、このままで大丈夫でしょうか」
「一応記憶操作はしておいたけど、いつ目覚めるかはわからないから急ぎましょう」
水辺の周りを調べてみれば生贄を捧げる石台があったが、今は遺骨もなく褐色に彩られているだけだった。
「うーん、ここではないのかな?」
史部さんも首を傾げている。
「あの中も見てみましょう」
鏡子さんが指差す先には林立する巨大な鍾乳石の柱。まるで宮殿のような壮麗さだ。
近づいてみると螺旋状に足段が彫り込まれており、徐々に上へと登れるようになっている。明らかに人の手が加えられた形跡。頂上には狭い入口があり、更なる深淵の存在が示唆されていた。
「もう少し奥まで行ってみるか」
「ええ」
白い岩肌を水が伝い流れ、洞窟の温度は寒いけれど、足元は明らかに歩き削られた跡が続いていた。道はやがて上り坂となり、周囲が赤褐色へと変わるにつれて空気が暖められていく。
「秘された場所のようなのに、人の痕跡も多い。これは期待できるかもしれないわね」
「そうだな。神官の秘儀の間とかあったら最高だな」
「盛り上がっているとこ悪いんだけどさ、さっきからグォングォンと低音が響いているんだが」
鏡子さんと史部さんのワクワクモードに水を差す東郷少佐の一言。
と同時にまあるい空間が出現。
何かの寝床みたいだなと呑気なことを思った俺。天と地がひっくり返った。
「うわぁ!」
「「飛鳥くん!」」「飛鳥さん!」
何故か頭の下からみんなの声が聞こえる。
ああ、逆さ吊りになっているんだ······
高速で回されて体中にべたベタベタの感触が纏い付く。首筋にチクリと痛みが走り、目しか動かせなくなった。
「蜘蛛!」
「デカい」
「よくも私の助手に手を出したわね」
鏡子さん、また『私の助手』って言ってくれたけど·····今回は男心としては微妙。まあでも、こんな情けない姿晒しているしなぁ。
頭に血が上ってぼうっとしてきた。
東郷少佐が踊り飛んで巨大蜘蛛の頭上へ。剣でグサッと甲羅を突き破るもダメージ無し。うるさそうに軽く頭を振るだけで、弾き飛ばされそうな風圧が巻き起こる。
即座に飛び上がり、二の太刀三の太刀。炎を纏った刃を叩きこまれて、流石に悶え始めた。振り上げた前足が宙を搔きみんなの頭上へ伸し掛かる。
それを隆田大尉の盾が足ごと砕く。だが、あっという間に再生してきた。
「チッ、再生タイプか。厄介だな」
呻く大尉。
みんなのお陰で、餌の俺から目を離し戦闘モードに入った大蜘蛛。
巨体の割に動きは速かった。戦車の車輪のようなガシャガシャ音を轟かせながら前後左右に動き回り、周囲の壁を破壊していく。
その時、鏡子さんが宙から降って来た―――
ズサッと糸に斬りかかる。
ありがとうございます!
身体の自由が効かないから目だけでお礼を言ったら、ふわっと笑いながら両手を差し出してくれた。
え!!
もしかして、お姫様抱っこされてる?
「麻痺で飛行魔法発動できないんでしょ。琴音ちゃんが待っているから安心して」
ううう、格好がつかな過ぎて·······情けない。
絡まる糸を引き裂いて、直ぐさま柊さんが回復魔法をかけてくれた。
ふうっと力が抜けたらそのままゲホゲホと咽てしまう。
「解毒が百パーセントじゃないわ。やっぱりあいつを捕まえて成分分析しないと、いつまでも本調子にならないかも」
何それ、恐ろしいことを言わないで。
「患者の命がかかってるの。少佐、大尉、さっさと生け捕りにして」
え、命令口調!?
淑やかな柊さんのイメージに修正が入る。
「琴ちゃんよう、わかってるって。けどよう、地盤が緩すぎるんだわ」
大蜘蛛の足を木っ端微塵に砕きながら、隆田大尉が答える。
「クソッ! ここで爆烈剣は使えねぇ。俺達まで生き埋めになっちまう」
東郷少佐も歯噛みする。
そっか、俺たちの身も危なくなるんだな、この二人の全力って。
つまり、こういう状況には不向きなんだね。
「俺がやる」
その時、修蔵君が飛び出して来た。
素早く魔法陣を展開。大蜘蛛を包み込む。
パンパンに膨らんだ魔法の風船がブシュッと音を立てて一気に縮み始めた。けれど、跳ね返そうとする蜘蛛の力が拮抗して、何度も収縮と膨張を繰り返す。修蔵君の額から大量の汗が流れ落ちる。
「くっ」
「頑張って!」
鏡子さんの声に、ピクリと反応した修蔵君。一気に盛り返した。
遂に巨大蜘蛛が、収納サイズに。
凄え!
ちっこい普通サイズになってしまった蜘蛛は、戸惑ったようにチマチマ動き回っている。でももう、ガシャガシャ音は聞こえない。
「桐原さん、凄いです! ありがとうございます」
そう言った柊さんの目がキラキラと輝いていた。
修蔵君にじゃなくて、蜘蛛に向けて!
巫女装束から注射器を取り出すとプスッと蜘蛛に突き刺した。
「ウフフ、うふうふ」
笑顔で語りかける。
「うふふ、今からあなたのこと、隅から隅まで調べてあげますからね〜」
「ああ、スイッチ入っちまったか」
東郷少佐の諦めたような声。
一体なんのスイッチ?
「あいつ、毒の研究が大好きなんだよ」
隆田大尉の遠い目。
生き生きとした柊さんは、スポッと針を抜くと指先に一滴垂らしてぺろり。
な、舐めた!
「うーん······なるほど、なるほど」
嬉しそうにそう言うと、もう一度俺に回復魔法をかけてくれた。
お! 確かに。先ほどとは比べ物にならないくらい、清々しく軽やかな気分。これで完全解毒ってことなのかな。
「どうかしら」
「ありがとうございました。スッキリしました。でもあの、柊さんは大丈夫なんですか?」
「良かった。あ、私は平気だから」
嬉しそうに笑っているから、本当に大丈夫なんだろうな。
「こいつの身体、相当毒耐性あるから気にすることないぞ」
「身体で感じるタイプなんだと」
東郷少佐と隆田大尉が太鼓判を押してくれた。
「皆さん、助けてくださってありがとうございました」
「飛鳥君こそ、大変な目に遭っちゃったわね」
鏡子さんはそう言って労ってくれたけど、自分の危機管理の甘さが招いたことでもあるからな。落ち込むなぁ。
そんな俺のどんより気分は直ぐに現実に引き戻された。
「ねぇ、この子持ち帰りたいんだけど」
おねだり視線の柊さん。修蔵君を期待の眼差しで見上げている。
「ったく。お前は馬鹿か! 生体なんか無理に決まっているだろう」
「真剣に頼んでいるわよ」
毒舌をものともせずグイグイ迫る柊さんに、修蔵君がヒクヒクと口の端を引き攣らせる。
「化石になってりゃ」
「それでいいよ」
「あんたの全責任でなら」
「もちろん。私が全責任を持ちます。うふうふ、実験しまくってあげる〜」
瀕死の蜘蛛はピンセットでつままれて、これまた巫女装束から取り出された琥珀の小箱に放り込まれた。その上から修蔵君が魔術を掛けると、琥珀の中の蜘蛛は動かなくなった。
この二人、やっぱり怖えぇ······
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