第7話 剣と盾と巫女

「お待ちしていました。これで旅のメンバーが揃いましたね」


 旅!?

 遺跡巡りの旅にでも出るのかな。


 せっかく鏡子さんの役に立てるチャンスだったのに、中断されてちょっと腹立たしい気持ちが燻っているけど仕方ない。



 国王軍の隊士と言っても、三者三様の雰囲気を醸し出している。


「暁室長、よろしくお願いします。この旅については、国王陛下もとても楽しみにされています」 

「身が引き締まる思いですわ」

「もちろん、我々もご同行できる事を光栄に思っております。全力で皆様の身の安全を守れるよう努めさせていただきます」


 不敵な面構えの男(胸に少佐の階級章)が敬礼すると、隣の筋骨隆々な大男と、華奢で丸みのあるフォルムの······女性だった! の二人も並んで敬礼。


 鏡子さんも敬礼を返してから、表情を緩めた。


伊織イオリちゃん、堅苦しい挨拶はこれで終わりにしましょう。みんなも席に付いて」


 い、伊織ちゃんだとぉ~


 伊織ちゃんと呼ばれた少佐がデレっと顔を緩める。この二人もどんな関係なんだろう。物凄く気になる!

 

「私から紹介するわね。こちらが東郷伊織トウゴウイオリ少佐。私達の護衛のために国王軍から派遣していただきました。『アシハラのツルギ』と言う通り名のほうがわかりやすいかしら」


『アシハラの剣』、この人が!


 二年前、隣国シャガール国との国境にある無人島に突如現れたゾンビ兵を、一瞬で殲滅したと言う英雄。だからこの若さで『少佐』だったのか。

 シャガール国からの侵略行為だったのか、自然発生的な現象だったのかは結論づけられていないが、平和ボケした我が国が震撼した事件だった。

 でも、そんな人が一緒なら安心できそうだな。


「それから、隆田虎悠リュウデンコハル大尉。『盾の継承者』と言ったらその実力は明白ね」


 『盾の継承者』! 防衛魔法体得者の中で、最優秀成績を収めた人にしか授与されない称号だ。こんな国防軍きってのエリートが同行するってことは、どんなに危険な旅になるんだろう。


 隆田大尉が「よろしく!」と挨拶すると、周りの機材がビリビリと鳴った。


「最後に巫女班から柊琴音ヒイラギコトネさん」


「誠心誠意治療させていただきますので、よろしくお願いします」

 長い黒髪を後ろで一つに結い上げた柊さんが、しとやかに頭を下げた。


 巫女班だって! 

 国王軍の救護班の呼び名で、こちらも治癒魔法優秀者しか採用されない部署だぞ。こんな女性に治療してもらったら最高だよな。


 俺がそんな妄想をしている間に、ミーティングは本来の姿を取り戻していた。



「じゃあ、本題に入ります。まず最初のターゲットはカルナ国のパイロエレフの杖。これは世界歴千八百五十六年に、北部の活火山シーモス山の麓にあるカリスト遺跡にて発掘されました。この遺跡が建設されたのは世界歴六百年頃と言われているから、この間の時期に飛べば良いと思うんだけど」


「鏡子、この辺りは支配権がよく入れ替わっている。なるべく安定した時期がいいと思う」

「史部がお勧めの時期は?」

「ズバリ、世界歴千百二十一年。この時代はアイレス王の全盛期だから安定しているはず」

「そんなこと言って、史部は推しのアイレス王に会ってみたいだけじゃないの」

「それもある」

「その時代だったら、トルティ(キッカの実の粉餅)を食べてみたいかも。留守番組の私達にもお土産忘れないでくださいね」

「私はミモラ(ミラと言う穀物で作ったドーナツ)。修蔵君、熱々のやつをお願いね。」

「わかったっす。必ず新鮮な状態でお届けします」

「俺はクリスタルの仮面」


 皆、これから観光旅行に行くみたいに気軽にやりたいことを言ってるけど、一体どういうことだろう?


「俺はコカナの葉巻吸いてぇな」

「駄目ですよ。それは現在の麻薬ですから」

「硬いこと言うなよ。当時は違法じゃないからチャンスじゃねぇか」

「駄目です。体に悪いのは変わりませんから。それよりマカルジュースにしましょう。元気になりますから」

「おお、いいな。で、ドンドラ伝統太鼓の音に合わせて俺のパーフェクト筋肉ボディを見せつけてやるよ。名付けて絶倫ダンス。スッキリしそうだろ」

「そういう意味で言ったのでは無いのですが······」


「あの······」


 おずおずと手を上げた俺を見て、鏡子さんが「あっ」と声を上げた。


「飛鳥君ごめんね。話が前後しちゃったわね。パイロエレフの杖を国際問題なく得るための一番の早道は、カルナ国がこの遺物を発見する前にゲットすればいいと思うの」

「はぁ?」

「つまり私と貴方の時空転移魔法でタイムトリップして、先にお宝をいただいてしまえば万事解決するってことよ」


 時空転移魔法でタイムトリップ!?

 先にお宝ゲット!?

 万事解決だって!?


 どこから突っ込めばいいのかわからないくらい荒唐無稽な話に、俺の思考は停止してしまった。


 先にお宝ゲットって、それって盗むことですよね!?

 そもそも歴史が変わるようなことしていいんですか?


 瞳に非難の色が出てしまったのだろう。

 鏡子さんが宥めるような顔になる。


「歴史改変の危険があるけど、背に腹は代えられないからね。それに、お先にゲットすれば盗んだことにはならないわよ」


 一見理屈にあっているように聞こえますけど、どっちにしろ盗掘では?


 そんな俺の思考を読んだように、鏡子さんが無邪気な顔で迫ってきて、「ねっ」ともう一度可愛く微笑んだ。ああ、眼福。

 って違うー!


 ダメだ。鏡子さんのペースに乗せられては。


 ツッコミどころはそれだけじゃないからな。

 

 鏡子さんと俺の時空転移魔法でタイムトリップするって言ってるけど、俺そんな魔法使えないから。

 何かの間違い、誰かと勘違いなのでは?


 高等魔術師試験の時だって、転移魔法の適性ゼロだったし。

 更なる上位魔法である時空を転移する魔法なんて、使えるわけがないじゃないか。


「あの、俺······」

「禁忌魔法だけど、ちゃんとここに使用許可証が発行されているから心配しないで大丈夫よ」

「いえ、あの、俺そんな魔法使えません!」


 自ら無能と叫ぶようでもの凄く心が痛かったけど、出来もしないことをできるなんて言うのは、もっと恥ずかしいから。


「すみません。せっかくチャンスをくださったのにがっかりさせるようなことを言って」

「あ、忘れてた」

「あ、悪い」


 鏡子さんと史部さんが同時に叫んだ。

 

「飛鳥君、ごめんなさい。貴方のその魔法、まだ封印されたままだったわ」


 封印? そんな都合の良い話があるのか?


「タイミングを図っていたら忘れちゃってたよ。ごめん。もう、この際ここでいいかな」


 そう言いながら俺の横に席を移動させて来た史部さんが笑いかけてくる。


「今から記憶の封印を解くから。俺の目を見て」


 徐ろにサングラスを外すと、真っ直ぐに俺の目を覗き込んできた。


 ああ、史部さんの目って綺麗な金色をしているんだな―――


 ぐわんと意識が揺さぶられて、頭の中を走馬灯のように記憶が駆け巡る。

 ピタリと止まった先には薄暗くて雑然とした部屋。


 ここは······じいちゃんの作業部屋か?

 そういえば、よく潜り込んで遊んでいたっけ。

 

 じいちゃんはいつも一人で色んな魔法実験をして作業部屋に込もっていることが多かった。でも、家族はそんなじいちゃんの事を疎ましく思っていて。

 俺も三男坊だから放って置かれていた。

 だから、あぶれ者二人で気が合って、いっぱい可愛がってもらったんだよな。


 それなのに、じいちゃんが死んだ後はすっかり忘れていたなんて。俺って、案外薄情な奴なのかも。


 突如、閃く記憶の欠片。

 

 そうだ! あの日もじいちゃんの作業部屋で遊んでいたんだ。

 


 


 

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