第9話 血判の誓い
思い掛けず、右手が温もりに包まれた。鏡子さんの真剣な眼差しから目が逸らせない。
「当然のことだけど、この魔法術式は特許庁には登録せず王家にて厳重保管しているの。その上、術式を覚えても適性者でなければ発動できないとても稀有な魔法。現在、わかっている限りでは、飛鳥君と私、私達の祖父二人しか発動成功者がいないのよ」
「そんなに少ないんですか!」
コクリと頷いた鏡子さん。
「だから、飛鳥君には私を助けてほしいの。一緒に時空の旅をしてもらえないかしら」
濡れたようなヴァイオレットの瞳を見たら、断れる男はいないと思う。
「もちろんです」
ぱあっと笑顔を咲かせた鏡子さんを見たら、鼻の頭がピクピクしてきた。
ふふん。
俺って国家レベルの貴重な能力の持ち主だったんだ!
顔がニヤけそうになってふと気づく。
いや、違うな。
簡単にみんなが使えたら歴史がコロコロ変わってとんでも無いことになるから、じいちゃんが何か細工でもしたんだろうな。
やっぱり凄いのはじいちゃんってことか······
そんな俺の思考には頓着無く、鏡子さんは立ち上がるとみんなに問いかけた。
「今回のプロジェクトは、葦ノ原王国の未来がかかった大切なミッションです。でも、過去へ行くということは想像を絶する危険と隣り合わせでもあります。東雲公爵が心血を注いで開発された魔法術式は完璧ですし、飛鳥君と私、二人で全力で旅路のサポートをしますが、絶対安全とは言い切れません。だから、嫌だと思われた方はここから去る権利があります。決断してください」
その言葉に、史部さんがふわりと笑う。
「俺は行くぜ。歴史上の推しに会える貴重な機会を棒に振るつもりは無いね」
「史部、ありがとう」
「貴重な遺物をここへ運ぶお手伝い、俺の全てを掛けるっす」
「転移魔法と透明化魔法って似てるから」
「危険だって? だから俺が必要なんだろ」
「歴史上の戦士の剣、受けるのが楽しみだぜ」
「神の導きなれば何処へも参ります」
「「私達は後方支援組ですけれど、いつでも共に行く覚悟は出来ています」」
皆が次々と決意表明していく。
「皆さん、ありがとうございます。その勇気に、国王代理として深く感謝申し上げます」
極上の優雅なカーテシー。
ああ、やっぱり鏡子さんは『姫』って言葉が似合うな。
だが、俺の眼福タイムは数秒で打ち切られた。
「ではこれより、『血判の誓い』をいたしましょう」と鏡子さん。
「け、血判だって!」
思わず上げた半泣きの叫びが皆の視線を呼んでしまった。
うっ、ヘタレって······今みんなの視線が『ヘタレ』って言ってる!
「ええ。かつての
かっこいいからって、それだけの理由なのかよ。
血判って、指にグサってやってジュワって血が出て······痛いよね。
「おお、いいな」
お、俺だけかなー、痛いのが嫌なんて思ってるの。
「あの······」
遠慮がちに声をかけてくれたのは巫女の柊さんだった。
「お手伝いしましょうか? 出血の術」
それはまた、まんまなネーミング魔法ですね。
口の端の痙攣が止まらないけど、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「お、お願いします」
「喜んで」
なんか嬉しそうなんですけど、気のせいかな。
一緒に血判状の前まで進んだ。
「じゃ、いきますよ」
柊さんが俺の右の人差し指の上で小さな印を刻むと、スルスルと血の糸が立ち上り始めた。
い、痛く······ない。
「どうぞ」
促されるままに血判状の上に指を載せればジュワッと吸い込まれて楕円の跡ができた。
「これが、出血の術」
「初めてでしたか。これは、止血の術の反転術式なんです。戦士や巫女は習いますが、普通はあまり使いませんよね。回復魔法で事足りますからね」
確かに。
でも、良く見れば考古学資料室の皆さんもそれで血判状に押したみたいで、この連中、どんだけマニアック集団なんだよ!
ツッコむのもいい加減疲れてきた。
俺、本当にここでやっていかれるのかな?
心配がぶり返してきたぞ。
「史部、後お願いね」
「任せとけ」
鏡子さんの依頼を受けて血判状に向き合った史部さんが魔法陣を刻むと、光輝く球体が現れ出た。そこへ血判から立ち上る十の血筋。
シュルシュルと吸血すると、球体は赤い色に変化し光を失う。硬質なガラス玉は円卓の中央へと供えられた。
「これは史部の禁忌魔法。
肉片一つって、言い方が物騒過ぎる!
でも、これは安全装置なんだろう。
鏡子さんと俺、二人に何かあったとしても、必ず全員で帰還するという強い意思表明。
従属魔法で結ばれた誓いの
「それでは、皆さん。楽しんでいきましょうね」
その言葉に、皆が深く頷いた。
第一章『閑職と侮るなかれ』完
【作者より】
お忙しい中、読み進めてくださりありがとうございます。
とてもとても励みになっております。
色々盛り込みすぎてアップアップしながら書いておりますが(笑)
今度ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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