陽の向く方へ

流れていた映像はおそらく、落合君の前世だろう。

それにしても…………辛く、苦しい記憶しかなかった。


「…………」

「………………」


俺もソウマも、声が出ない。

落合君はうっすらと覚えているだろうが、かける言葉が見当たらない。


「翔君、とても辛かっただろうに。よく頑張ったね」

聞いたことのない声が聞こえ、振り返ると見たことのない男性が立っていた。


「い、いえ……自分は…………全然、大丈夫です!」


少し引き攣ったような笑顔を、落合君は見せる。

ずっと笑顔が絶えない子だと思っていたが、今は無理をして明るく振る舞っている。


「ヒナタ君って、いつもデリカシーないよね〜。ボクが同じ立場なら、絶対機嫌が悪くなるけどね」

「え、そんな風だった!?ご、ごめんね……翔君」

「いやぁ、全然……!」



「あーその……話の途中で悪いんですけど、あんたは誰ですか?」

「あぁ、ごめん。僕はヒナタ。ずっとここで流れている映像を見てるんだ。で、君は?」


名前……。懸命に思い出そうとするも、頭がぼーっとして言葉が出ない。


「…………」


「お兄さんは、どうやら自分のことが思い出せないみたいで……」


あぁそうなのかとヒナタは頷くと俺の肩を優しく叩き、笑顔でこちらを見る。


「ここにくる時、ほとんどの人は記憶がない状態なんだ。もちろん、僕もその1人だった」


だったってことは……さっきみたいな死ぬ前の映像が、流れたってことなのだろうか。

だとしたら、俺の記憶もいつか流れてくるんだろうか。


「落合君と同じって言うと失礼かもしれないけど、僕も生きるのに疲れてた1人だった」

「そういえばボクがヒナタ君と出会った時、何も覚えてなかったもんね」

「そう!だから、君もそう落ち込まなくて大丈夫。ここにいれば、いつかは思い出せるから」


そう優しく声をかけると、ヒナタは何かを考えだした。

「……でも、落合君は例外だった。ここにきた時、すでに死ぬ前の記憶があったんだ」

「オチ君の目覚めてからの第一声、『ここが地獄ですか』だもんね〜。流石に驚いたよ」

「ち、ちょ……早くそれは忘れてください!」


「ごほん。つまり、ここでは個人差があるんだ。ここにやってくる時、記憶がないこともあれば、何かを持ってくることもある」

「何かを持ってくる……例えば何を?」

映画館ここやキッチン、広い居間……。あ!キミの場合は劇場だね」

「え、土地!?てっきり、スマホや何かしらの道具かと……」


聞けば聞くほど、よくわからない場所だ。

なんで俺は、こんなところに…………。


「ソウマが言うには、この世界は死にきれなかった者が集まる場所らしいけど……」

「えっと……地縛霊が集まる場所……みたいな感じですか?」

「オチ君!その表現…………いいね!今度から新しい人が来たら、そう伝えよう!」


「てことは……ここから出ていくには除霊的なのが必要なのか?」

「残念〜。そんなのは多分、必要無いよ」

「なんだよ、知ってるなら最初に教えてくれよ……」


ヒナタは咳払いをし、これまで調べてきたことを語り始めた。

「……多分必要なのは、記憶と覚悟だよ。いなくなった子は、どっちも持ってた」


自分が今までどんな生き方をしてきたかと、その経験してきた記憶を通して、もう一度新しく生きる覚悟があるかどうか。

絶対ではないが、おそらくこれが必要なのだと、ヒナタは自信なさげに言った。


「あとはね〜愛嬌と決断力と判断力、魅力――あぁ、あとトーク力も……」

「多い多い!絶対に無理!いなくなった人、すごいよ!」


「…………でもね、本当にそれくらいあの子ここを出て行った少女はすごかったんだよ」


ソウマはどこか遠くを見るような目で、映画館シアターの奥にある扉を見ていた。


「ソウマさん……」

「あぁ、ごめんごめん。なんか、湿っぽくなっちゃったね」


冗談を言い合っていた空気感は、いつのまにか消え去っていた。

慎重に言葉を選ぼうとしていると、ノイズが混じった二ベルの音が聞こえてくる。


「ん、どうやらまた始まるみたい」

「今度はお兄さんに関する記憶だと、いいですね」

「あぁ。記憶がないと、ここから出られないみたいだしな」


どんな映像が来ても、もうビビらない。そう覚悟を決めてスクリーンの方を向く。

が、スクリーンから映し出される光はいつも以上に白く、そして眩い光を放っている。


「な、なんだ!?眩し――」

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