第6話 全員ミーティング

 今日は、配属後初の全員ミーティングが開かれた。


 室長の鏡子さん、翻訳担当の風花さんと天華さん。透明化魔法で探索が得意な黎明さんに収納魔法で大切な遺物を護る修蔵君。

 そして、初顔合わせとなったのは、昨日まで遺跡調査に赴いていた紫上史部シジョウフヒトさんだ。


 長身で穏やかな雰囲気。ブルーシャツにダークスーツ、黒髪にサングラス姿がバッチリとキマっていて、大人の色気がだだ漏れている。


「君が東雲飛鳥シノノメアスカ君だね。紫上史部です。よろしく」

 

 そう言って差し出された手は大きくて温かい。


「よろしくお願いします」


 これぞ魔法省の役人、そんなイメージ通りの人に初めて出会った喜びに、自然と深く頭を下げていた。


「期待しているよ」

「はい! 力の限り頑張ります」

「これで、飛鳥君との顔合わせは全員済んだわね」


 鏡子さんがそう言ってみんなを奥の部屋へと誘った。


「じゃ、行きましょう」


 壁際の本棚の前に佇み右手を掲げれば、空間がぶわりと揺れて包みこんだように見えた。


「認証OK。正常にアクセスされました」


 機械音声が聞こえた途端、眼の前の本棚が扉へと変わる。


 おお、物凄く如何にもな隠し部屋!

 なんかワクワクするぞ。


「飛鳥君、扉の中へ足を踏み入れたら直ぐに、飛行魔法を発動してくださいね」 

「は、はい?」


 何故と尋ねる間もなく、俺はもう足を踏み出していた。


 びゅゆゆうぅ~


 強風に頭を押さえつけられて、飛行魔法で飛ぶというより風の勢いで押し込まれているような感じ。まるで風圧エレベーターだ。

 バタバタとはためく洋服とブルブルと揺れる皮膚。顔の表情を保つのさえ難しいのは俺だけだ。皆は慣れた様子で、乱れ髪すらなく飛んで移動している。

 ううっ、これが魔力の差ってやつか······


 永遠とも思える時間だったが、実際にはほんの数分。真っ暗い筒の中を通り抜けて辿り着いた先には、四方をぐるりと取り巻く無数の画面とコンピューターが絶え間なく点滅し続けている部屋だった。


 ここ、地下、いやもう地底ってレベルだよな?


 レトロな洋館の地底に、こんな情報センターのような、管制室のような施設が隠されているなんて!


 よく見れば、世界中の衛星画像や政治経済情報が流れているようだ。


「ここは中央魔法省のシークレットデータルームよ。何重にも結界魔法が施されているから安心していいわ」 


「凄いですね! こんなところがあるなんて······」


 俺は今、憧れの中央魔法省の中枢にいるんだと思ったら、感激してニヤけてしまう。

 二週間前の俺に言ってやりたい。

 お前は選ばれた男だったんだって。


 中央の円卓を囲む形で席に着いた。


「それではミーティングを始めます。まずは新人の飛鳥君に分かるように、今までの経緯を簡単に説明してもらいましょう」


 鏡子さんの言葉に、史部さんが頷いて説明を始めた。眼の前の円卓にモニター画面が現れて、『星成記ホシナリノキ』や『竜翔紀行リュウショウキコウ』の説明が表示される。


「飛鳥君も鏡子から聞いたと思うけど」


 き、鏡子って呼んだ! この二人どういう関係だろう?


 下世話な考えが頭に浮かんで慌てて打ち消す。

 チクリと胸が痛むけど、相手が史部さんだと納得しか感じ無い。

 だめだ! 今は説明に集中しないと。


「実は王家の秘伝書の中には、大火や自然災害によって失われてしまい詳細がわからない部分があるんだ。その一つが直轄地、彩羽山イロハヤマの役割。形状的に、サラーブ国のピラミッドのような人工物ではないかと憶測されていたんだが、長年入口の発見すらできなかった。それが、魔素の発見により結界の解錠方法がわかった事で、ようやく内部に入ることができたというわけさ。ただ、聞いての通りそこに示された神器と斎蔵イミクラの神器とでは微妙に形が違っていた。だから考古学資料室では本物の神器を探すことが最優先事項になったんだ」


 史部さんはそこで俺の顔を見ると、ニコリと笑った。

 うっ、もう、笑顔がマイナスイオン発生器だよ。


「先代の室長までは、『星成記』に添って葦ノ原王国全土の遺跡調査を繰り返していたわけだが結局見つけられなかった。だから俺達は、今までとは違う視点から神器について議論することにしたんだ。それこそ、全てを疑うところからね」


「そして気付いたの。神器が葦ノ原王国アシノハラオウコクの中にあるとは限らないって」

「え!? 神器が国外にあるってことですか!」


 途中交代した鏡子さんが確信を持って頷く。


「ええ。だってこの葦ノ原王国の民が、天球の始まりからこの地にいたとは限らないでしょう。民族大移動で西へ東へ北へ南へ。広がり辿り着いた先が我が国だとしたら、『星成記』に語られる神器は、天球中に散らばっていたとしても不思議は無い」

「た、確かに」


 でも、そんなんでいいのか、王権?

 レガリアの意味が無いじゃねぇか。


 俺の心配をよそに、再び史部さんにバトンが渡る。


「そういう視点で、風花さんと天華さんにあらゆるデータを探ってもらったんだ。ここのコンピューターで」


 その時、風花さんがコンピューターに近づきキーを叩くと、一つの画面が暗証解析画面に変わった。


「二人は情報収集のプロ。文字に置き換えられてさえいれば意識を潜り込ませることができるからな」

「つまり、それは······」


「「私達、ハッキングのプロなの」」


 ああ、これが二人の禁忌魔法ってことか!


「二人が作成した候補品を俺と黎明で実際に見に行って、更に候補を絞る。そうして確信に近い手応えを得られた物がいくつかあるんだ。黎明、カルナ国宝博物館のパイロエレフの杖の様子はどうだった?」


 今日も安定のペストマスク姿。黎明さんがくぐもった声で答えた。


「ガラスケース越しだけどサイズ感、細かな意匠、どれもデータ通りだと思う」

「良かった! これでようやく動けるわね」


 鏡子さんが珍しく興奮した声を上げた。


「あの、つまりパイロエレフの杖が、火の神ホムラヒメの本物の神器ってことになるんですね」

「多分」


 ボソリと呟いた黎明さんは、鏡子さんとは対象的なノーマルモード。

 

「でも、カルナ国の国宝として展示されているものを貸し出してもらうのは難しいですよね、きっと」


 つい口からこぼれ落ちた疑問に、何故か鏡子さんが笑っている。


「貸し出しなら可能性はあると思うけど、それだと国同士の正式な契約問題になっちゃうでしょ。そんな物が数日消えたとか、無くなったりしたら大問題になっちゃうものね」


 それは駄目に決まってますよ!


「だからといって、バカ正直に話すのはもっと無理」


 そりゃ、魔素生成の実験なんて言ったら各国に手の内を明かすようなものだし。


「だから、飛鳥君の魔法が必要になるの」

「へ!? 俺の魔法ですか?」


 俺、みんなみたいな禁忌魔法級の能力なんて持ってないですよ?


「貴方の魔法、つまりね······」


「失礼します。遅れてすみません!」


 良いところで邪魔が入った。

 振り向けば国王軍の白い軍服に身を包んだ隊士が三人。


 一体なんだろう?



 


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