第5話 禁忌魔法の使い手

 魔素を集める―――


 確かに、各国が凌ぎを削って研究しているが、未だ魔素の生成に成功したというニュースは聞いていない。それだけ、人工的に作り出す事が難しい素材なのだ。


 もしそれが、神器の奇跡によって可能になれば······


 国力が小さい葦ノ原王国にとって、世界に対抗するための大きな武器になるはず。

 

「飛鳥君、考古学って言うのはね、過去を知り未来に活かす学問なのよ」


 去り際にそう言った鏡子さんの言葉が印象深くて、俺の中でずっとリフレインしている。



 のだけど、そこに入り込む雑念が······


 双子の銀髪童顔美女。

 風花さんと天華さんの頭の上で、朝から猫耳が揺れている。

 通信魔道具だということは分かっているんだけど、あまりにも似合っていて可愛いから、ついつい目がいってしまうんだよな。


 でも、あの魔道具は市販品でセキュリティはあまり信用できないから、機密事項の高い部署で使うのってどうなんだろう。

 ここ、考古学資料室は雑然とした見た目と違って、実はとっても機密事項だらけの部署なんだから、そこのところはもう少し意識高くいったほうがいいんじゃ無いかな。 


 さっきからあーでもないこーでもないと、俺の知らない外国語で通信相手とやり取りしている二人。


「そんなに気になりますか?」


 俺の視線に気づいた風花さんが、会話を終えると尋ねてきた。

 盗み見がバレバレだったらしい。


「似合っているでしょう」


 無邪気に自ら可愛いアピールをしてくる天華さん。


「はい。お二人ともとってもお似合いです。でも······」 

「「セキュリティ面で心配しているのね」」


 二人の声がハモった。


「ええ、まあ」


 正直に答えれば、風花さんと天華さんは顔を見合わせて笑う。


「見た目はそこら辺で売ってるのと一緒だけど」と風花さん。

「それは単なるカモフラージュのためよ」と天華さん。

「まあ、でもこれはファッション的に気に入ってるからだけど。ね、天華」

「そうね、風花。どうせ使うなら楽しくって似合う物の方が良いものね」 

「「でもね、飛鳥君」」

「は、はい!」


 思わず背筋を伸ばした俺。二人の視線に挟まれて目が左右に泳いでしまった。


「「これは特別仕様なのよ」」

「で、ですよね〜」


 そりゃそうだよな。素人の俺でもわかるようなミスを、天下の考古学資料室がするわけないよな。

 そんな俺の後悔に追い打ちをかける声が降ってくる。


「ばっかじゃねぇの。新米のくせに余分な事考えている暇があったら、とっとと資料を頭に叩き込め」


 俺にだけ毒舌な修蔵君は、今日も変わらず悪態をつく。


 たった一歳しか違わないのに、凄ぇ先輩風吹かしてくる理由は嫉妬だとわかっている。

 初日に俺が室長の鏡子さんと別室で二人きりで過ごしたから。でも、その状況を作り出したのは、他ならぬ修蔵君の魔法だ。


 ま、本人は死ぬほど嫌だったかもしれないけど、大好きな鏡子さんの頼みじゃ断われなかったんだろうな。


 え、あれ?


 人を小人のように縮めて収納する魔法。

 かなりの高等魔法術だ。

 しかも、現在では禁忌魔法に指定されていたはず。監禁や誘拐に使われる危険な魔法だから、これは発動した時点で逮捕案件だったはずだぞ。


 如何に修蔵君が優秀で、上司命令があったとしても、あれはやっちゃいけなかったことなのでは? 大丈夫なのか?


 俺も共犯、なんてことになったら······


 その時、目の前の空間が揺らめいた。ぬうっと現れ出たのは白髪で飛び出たレンズ眼に鋭い嘴を持つ男。


「ぎゃあああー」


 やっぱり逮捕しに来たのか!


 異様な風貌に見据えられて、逃げなきゃいけないのに恐怖で身体が動かない。ガチガチと鳴る歯を食いしばるだけで精一杯だ。


「す、すすすす······」

「なんだ、こいつは?」


 くぐもった声が誰何すいかしてくる。


「新人の東雲飛鳥シノノメアスカ君ですよ」


 風花さん、お願いだからフルネーム言わないで〜


 心の中で絶叫するも、さらなる情報提供をする天華さん。


「結構、頑張り屋さんなんですよ。もう、ミコトノハをマスターしましたから」


 頑張り屋って! 嬉しいです。凄く。

 でも、それ、今じゃなくて······あれ? 和やかに会話している。俺、逮捕されていない。


 安心したら足の力が抜けてドスンと腰から崩れ落ちた。


「「飛鳥君、大丈夫!」」

「だっせぇ」

「新人か」


 風花さんと天華さんが両脇を支えて助け起こしてくれた。


「すみません、ご心配をおかけしました」

「誰も心配なんかしてねぇよ」

鬼崎黎明キザキレイメイだ」


 修蔵君の憎まれ口の後に、何事も無かったように名乗った黎明さん。己の顔を指さして付け加えてきた。


「似合うだろ」

「······はい?」


 似合うって何が?


「ペストマスクだよ。超絶クールだろ」


 あ、その顔面はペストマスクっていう仮面だったんですね。逮捕されるかもしれないという恐怖ですっかりそれが素の顔だと勘違いしていました······


 にしても、すっぽりと覆われていて、顔が全然見えないんだけど。

 気づいた風花さんが助け舟を出してくれた。


「黎明さん、それじゃ顔が見えないですよ」

「あ、そうか。でも······」

「でもじゃなくて、ちゃんと顔も見せてください」


 追い込む天華さん。

 

「だってさ、発掘現場もここも埃っぽいんだよ。俺は繊細でアレルギー反応が出るから外すの嫌なんだ」


 ぶつぶつと不満を零しながら、それでもカチリと留め金を外す。

 現れ出たのは色白の肌にアイスブルーの瞳。本人の申告どおり、氷細工のように繊細で儚げな透明感溢れる美青年。


 その姿が更に透明度を増し······空気に溶けた。と思ったら、また徐々に質感を増し、溶けて現れて溶けて現れて。


「アハハハ」


 爽やかな声で笑った黎明さんが、驚いてポカンと口を開けたままの俺を楽しそうに見つめ返してきた。


「な、面白いだろ?」

「あ、あの、それって透明化魔法ですよね」

「ああ、そうだよ」

「それって······その」

「禁忌魔法だよ。でも、ちゃんと使用許可証を貰ってるから平気」

「使用許可証!」


 思わずゴクリとツバを飲み込んだ。


 透明化魔法、これも禁忌魔法の一つだ。見えなければやりたい放題犯罪だって出来てしまうから、許可された人以外の使用は禁じられている。

 つまり、彼はその数少ない一人ということ。

 

 黎明さん、一体いつからここにいたんだろう。聞きたいような聞くのが怖いような。


「一つの職場に、禁忌魔法の使い手が二人もいるなんて凄いですね」

「二人だけじゃ無いよ」

「そうなんですか!」


 驚きに目を見張る俺よりも、黎明さんの方が不思議そうな顔。


「ここじゃ普通だよ。そういう君は何ができるんだ?」

「え、俺ですか?」 


 忙しく記憶を辿るも禁忌魔法ができた記憶はこれっぽっちも無いぞ。


「すみません。何もできません」

「え!? ふ、ふえっくしょん」


 立て続けにクシャミを始めた黎明さん、慌ててペストマスクを装着した。


「これ、いいだろう」


 会話の流れはあっという間に仮面に戻ったので、俺の思考は途中でぶった斬られた。


「えっと、はい」

「この嘴の部分に空気生成機が付いているんだぜ。だから、いつでも綺麗な空気を吸えて安心」

「へえ、凄いんですね」


 黎明さんって、すっごいマイペースな人みたい。


 それっきり、禁忌魔法の件は有耶無耶になったけれど、考古学資料室って思っていた以上にヤバい職場だった。

 同時に湧き上がる疑問。


 なんで俺、ここに配属になったんだろうか?



 

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