第8話 蘇る記憶

 あの日、俺はいつものようにじいちゃんの作業部屋で遊んでいた。屋敷横に広がる森の中程に建てられた、じいちゃんが『ラボ』と呼んでいた小屋の中。

 じいちゃんは用事があって出掛けていて一人。

 だから、秘密基地みたいでワクワクしていたんだ。五歳の子供にとって、ここは冒険しがいのある場所だった。じいちゃんが居ないから、いつもだったら行かれないような部屋だって入れるし、何でも自由にさわれる。


 そして、俺は見つけた。

 実験ノートに書かれた魔法陣を。


 家庭教師が教えてくれる単純な奴じゃなくて、まるで綺麗な模様のように複雑で美しい魔法陣。


 だからつい試してみたくなって―――


 気がついたら、俺は光の中にいた。足元の魔法陣がピカピカ点滅して、数字を入れろと要求してきた。


 うーん、暗号なのかな?

 よくわかんないから好きな数字を入れてみよう!


『七三一』『二十』『八八』『一七』


 刹那、身体が魔法陣に吸い込まれた。

 慌てて掴まろうとしたけど何処もなくて、膝を抱えたまま前後左右ぐるぐるに回されて気持ち悪い。


 うわあああーーー


 最後はしたたかに身体を打ち付けられて気を失ってしまった。



 パチパチと火の爆ぜる音で目が冷めた。見回せば洞窟のようなところに横たわっていた。

 火の前に座り込む広い背中を見つけてサアーッと冷や汗が流れたけど、悪意は伝わってこない。ふと自分の体を見ればあちこちに擦り傷があって、緑の葉をすり潰したようなものが塗られていた。

 

 この人が塗ってくれたのかな。

 お医者さんかな?

 でも見慣れない形の粗末な服を着ている。


 その時、ふいっと男が振り向いた。ヒゲを湛えた浅黒い顔がクシャリと歪む。二言三言何か言ってきたけど、知らない言葉だったので黙っていた。


 男は欠けた器に食べ物をよそって渡してくれた。ドロドロとしたお粥みたいな感じで、どう考えても美味しそうに見えない。迷っていると、どうぞどうぞという身振りで勧めてくる。


 お腹空いてるし、食べて見ようかな?


 一口掬い取った瞬間、声も無く男が倒れ込んできた。


 ぎゃあっ!


 恐怖で泣きそうになった。逃げなきゃと思うも足が動かない。


 今度こそ死んじゃう!


「こんの、いたずら坊主!」


 あっ、じいちゃんの声だ!

 ガバッと包み込まれたじいちゃんの胸が温かくて、俺は我慢できずに泣きじゃくった。


「全く、おちおち出かけてもいられないな。だが、でかしたぞ! 飛鳥」


 でかい手でグリグリと頭を撫でられて、ぐしゃぐしゃの顔で見上げれば、大好きなじいちゃんが力強い瞳で見つめてくる。


「飛鳥、もう一度同じ魔法陣を描けるか?」 

「う、うん」

「今度はじいちゃんが言う数字を入れるんだぞ」

「うん」


 助かったと言う気持ちと怒られなかったと言う安堵感。

 期待が伝わるじいちゃんの目に、頑張ろうと気合が入る。


 俺は一生懸命にあの綺麗な魔法陣を描いた。

 満足そうに頷いたじいちゃんが俺を抱いたままその中に立つ。


「よし、帰るぞ」

「うん」


 手当をしてくれた人にはちょっと悪かったなと思ったけれど、じいちゃんが気を失っているだけだと言っていたから大丈夫だろう。

 俺はぎゅっとじいちゃんに抱きついた。だから、今回はぐるぐる回転するようなことはなかった。


 気づけばじいちゃんの作業部屋の中。

 だけど、ホッとできたのは一瞬だけ。


 だって、眼の前に魔法警察の警官が立っていたんだ。


 俺、捕まっちゃうのかな。


「流石、嗅ぎつけるのが早いな」


 いつになく厳しいじいちゃんの声。


「東雲公爵の別邸とはいえ、届け出の無い時空転移魔法の発動は看過できませんから」

 

 相手の警察官の人は男性にしては高めの声で、なんかヌチっとした粘りのある話し方をする。


「だが、私以外に時空転移魔法を成功した者がでたことは、喜ばしいことだろう」

「ええ、まあ。ですから、今回の禁忌魔法令違反は処分無しといたします。ただ、二回目はありませんので。例え子どもでも」


 俺、この人嫌いだ!

 そう思って睨みつけたら、そいつもヘビのような目でじろりとこちらを睨み返してきた。


「ああ、心しておこう」

「ご理解感謝いたします」


 男は慇懃な態度で敬礼すると出ていった。


 ほうっとじいちゃんが息を吐く。俺はいたたまれない気持ちになった。

 俺のせいでじいちゃんが大変な目にあってしまったから。


「じいちゃん、ごめんなさい」

「いや、良くやった」

「······」

「時空転移魔法の成功は、兄弟の中でお前が初めてだ。飛鳥以外、誰も成功できなかった事をお前はやりとげたんだ。じいちゃん、嬉しいぞ」

「本当!? やったぁ」


 じいちゃんに褒められた!

 あっという間に舞い上がる心。誇らしい気持ち。


 俺って凄いんだ!


「だが、これは危険な魔法だ。見つかれば禁忌魔法令違反で捕まってしまう。もう少し、お前が大人になるまでは封印しておこう。さあ、俺の目を見ろ」



 そうだ! そうだったんだ。

 全部思い出したぞ。


 それでじいちゃんが俺に封印の魔法をかけたんだ。時が来るまで待てと言って。


 でも、あの後しばらくしてじいちゃんは急逝してしまったから、それっきりになっていたんだな。


 うん!? 

 でも、どうして俺の時空転移魔法の事を鏡子さんが知っているんだろう。


 

「思い出したかい」 


 史部さんの声で現実に戻された。


「はい。何もかも」

「そうか。良かった」


「私のおじいちゃんと東雲公爵はとても仲が良かったのよ」


 俺の疑問に答えるように鏡子さんが言った。


「暁公爵とじいちゃんが?」

「違うわよ。母方の祖父、つまり元国王」


 え、えええー!


 鏡子さんは元国王の孫。つまり元国王の娘が鏡子さんのお母さんで、今の国王は叔父さんに当たるというわけだ。今は暁公爵家令嬢だから外孫ではあるけど、血筋的には王家の一員。

 

 ああ、だから王家の秘密にも詳しいんだ。


 鏡子さんの話によると、元国王と俺のじいちゃんは学友で仲が良かったらしい。で、時空転移魔法で歴史散策できたらいいなと盛り上がって話したそうだ。


 研究者肌のじいちゃんは真面目に取り組み始めた。でも、時空転移魔法は危険な魔法だから、制御できるようになるまでは田舎のほうが実験しやすいだろうと王都を去ったらしい。


 家族の間では、じいちゃんが元国王の不興を買って島流しになったと思われていた。だからじいちゃんは孤立していたんだと思っていた······


 どうやらそれは真実の姿では無いらしい。


「実は彩羽山の扉が開かれたのもその頃なの。だから謎の解明のために、東雲公爵は危険な任務を引き受けてくださったのよ。周りから疎まれ役を演じてまで」 


 ああ、そうだったんだ―――


 じいちゃんの熱い義侠心を知って胸がじわんとする。


 俺のじいちゃん、かっけー!



 

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