第4話 星成記と竜翔紀行

星成記ホシナリノキ』には五神についてこんな風に書かれている。


 始まりは闇の神

 奏でし『呼びかけの笛』に呼応せしは小さき者

 集い渦巻き光の神となる


 つまり、最初にこの世界に生まれたのは『闇の神』で、笛を吹いて呼び寄せた小さき者が渦巻いて生まれたのが『光の神』だった。


 闇濃ければ光届かず

 溢るる光に闇隠れ入る

 相見あいまみえぬ心繋ぐは『対話の鏡』


 でも、闇と光は正反対だから共存が難しくて、鏡を通して会話したらしい。

 まるで遠距離恋愛の恋人たちみたいだな。


 まあでも、しっかり愛を育んだようで、二神の間には火の神と水の神と大地の神が生まれたんだって。三神も、ね。


 火の神は自らを操る『杖』に従い

 水の神は自らの流れを『方角石』に委ね 

 大地の神は自らを耕す『斧』を振るった

 こうして我らの『天球』は作られた


 神々の愛の結晶が我らの『天球』を作ったってわけだ。


 発掘された隆建王墓リュウケンオウボは、今から三千年程前の遺跡と推定されている。これはあくまで、三千年前にミコトノハという言語が葦ノ原王国に存在していて、記録できる状態になっていたということを裏付ける証拠でしか無い。

 この神話が真実か否か、いつ頃から伝わる話なのか。

 それはわからないんだよね。


 風花さんと天華さんのスパルタ式特訓のお陰で、一週間後にはなんとかミコトノハを読めるようになっていた。

 とは言っても、まだ『星成記』を丸暗記するところまでは無理だけど。



 もう一つの『竜翔紀行リュウショウキコウ』は、今から千五百年前に高屋真鳶タカヤノマトビと言う人物が書いた戯言本小説のことだ。現代のアシハラ語に近い文体だから覚えやすい。鏡子さんはこの旅日記(空想の旅)の中に、神器に関する情報が隠されていると言っていた。

 まあ、読んでいると確かに五つの神器らしき物が登場するんだけれど、詳細が語られている訳では無い。

 

 例えば、真鳶は旅の途中で海賊と知り合いになり、しばらく行動を共にしている。その時彼らは『方角石』を使って大海原を駆け巡っているけれど、友情を深めた海賊王の死によって物語は終わっているのだ。

 切り立った崖の上。海を眺める位置に船型の棺に納められて眠る海賊王を見つめる真鳶の涙。感動的なシーンだが、ここに場所等の具体的な記述はない。


 別の旅では、隊商と共に砂漠を旅している。サソリなどの危険生物との遭遇、砂嵐、野盗の奇襲。様々な危険を搔い潜って辿り着いた金字塔の頂上で、金の鏡に呪文を唱えて魔王を召喚した話だ。

 金字塔と聞けば、俺は直ぐにサラーブ国のピラミッドを思い出すが、千五百年前の真鳶がピラミッドの存在を知っている可能性はゼロではないにしても、実際に訪れることは非常に難しかったと思われる。

 しかもピラミッドは王の墓と言われていて、魔王召喚の史実はない。


 つまりどの話も、『星成記』から着想を得た単なる空想の域を出ていないのだ。



「うーん······」 

「順調ですか?」


 本とにらめっこを続けている俺の背後から、ひょこっと覗き込んでくる鏡子さん。

 うん、今日も麗しい!


「魔法術式みたいに決まり事がある話は分かりやすいんですけど、こういう想像力が試されるような物語は、正直苦手で」

「あら、そうなの」


 いたずらっぽく瞳を輝かせる鏡子さん。ちょっと考えるような素振りを見せてから俺の前の席に腰を降ろした。


「じゃあ、頭が柔らかくなるお話をしてあげる」


 静かに語りだした。

 

「飛鳥君。魔法史の授業では、魔素の発見はいつ頃と習いましたか?」

「今から百五十年くらい前と」

「百五十年前に発見されてからは飛躍的に研究が進み、今では万を超える魔法術式が特許庁に登録されていますよね」

「はい」

「では、発見される前の魔素は何処にあったと思いますか?」


 その問いが、何故かとても新鮮に思えた。

 魔素は酸素や水素のように、自然と空気中にある物質だった。発見が遅れたのは、素粒子よりも更に小さな粒子だったからであって、突然降って湧いた物質では無い。

 発見前も普通に存在していたはず。


「えっと······空気中に」


 その答えに、鏡子さんはにっこりと微笑む。


「その通り。魔素はずうっと昔からこの世に存在していたんです。と言うことは、我々以外にも魔素の存在に気づいていた人々がいた可能性だって否定できないんですよ」

「あ、古代人とかってことですか?」

「ええ。私達が知っている遺跡は、たかだか数万年前までなんです。その前に、私達のように魔素を自由に操る人々がいて、何らかの理由で衰退して。そんなことをこの天球上で繰り返してきているかもしれない。あるいは、千五百年前の高屋真鳶は特殊な能力を持って生まれてきて、魔素が扱えたかもしれない」


 きらきらと楽しそうに語る鏡子さんを見ていたら、カチカチに固まった俺の脳も活性化してくるようだった。


「確かに」

「ね! そう考えていくと、今まで疑いもしなかったことが、百八十度違う景色に見えてくるのよ。例えばこことか」


 白くて細い指先が、『竜翔紀行』の一文を指し示した。


「真鳶が召喚したのは、魔王じゃなくて『魔素』だったら」

「え?」


 魔素って召喚できるの?

 いや、鏡子さんが言ってるのは例えばの話だ。

 言葉を記述どおりに理解するのではなくて、色んな可能性を考えろって言ってるんだよな。


 魔素を呼べるとしたら······


 その時、フラッシュバックのように脳裏を掠めた映像。

 鏡子さんが語っていた彩羽山の内部と、金字塔の文字が重なって視えた。


 もしも······彩羽山イロハヤマで魔素を集めることができたら······


 気づけば鏡子さんの美しい顔が直ぐ目の前にあった。俺の瞳の奥の奥を推し量るように見つめてくる。


「ふふふ、飛鳥君。貴方にも、私と同じ景色が視えたようね」

「えっと······」

「ねぇ、飛鳥君、知ってる?」

「な、何をですか?」

「かつて人類は様々なエネルギー開発競争に明け暮れていたのよ。産業革命という製造物的カンブリア紀に対応するために、多くの化石燃料が掘り出されたことは貴方も習ったでしょう。でも、あらゆる資源には限界があるの。だから枯渇したエネルギーの代わりを次々と発見して、人類は乗り切ってきたわけ。そして、現在は魔素があらゆる人間生活の礎となっているけど、魔素って無限なのかしら?」

「!」


 ガツンと殴られたような気がした。


 そうか! そうだったんだ。


 考古学資料室が探しているのは、神器じゃない。

 いや、神器なんだけど神器そのものが目的じゃなくて、神器によってもたらされるかもしれない『魔素』だったんだ!


 驚きで目を見開いた俺を見て、鏡子さんが仄暗く微笑んだ。


「遂に、飛鳥君もこちら側へ来たようね。ようこそ、考古学の裏世界へ!」




 

 





 


 

 

 


 

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