第11話 初陣

 いよいよ、記念すべき時空の旅への一歩を踏み出す日がやってきた。


 みんな、各々好きな服装で良いと言われたんだけど······普通は動きやすくて安全に配慮した服装って意味に捉えるよね。

 それなのに、この連中、もとい考古学資料室のメンバーときたら、一番テンションがアゲアゲになる服を選んできたに違いない。


 カウボーイハットの史部さんに黒装束の黎明さん、白騎士姿の修蔵君。国王軍の方々はいつでも制服なのにって······違うー。彼らも個性的だった。

 侍姿の東郷少佐にバットマンスーツの隆田大尉。


 うん、もうコスプレ大会って事でいいのかな。


 そんなみんなを信頼の瞳でぐるりと見回した、鎧ドレス姿の鏡子さん。正に姫騎士。凄く可愛いくて格好いいんだけど、怪我しないか心配だよ。

 

「いよいよ、私達の記念すべき一歩を踏み出す時がやってきました。皆さん、己の果たすべき役目に全力で向き合い、無事ミッションを成し遂げましょう。そして一番大切なことは、誰一人欠けることなく帰還することです」 


 そう言って皆に盃を手渡してくれた。巫女姿の柊さんがお神酒を注いで回る。


「我らの成功を祝して、乾杯!」


 皆一気に飲み干した。死にたくないから盃を割るようなのは無し。


 こう言うの、出陣式って言うのかな。実際の酒の量は殆どないから酔うことはないだろうけど。もう少し三半規管を大切にしたかったな。


 でも、これでよーくわかったよ。この連中は昔の風習を体験してみたくてしょうがないんだってことが。

 流石、考古学マニアの巣窟。


 相変わらずの猫耳コンビ、風花さんと天華さんが魔道具のイヤフォンとチョーカーを配ってくれた。


「皆さん同士の連絡と通訳機能をつけてありますので」

「これがあれば、現地の言葉がわかるってことか。助かるな」


 東郷少佐が感心していたが、風花さんはニッコリ。


「未知の言葉でなければですけど」


 確かに。 


 すうっと鏡子さんが近づいて来た。


「飛鳥君、初仕事頑張ってね」


 美しい笑顔で励まされたら、闘志もマックスだ。


「はい! みなさんの期待を裏切らないよう全力を尽くします!」

「そう力むこと無いわ。半眠りでも魔法陣描けるくらい特訓したからね」


 鏡子さんは俺をリラックスさせようとそう言ってくれた。

 でも、失敗は―――許されない。

 失敗は即『死』に繋がる。自分ひとりならいいけど、今回は違うからな。


 二手に分かれてタイムトリップすることになっているんだけど、今回は俺が初めてだから少しハンデをもらった。鏡子さんが五人、俺は三人で時空を超えることになる。


「史部さん、隆田大尉。どうぞよろしくお願いします」


 ベテラン二人のガッチリサポート付きってやつだ。


「飛鳥君、リラックスだよ。いつも通りにやれば大丈夫だからね」

「はい!」


「ふうっ」と深く深呼吸してから、俺は慎重に魔法陣を描き始めた。

 スルスルと浮かび上がる文様。鏡子さんに何度も確認した数字を書き込めば、底なしの重力に引きずり込まれる。

 時が風となって襲い掛かり息をも吐けぬほどの風圧となった時、ふわりと背に温かい物を感じた。


 史部さんの手だ!

 

 ほうっと息を吐いて気づく。


 息が吸える!


 いつの間にか大きな盾が俺達を護ってくれていた。


 流石、!

 こんな悪条件の中でも護ってくれるなんて。

 じわりと熱いものが胸に広がる。俺は一人じゃないと、心強かった。


「これが時空を超える感覚か」

「まあ、伊織の風刃の圧と変わらんな」


 やっぱり、二人とも凄い人達だ。



 長い長いトンネルを抜けて、ようやく足が固い地を捉えた。


 成功だ! 良かった。

 後は、千百二十一年の溶岩洞窟の前で鏡子さんたちと合流できていれば······


 小さな安堵が芽生えた刹那、視界より先に聴覚が揺さぶられた。


 うおおおおーーーー


 どよめく歓声に包まれる。


 え、ここどこ!?


 遅れて開けた視界に写ったのは、人、人、人の背。彼らが見つめるのは開けた場所で駆けずり回っている人達の姿。


 浅黒い肌に黒髪。生成り色のシンプルな服は、資料で見たアイレス王時代の予想図に似ているから、ちゃんと目的地に辿り着けたハズだけど、溶岩洞の前じゃない。

 階段式スタジアムのような場所で、大勢の人達が何かのスポーツを見て盛り上がっているところだった。


「史部さん、ここは一体······」

「あ、球技大会をやってるね」


 慌てた様子もなくそう答えた史部さん。

 その表情になんとなく違和感を感じつつも、時空転移失敗のショックが大き過ぎた。


 ああ······鏡子さんにがっかりされちゃうな。


「すみません、溶岩洞の前に上手く降りれませんでした」

「いいの、いいの。アイレス王、生で見れたし」


 指差す先には一際高い場所があって、色鮮やかな衣装と光輝く装飾を身に纏った男性が座って観戦しているのが見えた。

 並び座っている人も朱色の鮮やかなローブに身を包んでいる。


 数名の武官のような人がその周りに控えているから、確かに偉い人達なんだろうな。


 アイレス王らしき人は年の頃三十半ばくらいかな? 思ったより若そうだ。

 ん、後ろの人に何か話しかけてる。

 後ろの人も若そうだけど、こちらは戦士みたいだな。


「後ろの人は誰だろうな」


 史部さんがキラキラとした目で呟く。

 こんな時まで慌てず観察。この人、根っからの考古学マニアなんだろうな。


「ローブを着ている方は、多分神官だね。このあと、生贄を捧げる儀式をするんだろうな。ほら、あそこに石台と頭骸骨の壁が見えるだろう」

「と、頭骸骨の壁!」

「ああ、あの台の上で頭を切り離し心臓を取り出して、捧げるんだよ」

「うげっ」

「いやー、やっぱり生で見ると迫力あるね」


 いや、そんな嬉しそうに語る話では無いですよ。

 寧ろ早く逃げましょう! 俺は見たくないー


「でもね、石碑からの考察では、この残酷な風習はアイレス王の治世中に取り止めになったらしいんだ。こんなに盛り上がっていて、人々の精神生活に深く根付いている風習を止めさせるって、一体どんな手を使ったんだろうね。気にならないかい?」


 気にならないって言ったら嘘になるけど、もうその手には乗りませんからね。まずは鏡子さんたちと合流することが先決。


「あの、早くここから」

「これは熱い試合だな。うおー、体が疼く! 俺も参戦してくる!」

「あ、こら待て!」


 え!?


 一気にトラブルレベル爆上がり。


 史部さんの制止も虚しく、人混み掻き分け球技場へ走り込んでいく隆田大尉。

 目立つバットマンスーツを俺の頭に脱ぎ捨てて行ったのは······まあ正しい判断だと思うけど。


「ヤバい」

「まずいですよ。史部さん、歴史が変わっちゃう」

「アイツ生贄にされちゃうぞ」

「ええ!?」


 何がどうなっているんだろう。

 球技大会に参戦したら生贄って、どういうこと?




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